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012.都合のいい展開

さすがは国一番と謳われる上級貴族の住まいである。

数多くの立派な尖塔を有し、青灰色の屋根と薄青の外壁に白石で装飾が施された広大美麗なお城に、アナベルは圧倒された。


まさか、馬車で走っても玄関に着くまで時間のかかる庭を体験する日が来ようとは……。


没落しかかっているカウリー伯爵家の住まいとは……いやいや、比べるのもおこがましい。

樹木で幾何学模様を描く庭は、何時間見ていても飽きないものだと本気で思うほどに美しいものだった。まさしく夢の園である。


しかもこの住まいは、ベリルで最も地価の高い王都に建てられているのだ。

マーヴェリット家の屋敷はここだけでなく地方の領地にも存在するはずだが、王都でこれなら地方の住まいはどれほどの規模の物であろうか。

想像してみるもうまく形にならない。

きっと何を想像しようと、アナベルの想像など遥かに凌駕しているように思う。

マーヴェリット家が財産家であることは知っていた。だが、アナベルはそれを目の当たりにするような機会はなかったのだ。

人伝の話ではなく、こうして自分の目で実際に確かめるとその財力に身震いしてしまう。

このような家の当主の妻の座……。

女性たちがそう容易く諦めるはずがない。醜い争いも納得である。


「お帰りなさいませ、公爵様」


馬車を下りて玄関ホールに入ると、二人の男性と女性が一人進み出て、恭しく腰を折ってセインを迎えた。

その後ろにはたくさんの使用人たちが同じようにしている。

ということは、この男性と女性が公爵家に仕える者達の纏め役を担っているのだろう。

高い天井にはとても大きなシャンデリアが吊られていて、虹色に輝いている。総勢二十名ほどは集まっているだろうに、少しも狭いとは感じなかった。

セインはホールに集う者達の挨拶に軽く頷いて見せると、側にいる内の一人、白銀の髪に白い髭を綺麗に整えた、品のよい初老の男性に目を向けた。


「ダニエル。そして、ほかの者達もよく聞くように……」


セインの声が玄関ホールに響く。

皆、緊張した面持ちで居住まいを正し、一言一句聞き逃さないといった雰囲気となる。

そこでセインが軽く振り返り、背後に立っていたアナベルの肩を抱くと皆に顔が見えるようにした。


「私はこの女性……アナベル・グローシア嬢と結婚することにした。今宵の会で招待客にも発表する。今この時より彼女のことは私と同じに思い、礼を尽くして仕えるように」


セインの宣言に、ざわ、とホールの空気が揺れた。

困惑の眼差しがいくつも寄せられる。

それもそうだ。いきなり主が見知らぬ女を連れてきて結婚するなどと言ったのだ。

驚かない使用人がいたら、そちらのほうが驚きだ。


だが、ここで偽装婚約ですから安心してくださいと暴露してしまっては、セインの役には立てない。


アナベルは向けられる不審の目に負けぬよう気合を入れて、微笑みを浮かべた。

口元が引き攣らないように必死である。


「ペルヴィ川にお出かけと伺っておりましたが……その方とお会いするお約束だったのですか。失礼ですが、どちらのお嬢様でしょうか? 夜会の方は、すでに招待状が出されているから開くが、姿はお見せにならないとのことでは……」


ダニエルと呼ばれた……おそらく公爵家の使用人の長であろう執事の男性が、少しだけ眼差しを険しいものとし、訝しげにセインに問うた。


「ペルヴィ川にはお前に言った通り、きゅきゅとの別れを覚悟して出かけただけだ。夜会は、急きょ中止にするわけにはいかぬからな。仕方なく開くだけで、きゅきゅがいなくなる日に祝いなど冗談ではなかった……」


マーヴェリット公爵家が開く夜会だ。

招待客は多く、その招待状はかなり前から出されるのだろう。

祖母の店に来ていた令嬢たちのように、それを楽しみにしている者達は大勢いるはずだ。いくら主催者と言えど、規模が大きい分、それを急きょ中止というのは外聞が悪い。

だが、きゅきゅを亡くしたその夜に笑顔で客たちと話すなど不可能と、セインは会は開くが自身は欠席すると考えていたようだ。

主催者不在で挨拶なしというのは良いことではないが、貴族の夜会は招待された者達の顔繋ぎの社交場でもあるから、急きょ中止とするよりはマシだろうと思う。

現にあの令嬢たちは、セインに会うことではなく、招待客である貴族の殿方たちを目当てにしていた。


「それにしましては、なんだかずいぶん元気そうに見えるのですが……回復されたのですか?」


きゅきゅ、と聞いて痛ましげな顔をしたダニエルだったが、きゅきゅはセインの肩で大きく口を開けて暢気にあくびをしていた。

ダニエルがその姿に不思議そうな顔をすると、セインは楽しげに笑った。


「彼女が癒してくれたのだ。アナベルは、上級白黒魔法使いだ」

「上級……白黒魔法使い……でございますか?」


ダニエルの目が開かれ、アナベルはまじまじと見つめられる。

それは彼だけにとどまらず、ダニエルの側にいる赤毛に緑の瞳の青年にも、さらにはその隣に立つ茶色の髪に鳶色の瞳を持つ中年の女性にも同じようにされた。

彼ら三名の背後にいる使用人たちも、同様である。

珍獣にでもなったようだわ、と心の内で苦笑するも……今のベリルで上級白黒魔法使いとは確かにそうした存在だ。


「そうだ。きゅきゅを癒してくれた後……話している内にとても心惹かれたので、妻となってほしいと言ったのだ。ありがたくも、このような形の私であっても構わぬと承諾してくれたので、共に夜会に出席しようと思い来てもらった」


