双子の女神と仮面卿
城砦都市カレンタリアの名は、双子の豊穣の女神カレンとカタリアから名付けられた。
大地母神の娘カレンとカタリアは、共に豊穣を司るがその性格は正反対。
姉神カレンは、恐怖の象徴。
炎の薙刀を振るい、山々と丘、野、森を焼き払い、獣と怪物、病を退ける灰燼の女神。
妹神カタリアは、優しさの象徴。
其の笑顔は土地を豊かにし、植物や動物を育み、其の声は育む動植物を強くし、其の背は時に襲う寒さや病魔、豪雨を妨げ、其の腰に付けた巾着から種籾を授ける。
双子の姉妹神が揃えば、如何なる不毛の地であっても土壌は良くなり、耕作が出来る様になり、豊かな土地になる。
カレンタリアは、名も付けられていない荒れ地にある。
初めの入植者達は、この荒れ地の中、豊穣の双神の加護を得て、人々が過ごせる様、開拓。
女神の奇跡と入植者達の努力により、カレンタリアは王国でも有数の小麦の産地として栄える事になる。
情勢が変わったのは、七王国戦争と呼ばれる薔薇浄土全土を巻き込んだ長きに亘る争乱に入ってから。
始め、戦に長じたカレンの神官達が戦乱に連れ出された。
軈て、輜重と開墾の為、カタリアの神官達も連れ出された。
姉妹神を祀る神官達を失い、カレンタリアの民は、女神達の言葉を聞く事が出来なくなり、荒廃した。
戦場から逃れて来た難民に紛れ、悪漢の類も増え、町の治安は悪化、神々の栄光は凋落した。
そして、其奴は現れた。
青銅仮面卿こと、エトラペリ。
彼奴は、異国の魔術と暴力、詐術でカレンタリアを支配した。
彼の者は決して人前で仮面を取る事をせず、その顔を知る者は誰一人いないが、悪漢達を束ねるに充分なカリスマ性を備えているのだけは間違いなかった。
何時しかカレンタリアは、王国やギルドから追っ手の掛かる破落戸共にとっての聖域となり、無慈悲都市が作り上げられたのだった。
─────
町外れ北門近くの宿で、ヴェネーノのメンバーは部屋に集まっていた。
日が落ちても、リーダーであるマキシムスに加え、ウィードンペボルも荷運び人も帰って来ない。
何か、厄介事に巻き込まれたに違いない。
リ・ルガーナは朝、マキシムスと一緒に宿を出ていた。
リ・ルガーナは、女神崇拝に興味を持ち、是を調べる為、マキシムスは、街道の通行証について調べる為、お互い早くから町に出ていた。
ピコは小柄な体躯の女子、ファントアは樹人種である為、この町を闊歩するのは危険なので宿にいた。
ウィードンペボルも宿にいた筈だが、彼女は人混みに紛れる術を知っているし、裏社会との繋がりもある。出掛けていても不思議ではない。
然し引っ掛かるのは、マキシムスと荷運び人。
マキシムスの装いは、一目見て分限者の其れと分かる上、女形の様な態。
宿屋の主に聞いた所、二人で出ていった事は分かっているが、夜になっても戻って来ないとなると愈々、探しに行く必要がある。
──部屋の窓硝子をコツコツと叩く音。
三人が一斉に窓に目を向けると、其処には、夜霧烏が一羽。
「?何の用なの、カラスちゃん?」
ピコが窓を開ける。
「……つ、つ、捕まった…ふ、二人共、エトラペリの城の地下…こ、拘束されてる…」
この声は、ウィードンペボル。
魔術の類ではなく、何らかの手法で鴉が喋っているかの様だが、明らかにウィードンペボルからの言伝。
「何死と!何故其の様な事に?」
「か、絡んできたチ、チン、チンピラを二人、き、斬った。エ、エトラペリのし、信奉者だったから、え、衛兵につ、捕まった…」
「ッデム!しか↑ーたないデース↓ね〜。わた↑〜しナカ↑〜マでーす。おた↑〜すけ実行、しまース」
「リ、リーダーは、エ、エトラペリのし、周辺の連中を、と、取り込んでくれと、い、言ってました…」
