魔の城砦都市カレンタリア
──4呎に及ぶ鋭い劔齒の牙がピコに迫り来る!
「任せろ!オラァーーッ!!」
──ガギギィーッ!
寸でに打っ手斬り丸を拗込み、劔齒を受け止める……が!
バギッッ!!?
「!?う、嘘だろッ!俺の打っ手斬り丸が…」
厚重ねの段平、打っ手斬り丸は、無慙にも根元からバキ折れたものの、ピコは躰を躱し、間一髪、長大な牙から逃れる。
劔齒大虎の一種、ハーブボッフォの森にのみ生息するハーブボッフェン・キャット。体長20呎を優に越す巨躯の肉食獣。
この獰猛な超巨大肉食獣と翼刃軍隊蝙蝠、爆煙毒胞茸の群棲に因り、このハーブボッフォの森には、樹人種すら住まず、領土欲に駆られた貴族達さえ手を出さない。
「──動きを止めるデース!<荊の女王の緊縛遊戯>」
ファントアが妖精使役の抒情詩を唄う。
周囲の地面が割れ、木々の表皮を駆け下り、無数の茨の蔓が生え出し、意思を持った蛇のようにハーブボッフェン・キャットの巨躯に巻き付き、無数の棘で縛り付ける。
劔齒虎から5碼離れた処でマキシムスは、魔粒子を煉り込み、うっすらと光る刀身を斜に構え、一息後、一歩だけ利き足を踏み出し、剣を振るう。
振り抜かれた剣の軌道に一筋の光が弧を描き、劔齒虎目掛けて光刃の像が一直線に走り抜け、巨獣の肩口の皮と肉を裂き、鮮血を上げる。
──光刃斬。馗士特有の剣型の1つ。
間髪入れず、木蔭から姿を顕したウィードンが虎の背後から闇討ち、刺突超長剣を左脇腹に深々と突き立てる。
堪らず、劔齒虎も右脚方向に跳ね、背面に首を捻り、低い唸り声を上げ、威嚇する。
「──死を以て償うが宜死い。<悪魔恐怖性出血熱>」
リ・ルガーナは神性礼術の祝詞を上げる。
不気味な噴霧が虎の傷口に集束し、マキシムスとウィードンによって斬り裂かれた箇所が変色、糜爛し、夥しい出血を撒き散らす。
ピコも元素精霊抽術の臺本を讀み上げる。
焼けた炭を火箸で突いたかの様な明るい火の粉が舞ったかと思うと軈て、光に誘われ群れ集う羽虫のように火花は集約し、劔齒虎の鼻先を焦がす。
俺は叩き折られた段平を投げ捨て、足元に転がる拳大の石を掴み上げ、虎に向かって投げ付ける。
ゴツッ、と鈍い音を立て、獣の眉間にぶち当てる。
顰めた虎が目線を逸らすのを見逃さず、一足飛びで接敵したマキシムスが仄かに輝く光刃で大根斬りを繰り出す。
劔齒虎の左目から牙毎顎に至る迄縦一文字に斬り下ろす。
猛獣は、けたたましい吼え声を上げ、戦意は喪失、退く。
追い討ちをかける迄もない。
リ・ルガーナの術で絶命するのは必至。
折られた段平の残骸と辺りを汚した野獣の鮮血だけが虚しく、ハーブボッフォを神妙な静寂が包む。
─────
游子の丘を降り、南を目指した。
街道を使わず、小径を選んだのには訳があった。
街道は、数多の諸侯達の領地にかかり、その占有を主張する。
軍隊や官吏他、王宮の指示や許可、或いは、その街道の使用権を主張する諸侯の許諾を得ない漂泊の民や旅人等から領有する街道の移動に際し、関銭と呼ばれる通行税を取る。これらは街道に設置された各関所を管理する諸侯に支払うのが通説となっている。
抑々、諸侯の封土に、その土地の定住者ならざる余所者が入っただけで入邑税や入邦税、行商税、由税等と呼ばれる特有の租税が存在している。
これらは決して高額な支払いではないものの、遠方への旅や諸侯の封土が入り組む地域では馬鹿にならない出費となり、亦、旅の経路を記録されてしまう為、冒険者にとっては好ましくない。
特にワンダラーが冒険の末、手に入れた財宝の類は、持ち込み税や引き上げ税等と呼ばれる課税対象と見なす諸侯や領主もいる為、何も考えずにルートを定めるのは愚かだ。
“叛吸血鬼”デヴォード・ァン・ブラドハカー准男爵の潜む地は、王都から遠く離れた南域辺境のザーイードハキム荒野。
遠方への旅路は、長旅となる只それだけで資金がかかる上、街道を使えば課税され、且つ、街道追い剝ぎや追跡魔、引っ手繰り、野盗の類に遭遇する恐れも高い。
そんな訳で俺達は、敢えて小径を選んだ。
小径は丘を降りて間もなく失われ、後は唯々道無き道を行く。
クリーパーズステップを越え、赤錆川を渡り、ハーブボッフォの森に至る。
これらの土地は人間が介在しない手付かずの土地であり、錆鬼種や腐鬼種と云った亜人種や怪物、猛獣、蟲が棲息している。
旅の行程としては、ハーブボッフォの森を越え、ダムゥーズドゥ丘陵に入り南南東に進み、エウルケケ湖を渡り、アヴァントア湿地を南下、トゥグルトゥグル沙漠を南東に抜け、アグルマーダン男爵領に入って最終調整、ラザン山地から毛虱丘陵を一気に抜け、双翅蟲川を越え、ザーイードハキム荒野に向かう予定。
然し、愛剣打っ手斬り丸を失っちまっては行程を変えるしかない。
人里離れた土地では、身を守る術がなけりゃアウト。