ゆったりと微笑むセインに、ダニエルがごくりとつばを飲み込んでいた。

その姿にアナベルは緊張する。

素性の知れぬ女と結婚するなどとんでもない、とセインに苦言を呈し、思いとどまるよう説得が始まるのだろうか。


「では、公爵様……マーヴェリット家に新たな魔法使いの血が入ると……しかも、白黒上級……」


ところが、ダニエルはセインの結婚に関して不満めいたことなど一切口にせず、それどころか、妙に興奮した面持ちで目を輝かせていた。

なんだかとても喜んでいるように見える。

それは他の二名も同様で……予想とまるで異なる展開にアナベルが困惑していると、セインが機嫌よく頷いた。


「そういうことだ。すっかり血が薄まり、ここ数代わが家に魔法使いは生まれておらぬからな。彼女は、私にとってもわが家の未来にとってもとても尊い存在となる人だ」


セインの言葉を聞いてはたと気付く。

カウリー家は違うのだが、優秀な魔法使いであればその血の貴重さに対する褒賞として貴族の地位が与えられるため、貴族には魔法使いの祖を持つ家が多い。

過去世では貴族といえば魔法使い、などという時代もあったくらいだ。

名門と謳われ歴史も長いマーヴェリット家に、今は力が顕現しなくなっていても、その魔法使いの血が流れているのはおかしな話ではない。


代を重ねるごとに魔法力が顕現しなくなり、今では貴族の内にもほとんど魔法使いは誕生しなくなっている。が、祖から受け継ぐ魔法使いの血の因子が完全に消えるわけではないのだ。


おそらくそのことが、セインの祈りが王の命を繋いだことに関係しているのだろう。

いくら魂が光属性で清らかで強くとも、魔法使いの血をまったく持たない人に、本当にそんなことが可能なのかと考えていたので謎が解けた。


「彼女は貴族ではない。両親はすでに他界していて、兄弟姉妹もいないとのことだ。私としては一向に構わぬことだが、家柄をうるさく言う者もいるからな。そのうち、彼女にはどこぞの名家と養子縁組をしてもらいその養女として娶る。それでなんの問題もなくなる。そうだろう、ダニエル」


最後に、貴族社会を皮肉るかのように唇の端だけ上げて笑んだセインに、ダニエルは深く頷いた。


「はい。上級魔法使い……とは……なんと、すばらしいことでしょう! それに、公爵様がようやく……ようやくご結婚を決めてくださった。亡きご両親様も天の国でさぞかし安堵されていることでしょう。きっと、祝福してくださっています!」


ダニエルは、その場で盛大に万歳して拍手までしそうな勢いで歓喜の声をあげた。

落ち着いた物静かな老人とばかり見ていたので、あまりの変貌ぶりにぎょっとする。

そして、セインも自分と同じく両親を亡くしているのだと知り、つい、その横顔をじっと見てしまう。


セインは、ダニエル同様に興奮した様子の召使たちから、次々と祝福の言葉を寄せられていた。


ベリルでは、超常の技を使用可能とする魔法使いの血は貴重で尊ばれている。

アナベルはそのことは自覚していても、家格が不充分な者がマーヴェリット公爵夫人となるのは、さすがに歓迎されないと思っていた。

そこはやはり、魔法使いよりも有力貴族の家の令嬢が優先されるものだと。

ところが、魔法使いであるほうを優先し、身分の壁は養子縁組で解消……。

その手があったかと耳にしてから気づくも、あまりにすんなりとアナベルの存在を歓迎しているダニエルやほかの者達に、拍子抜けするばかりだった。

反対されたらされたで困るくせに、こんなに都合のいい展開で構わないのだろうかとさえ思う。


主が望む結婚相手を、強硬に反対出来る使用人など聞いたことがないから、まあこんなものなのかもしれないが……。


幸せそのものの笑みを浮かべて祝福を受けるセインの肩から、きゅきゅがアナベルの肩に移ってくる。

その翼でアナベルの頬を一撫でした。


「隊長?」


撫でられるのは心地いいが、きゅきゅの行動の意図が読めなくて小声で問いかける。

頭の中に面白がるような声が返ってきた。


【私、人間には聖獣と呼ばれているの。心の綺麗な人間にしか懐かない、特別な生き物。そして、今日までセインの肩にしか乗ったことがないの。ここまで言えばわかるかしら、副隊長】

「わかりました、隊長。後押し、ありがとうございます」


こちらを見る人々の目が、驚きと敬意に満ち溢れていた。


「なんと、きゅきゅまで! 公爵様のお眼鏡に適い、きゅきゅも懐いているとなれば、心根の美しい清廉なお嬢様なのでしょう。誠によい出逢いでございましたね!」


きゅきゅの作ってくれた駄目押しに、ダニエルが涙目になってさらなる喜びの声をあげた。

偽装なのだが、家人に反対されるよりは歓迎された方が過ごしやすいだろうから助かる。

アナベルは心の内で苦笑しつつも安堵した。


この状況を作り出してくれたきゅきゅに感謝し、その頭をそっと撫でた。


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