「直接的なアプローチではなく、死周辺の取り巻きを懐柔死ろ、と?」
「…そ、そうです」
「分かったの。連中を切り崩すの」
「ピコ君とレネシスさんは明日から、私死は今から動きま屍ょう。ペボル嬢は引き続き、連絡をお願い死ます」
─────
地下牢に閉じ込められ、5日半経った。
此の暗い地下牢で正確に5日半経過した事が分かるのは、おかま野郎の術のおかげ。
どうやら、此奴は、馗士だけでなく、理秘魔術も使えるらしい。
日の差さない地下で、不定期に運ばれる食事だけでは時間経過の感覚を失う。
与えられる食事は残飯の類だが、毒物や麻薬の様なものは混入されていない。
偏に、不味い。
驚いた事に、おかま野郎は、この畜生の餌の如き飯を残さずに喰い切っている。
俺は慣れている、と云うよりは慣らされざるを得なかったんで、どうと云う事はないが、貴族や分限者連中では、先ず臭いからして駄目。口に入れる事すら出来ない、それが普通。
然し此奴は、黙って喰ってやがる。
成る程、冒険者の発起人としてバンドのリーダーを務めるだけの素養は持っている、と云う訳か。
それにしても、裁きの類はまだか?
食事を運んでくる係と偶に訪れる見回り以外、誰も来ない。
余程の大罪人であれば、地下牢で何週間も監禁し、精根尽き果ててからの尋問ってのも分かる。
だが、雑魚を斬ったくらい。
絶対的な支配権を持つ者がいる町であれば、飯を出すよりさっさと裁きを下した方が早い。大体、そう云うもんだ。
恐らく、刺青を入れる、要は青銅仮面卿に忠誠を誓うか、墨を拒絶すれば強制労働か、その当たりだろう。
チンピラ二人を倒したチンピラ二人が刺青入れときゃ問題ない、その程度。
大した裁きは必要ない。
なのに、随分と待たせやがるな?
それから丸二日経過──
長い、の一言に尽きる。
お陰で、現役の頃と同じくらい迄、搾れたよ。
冒険に出りゃサクッと搾れると思っていたんだが、影の薄い小娘の作る飯が思いの外美味かったもんで予想より搾れなかった。
だが、流石に地下牢にぶち込まれて出される食事は、不味い上に量も少ない。
残さず全部喰ってはいるが、体重はみるみる落ちる。
筋肉を落とす訳にゃいかんので、鍛錬は欠かさない。
尤も、先に鍛錬し始めたのは、おかま野郎の方。
取っ捕まって地下牢に入れられてから直ぐに始めていた。
無駄にカロリー消費しても仕方ねー、と忠告したんだが、こうも長く閉じ込められるとは思ってなかったんで、動ける時に動いておいた方がいいっちゅ〜事にした。
──ガチャッガチャッ。
金属鎧の擂れる音が牢に近付く。
何時もの見回りや食事運びじゃない。
漸く、来たか。
牢に訪れたのは、棟髪刈りで7呎を越える大男を中心とした破落戸共。
全員、エトラペリの紋の刺青を額脇に彫っている。
モヒカンの大男は、明らかに今迄見た連中とは身分が違う。
「蟲螻共、出ろ!」
破落戸の一人が牢の鍵を開け、俺達の枷を外す。
連れて来られた時とは違い、麻袋の覆面はされず、破落戸共の前を歩かされる。
直進と右へ折れる分岐点に着くと、曲がれと指図され、進む。
此処に連れられて来た時に曲がった記憶はなく、別な場所に向かう事が容易に想像つく。
軈て、階段に行き着き、上ると青銅製の重厚な扉が現れる。
鍵は開いているとの事で扉を開けると再び直線の暗い通路。
奥から光りが漏れ込んでおり、その先には牢獄と同じく鉄格子が設置されている。
破落戸の云うが儘、鉄格子に迄近付くと、その先の様子が分かる。
光が差し込んでいたその場所は広間となっており、左右上部は中二階構造になっている。
部屋の奥には大机が設置され、其処には法衣を纏い片眼鏡を付けた禿頭の、是亦大男が座している。
脇には別の小さな机が置かれ、身綺麗にした書記官風の男が座す。
大机の前には証言台が設置され、この広間が裁判所の態を為しているのが分かる。
「前の奴が終わったらお前等だ。それ迄待っていろ」
証言台に立つ老齢の男に大男が話す。
「貴様が先日、エトラペリ様のブーツを磨いた靴磨きのシューカンだな?」
「はい、然様で御座います。何故、私めがお咎めを受けねばならないのか見当もつきません」
「貴様の靴磨きの腕はカレンタリア中に知られる。エトラペリ様のブーツを磨き、鏡面磨きと呼ばれる仕上がりにしたとか」
「はい、然様です。丹念にお磨きさせて頂き、鏡のように仕上げまして御座います」
「己惚れたな。鏡のように仕上げた事で町中のゴミが写り込み、まるで汚物を履いているかのような錯覚を覚え、エトラペリ様はお怒りだ」
「…な、なぜ!?」」
「依って死刑!」
「…そ、そんな……」
証言台でガックリと肩を落とす老人を、脇部屋から出てきた番兵が引き摺り出す。
ガンガン!──禿頭の大男が木槌で机を叩く。
「次の被告人、入れ」
部屋の内側から番兵によって鉄格子が開かれる。
牢獄から引き連れてきた連中によって押されるように法廷に入り、証言台の前に立つ。
「俺が裁判長官のブガーティだ。被告人、それぞれ名乗れ」
「ボブ。“皆殺しの”ボブ」
(此奴、サラリと偽証しやがった)
辺りを瞳だけで見回し、書記官の握る鵞ペンを見付ける。
「俺の名は…クウィル──クウィル・ケイオスロータラー」
「被告人ボブとクウィルに告ぐ。善良なるカレンタリアの上級市民二名を弑逆した事に相違ないな?」
「いいえ、事実と異なります」
「なん…だと?」
「エトラペリ卿の紋章を抱くに相応しくない乞食を、皆様に代わって仕置きした迄の事です」
「…どう言う事だ?詳しく、話せ」
「俺とクウィルは、エトラペリ卿に仕える為、この大カレンタリアに馳せ参じた次第。
卿にお会いするのに見窄らしい恰好では失礼窮まると身支度を調える為に新調した武具を、然し、卿の名を汚すだけの乞食風情が文を付けて来ましたので刀の錆に変えまして御座います」
「…貴様、何を言うか!己が手を掛けた者共は、孰れもエトラペリ様の紋を入れた者。其れを見て手を掛けるのは、エトラペリ様に弓引く行為に相応しい」
「裁判長殿、お考えなされませ。我々は卿にお目にかかる前でしたので紋無しでは御座いましたが、仕えに参った者。然るべき、上級市民となる身。
等しく上級市民であれば、孰れが有用なる者であるか察しがつきましょう。斬り捨てる者と斬り捨てられる者。どちらが優秀でありましょうか?」
「……ほう。其処迄、己に自身があると言うのであれば、その力を見せてみい」
ガンガンガン!──ブガーティ裁判長は木槌で激しく叩く。
「バラキを呼べい!!」
俺達が入ってきた鉄格子とは別の鉄格子が音を立てて開く。
開け放たれた鉄格子の奥から、12呎はあろうかと云う巨躯の男が現れる。
ドレッドロックスに結い上げた頭髪に、獣のような乱杭歯を剥き出し、筋骨隆々、褐色がかった肌には、壁画のような刺青を全身に施し、金属串を皮膚に縫い付け、編み上げる。
戦闘民族として名高いドムズール族の闘士か。
「貴様が有用であるとほざくのであれば、バラキと闘い、生き残ってみせよ!」
(おいおい!あンな化物と戦うってのかよ…俺は剣闘士じゃねーンだぞ)
「構わないが、裁判長殿。武器を貰えるか?」
「ぬーっはっはっはーっ!武器等、不要、バラキも素手だ。思う存分、やるがいい」
「…そうなると手加減出来んが、殺してしまっても構わんのか?」
「……バラキッ!殺れ!!!」
──ドンッ!
鉄格子を出た壁沿いから10碼の距離を一跳びで詰める。
猛り狂った野獣の様にドムズールの闘士がマキシムスに迫り、1,000磅以上の握力が襲う。
大型類人猿を彷彿とさせる凄まじい迫力。
マキシムスはホログラムのような立体残像を残し、バラキの伸ばした爪を躱す。
躱し様、躰を下げ、右下段回し蹴りを脹ら脛腓側部に打ち込む。
バラキは絶叫を上げ、バランスを失い、左膝を地につく。
腓骨が砕け、肉を突き破っている。
おかま野郎、見知らぬ闘伎に魔粒子を乗せて蹴り込み、同時に魔刻印迄打ち込んでやがる。闘伎と理秘魔術を複合させた奇っ怪な技。
こんな馗士、見た事ねーよ。
膝をついたバラキは、右足一本で跳躍、10呎も跳び上がり、上空から両腕を大きく広げダイブ、マキシムスに抱き付くように躍り掛かる。
マキシムスは突然体を屈め、地に腕をつくと小刻みにステップを踏み、腕を支柱代わりに逆立ち、回転しながら開脚旋回、バラキを迎撃する。
まるで地を這う舞踏の如き躰捌きに度肝を抜かれ、天地逆転の状態の儘バラキは無数の旋回蹴りを浴びる。
奇妙な逆さ旋回を伴う開脚蹴りにバラキの巨躯は空中を浮揚するかのように投げ出され、其処彼処に打撃痕を受け、内出血を齎される。
連続蹴りで弾き飛ばされたバラキは翻筋斗打って地に倒れる。
腕で体を支えていたマキシムスは、腕から肘に地を下ろし、肩と広げた足を大きく捻って飛び上がるように立ち上がり、そのまま倒れたバラキに突進、距離を置いた処で前方高くに跳びはね空中で前転、自身の体をそのまま背後へと倒し、踵をバラキの鳩尾に叩き落とす。
バラキは悶絶し、吐血。
「待てーッ!待て待て、其処迄だっ!」
ブガーティ裁判長ががなるように叫び、押し止める。
マキシムスは顔の両脇に両手を添え、上空に跳ね上がるように後方倒立し、腕を屈伸させ、後方回転して立ち上がり、裁判長を指差す。
「どうしました裁判長殿。彼は未だ、息をしている」
「もう止めてくれ。バラキが死んでしまう…」
「言い忘れていましたが、クウィルは俺よりもっと強いですよ」
「分かった分かった!其方等を歓迎する。エトラペリ様への謁見の準備が整う迄、客室で休まれたし」
「いい食事を出して貰っておれば、もっと美しい舞いをお見せ出来たのですが残念です」
エトラペリの私兵は態度を変え、俺達をゲストルームに案内する。
片田舎の町とは思えない程の調度品の数々に驚きつつ、案内されるが儘進む。
客間に案内され、私兵が出て行くと、部屋の中に小細工されていないかをチェック。おかま野郎も理秘魔術で魔術の痕跡を探すが、特に何も仕掛けられていない。
「然し、驚いたゼ。馗士の剣型を使ってなら分かるが、まさか素手でドムズール族の闘士を倒しちまうとはな」
「彼の者は、ドムズールの闘士としては未熟。見せ掛けだけのハッタリ。本物の闘士であれば、今の私では手も足も出なかったでしょう。其れに」
「それに?」
「貴卿を本気にさせてしまっては、相手方を警戒させてしまう危険性がありました」
「……随分、俺の事を買ってくれてるンだな…」
「目の前に居る者が“どの程度の力”を有しているか否か分からぬ程、私の目は曇ってはおりません」
「……」
ああ、確かにお前さんのその“輝く黄金の瞳”は、曇る処か、何でも見通すだろうよ。
剰りにも先を見通し過ぎて、返って危なっかしいぜ。
此奴は──ヤバ過ぎるタマだ…
─────
マキシムスと荷運び人が帰って来ず、ウィードンペボルも潜伏し、一週間が経過。
残ったヴェネーノのメンバー3人は、言伝に従い、エトラペリ卿に付き従う連中の懐柔に奔走していた。
と言っても、ピコとファントアには不向きな内容。抑々、彼女達にそのような感覚は持ち合わせてはいなかった。
概ね、リ・ルガーナがその任を負っていた。
リ・ルガーナの執った手法は、実に簡潔だ。
自身の祀る神【命を刈り取るもの】の布教活動。
“命を刈り取るもの”リ・リンカーベル・リリスリゼルは、リ・ルガーナ当人が隠世で見出し、連れて帰った両性具有の死神。
死神故に、死と隣り合わせの関係にある戦神でもあった。
救世主教は、万神殿を保有し、神々を尊重する為、リ・ルガーナが発見した此の恐ろしい死神も必然、受け入れた。
豊穣の双神カレンとカタリアも当然、万神殿で奉られており、同じ救世主教の神々の一柱。
この真新しいにも関わらず、頼もしい戦と弑逆の神の力の魅力を断り切れる悪漢共は少数。
僅かな布教とパフォーマンス、そして若干の実力行使に因って、破落戸達の多くが信者となった。
リ・ルガーナは始め、カレンとカタリアの打ち棄てられた社に向かった。
社に聖職者はおらず、浮浪者や傷病者が屯していた。
浮浪者には神性礼術で生成した食事と中抜輪銅貨1枚を手渡し、傷病者の傷や病を魔術で治癒し、同じく銅貨1枚を渡した。
この出来事は忽ち噂になり、暴力を被った隷民から、喧嘩で負傷したチンピラ迄が訪れ、社は神性礼術での治療院と化した。
来訪者には、身分や職、善悪観念の差別なく治療費や食費を一切受け取らず、代わりに死神教への入信を奨めた。他宗や他神への帰依が強い者には、準入信でこれを認め、治療院としての社についてを口伝えするよう、説いた。
僅か一週間程度でリ・ルガーナの信奉者は200名を越え、“死神父”の異名で知られるようになった。
ピコとファントアは、リ・ルガーナの付き人として社に入り、信奉者達を取り仕切る地位に就いていた。
流石にこれ程の規模となると死神教団の噂もエトラペリの耳に入り、社に使者を送り込んで来た。
使者はこざっぱりとした身なり。マフラーで口元を覆っているとはいえ、エトラペリの取り巻きとは思えない程、精悍な面持ち。
何より、エトラペリの信奉者が皆入れている刺青が見当たらず、若干の違和感を感じた。
その使者が語るには、エトラペリは死神教団に興味を抱き、死神父リ・ルガーナと話し合いの場を持ちたいと提案してきたのだった。
「エトラペリ卿が私死めとお話死合いを亡された遺と?」
「はい、エトラペリ様は、貴僧と死神、また死神教団とにご興味をお持ちになられております。是非、エトラペリ様のお屋敷にてお話し合い下されば、と」
「興味とは、孰れで御座いま屍ょうか?私死や我が神に対死て好意的な印象をお持ち亡ので屍ょうか?
それとも…布教の禁死で御座いま尸ょうか?」
「勿論、前者に御座います。貴僧におかれましても必ずや良いお話と相成りましょう」
「然様死か。それではこの愚僧、お話死に参りま屍ょう」
エトラペリの使者が乗ってきた馬車にリ・ルガーナも乗り込む。
付添人としてピコとファントアも同乗し、町の中心部の小高い丘にあるエトラペリの小城に向かう。
「ねーねー。お使者さんは、なんでエトラペリさんの刺青入ってないなの?」
唐突にピコが使者に質問する。
屈託がないとは言え、なかなか聞けるような内容ではない。
「お気になりましたか?私は食客としてエトラペリ様のお側に置かせて頂いておる者。まだ日も浅く、皆様に失礼が御座いますとは存じますがお許し下され」
「そっか〜。別にいいと思うなの。あの刺青、趣味悪いなの」
「アラ↓ラ↑〜、このお子ぉ→様は、変なコト言って駄目ダ〜メでーすね〜。お口ふぁっくふぁっくデースわ〜、めっ!」
ファントアがピコを咎める素振りを見せるものの、使者は気に掛ける様子を見せない。
忠誠心がないのか、抑々興味がないのか、将亦、ビジネスと見なしているだけなのか、どちらにしても都合がいい。
間もなく、馬車は小城に到着。
使者に加え、城の衛兵──衛兵と呼ぶには剰りにも柄の悪い連中に引き連れられ、城内に案内される。
ゲストルームで暫し待たされはしたものの、程なく謁見室に通される。
謁見室は、50呎四方の部屋で、所謂、貴族の謁見の間と比較すると手狭。
然し其れでも、無駄な調度品もない為、手広く感じるイメージ。
先に通された3名は、中央奥に配された玉座から手前25呎地点で待つよう指示される。
軈て、上手の扉から衛士を伴って、エトラペリ卿と思われる人物が姿を顕す。
全身を黒色の金属鎧で包み、物々しい仮面を身に付けている。
肩や肘、膝当てからは棘とも角ともつかない鋭い金属片が突き出し、籠手は指先に至る迄鋭く尖った形状をし、鎧の繋ぎ目全体が刃のように鋭角的に映る。
仮面上部には斧のそれを思わせる分厚い刃が背面に迄伸び、眼窩部は金属で細かく編まれ、鼻下は牙をモチーフにした複数の装飾が施され、顔全体を覆っている。
実にも恐ろしい風貌、恐怖のイメージを植え付けるに充分な鎧姿。
──ドスン。
鎧武者は玉座に座ると徐に口を開く。
「其方等が死神教団の信徒達だな?」
男とも女ともつかない声質。魔術でも伴っているのか、合成されたような何とも言えない声色。
「然様に御座遺ます、閣下」
「其方が指導者“死神父”か?」
「はい、愚僧めに御座遺ます」
「噂を聞いてから日が浅いが、既に多くの信徒が募っておると訊ね聞いておるが真か?」
「遺影遺影、未だほんの一握りの民草に尸か死真実は届いておりませぬ」
「そうか。で、其方、此のカレンタリアで何を望む?」
「…と、おっ髑いますのは?」
「信徒を募る理由は何だ、と聞いておる」
「…は遺。この町に着きま尸て礼拝に向かいま屍た処、女神の聖職者は居らず、聖所は遺棄されておりま死た。救世主の恩寵が失われかけておりま尸たので愚僧めが改めて聖別を施死、閣下とカレンタリアへの死祝福を捧げておりま屍た」
「ほう、其れは面白い。双神の恩恵は既に失われていると?」
「然様に御座遺ます。死神曰く、町の名を『カレリンタリアリ』に改め、領教として主神と祀れば、我が神の恩寵にて此の町は更に栄えるであろう、とのご神託が下されております」
「恩寵…か。では、貴殿の祀る神であれば、我が栄光は盤石なるものになると?」
「無慈悲都死と綽名されます此の町にとりま尸て、豊穣の双神よりも死神のが遙かに相応死いで屍ょう。
我が神は、善悪に関係亡く死祝福を授け死もの。死とは絶対的な力にして尊厳。我が神の御力を是非とも閣下の御許へ」
「相分かった。其方等を我が食客に置こう。領教制定と町名変更については暫し待つがよい」
─────
客間に通されたのはいいが、エトラペリとの謁見は何時になったら許可が出るんだ?
丸三日も経っちまった。
牢獄にぶち込まれていた時と違い、食事は上質、対応は頗る良好、屋敷内のある程度の区画迄は自由に出入りが許されているとは云え、外出できねーんじゃ軟禁と変わらん。
おかま野郎は無駄に律儀と云うか、所持品を返して貰って以降、この城に連れて来られてからも約束した分の路銀を俺に寄越す。
路銀を貰うのは嬉しいが、閉じ込められてたら使い途がね〜。
まぁ尤も、町を避けて荒野を進むってのも路銀の使い途ねーから、同じっちゃ〜同じなんだけどよ。
牢獄の中にいる時からだが、時折、此奴は部屋の隅や便所脇に行ってブツブツ何か喋っている。
特に客室に移ってから、その回数が多い。
軟禁され続けて、頭がおかしくなっちまったのかを疑う。
そこで、目を凝らして覗き込んでみれば、野郎、鼠と話してやがる。
とうとう、イカレちまいやがった。
「おい、マキシムス!なに、ドブネズミと喋ってンだ!正気になれっ」
「貴卿、此奴はドブネズミではなく、絹毛鼠だ」
「そンな事ァ〜どーでもいいンだよ!畜生相手に独り言呟いてンじゃねーっつ〜ンだよ」
「何を勘違いしてるのだ貴卿は?是はウィードンペボルの生類口添えの技による使役された動物。情報を仕入れているのだ。狂った訳ではない」
「──なら、コソコソすンなよ…アブネー奴かと思っちまうだろーが…」
耳を欹てれば、確かにその絹毛鼠からウィードンの声がする。
パッと見、此奴が喋ってるように見せる。
それにしても、魔粒子は感じられない。魔術の類じゃねーって〜のに、一体どんな絡繰りでネズムが喋ってるように見せてんだ?
「成る程な。女神信仰は廃れて久しい、と言う事か…」
「…何の話だ?」
「双子の女神の信仰について、ウィードンペボルに調べて貰っていたのだ。
あの女神像、向かって左を向いている方が姉神カレン、右を向いている方が妹神カタリア、との事だ」
「……おいおい、だからそれがどうしたってンだ?ンな事ぁ〜、それこそどーでもいいだろっ!」
「この事実、今のカレンタリアの市民は殆ど知らない話らしいのだ。女神像を造っている彫刻家ですら知らず、以前、貴卿が推測した通り、丸きり同じ女神像を造り、それを二体、交差するように並べているのだと」
「…何で、今の市民が知らねー事をウィードンは知ってンだよ?」
「古文書を読んで調べたと言っている」
「古文書!アイツ、古文書読めンのか!?だが、そンなンはどーでもいいンだよ!」
「否、これは重要な事。この町の民の特性が、全て集約されている」
「…!?ハァ〜?」
「双神と言ってもカレンとカタリアの神性はまるで異なる。カレンは恐ろしい力を振るう焼畑農耕の神、カタリアは優しく育む栽培農耕の神。丸きり異なる神性の持ち主なのだ」
「だから、それが何だってンだ?知的好奇心を満足させてーだけなら俺は関係ねぇーゼ?」
「まるで異なる神性を持つ女神を、その孰れがどちらなのかも分からぬ儘、信仰心も無く、然し、町の名に冠し、その彫像を配して有り難がる…一種異様だとは思わないか?」
「ま〜、その感想は分かる。が、俺には関係ねーな」
ん?俺への語りに興味を失ったかのように、亦、ネズミと話し込みやがった。
──っとに、しょーがねーな。
耳だけ傾けるとするか。
「では、複数同じものが用意されている、と言う事だな?」
「そ、そうです」
「それは好都合。で、手に入れる事は出来そうか?」
「た、多分、だ、大丈夫。で、でも、嵩張り過ぎて、も、持ち出せない、かも」
「それもそうだな。では、是を持って行くといい」
マキシムスは、虹色に輝くベルトの尾錠を外し、絹毛鼠に咥えさせる。
「こ、これは、な、なんですか?」
「この尾錠は裏から覗けば透かして向こう側を見る事ができ、表からは何も透けない。裏から透かし見た物品は、<収核>と詠唱する事で尾錠の中に格納する事が出来る」
「な、なるほど。で、では、こ、これをお、お借りして、い、行きます」
「うむ、頼む」
絹毛鼠は尾錠を口にし、飛び跳ねるように隙間へと体を潜らせ、立ち去った。
何を命じたんだ?
まあ、いい。
そんな事より、早く謁見させろよ、青銅仮面卿と。
通行証を手に入れよう、っつ〜のに、何時迄もこの屋敷に軟禁されてちゃ、笑い話にもならねーよ、全く。
客間に常備されている麦蒸留酒の小瓶をケツのポケットに入れ、揺り椅子で一眠りするか。
果報は寝て待て、って云うしな。
尤も、俺は何もしてねーけど、な!