荷運び役として連れ立ったものの、盾代わりの前衛として此処迄役割を果たして来た俺の主武器が失われた事に少なからずメンバーも気を遣い、森を西に抜け、最も近い町を目指す事になった。
森を西に抜け、名も無き荒地を横断すると、程なく血みどろ街道に出る。
血みどろ街道は、緩やかに曲がりながら南西域に向かう縦断道。
この街道を道なりに南下すると軈て、カレンタリアと云う町に辿り着く。
─────
【無慈悲都市カレンタリア】
双子の豊穣の女神カレンとカタリアの名を冠した地方都市カレンタリア。
嘗て、豊かな小麦の産地として知られ、代々王家の直轄地として栄えてきた町。
然し、七王国戦争の長き戦乱の末、地政学的に重要度の低いこの町は統治の網から忘れ去られ、荒廃した。
何時しか、打ち棄てられた町には破落戸が集い、暴漢達の巣くうドヤ街に成り果てた。
軈て、この町に訪れた異邦人エトラペリによって支配された。
エトラペリは、前市長を弑逆した張本人だが、金で騎士号を買い、市長職に就いた。
名目上、カレンタリアは王家直轄地の町である為、エトラペリは直参扱いとなっている。
現在、エトラペリ=カレンタリア卿と称し、カレンタリア騎士領を自称してはいるが、公的な名称ではなく、あくまでもカレンタリア市長エトラペリ卿である。
エトラペリ卿は、青銅仮面卿、とも呼ばれている。
これは彼の者が人前では、必ず磨かれた青銅製のフルフェイスの兜を身につけている為である。彼の顔を見た者はいない。
カレンタリアは、善良な市民にとっては地獄の様な町だが、悪党にとっては天国の様な場所である。
ならず者やお尋ね者は、一歩町の中に入れば、その自由を保障される。
ギルドの冒険者酒場で賞金首になっていようと、カレンタリアの町中では独自の治安法によって保護される。逆に、ギルドの仕事を請け負って賞金首を狙う冒険者は、騒乱罪を適用され、捕らわれて身包みを剥がされるか、処刑される。
この治安法によって自由を保障される為には、エトラペリ卿への忠誠を誓い、刺青を入れる。
刺青は簡単なもので、エトラペリ卿の紋章と古代嵐語で『慈悲』の文字を刻むだけ。
カレンタリアでは、この刺青を彫った者だけが正当な市民とされ、刺青の無い者は隷民、エトラペリ卿の定めた法を犯した者は賤民となる。
この結果、カレンタリアには益々、破落戸や悪漢が集まり、悪辣な風紀が培かれている。
カレンタリアは、高さ平均16呎程の街壁が凡そ5哩に亘って外周を囲んでいる。
街道が通っているとは言え、カレンタリアは元々、亜人種や怪物が比較的多く棲息しており、人間が農耕や生活を行うには、外壁を築き、守る必要がある。
とは言え、従来の壁の高さは6呎程で、現在の高さはエトラペリ卿が改築を実施した為。
エトラペリ卿は、壁を更に増強し、今ある街壁より外側2哩程に第二の外壁を築く計画を立てている。
城塞化を進め、町の規模を増やし、所領化を目指し、確固たる地位を築く野心に燃えている。恐らく、騎士号を購入し、市長職に就いた時と同じ様に既成事実を積み上げ、済し崩し的に爵位を得ようと目論んでいるのであろう。
─────
夕刻、カレンタリア街壁の北門に着いた。
此処で門番に滞在料を請求された。
一人当たり中抜輪銅貨1枚、家畜一頭当たり中抜八角大銅貨1枚。
町に入るのに銭が必要なのは稀だが、関銭としては安い方だ。
時刻も時刻なので冒険者宿を探すが見当たらない。
どうやら、ギルドの影響下から完全に独立しているようなので、町外れの旅籠を見付け、部屋を取る。
ヴェネーノのメンバーは、俺を入れて丁度、男3名、女3名。二部屋を取り、男女分かれて宿泊する。
三人部屋と云うものはないので三階にある四人部屋を取り、俺は2つある窓側の寝台の左側を奪い、さっさと横たわる。
禿丘を旅だって以来、久々のベッド。決して、上等とは云えない代物だが、野宿に比べれば極楽。
飯も喰わず、二人と会話する事もなく、いつの間にか俺は眠りについていた。
──ガガガッ、ガガガッ
深夜、窓の外から轟音が響き、目を覚ます。
石畳を幾つもの蹄鉄が踏み付け、車輪がけたたましく回る音が響き、階下に近付く。
体を起こし、カーテンを引き、覗き見る。
(なンだ、ありゃ!?)
金箔で塗り固められた8頭立ての巨大六輪武装馬車が爆走してくる。
金色の馬車の隅々に迄<蛍光>の魔術が掛けられ、彗星の様に光の尾を曳き、駆け抜ける。
丸字の枠に四方向突き出す形でアームの長さが同じ正十字の紋、まさしくエトラペリ卿の紋章が刻まれた其の馬車は、ドップラー効果を残し、軈て走り去った。
(──こりゃ、夢か?)
寝ぼけているのか、夢の中なのか、取り留めのない光景は眠気を飛ばすには足らず、再び深い眠りにつく。
──朝目覚めると、空腹に苛まれていた事に気付く。
既におかま野郎も死神坊主もいない。
部屋着から冒険装束に着替え、宿の一階の食堂へと向かう。
カウンターバーで軽食を頼み、程なくして出された食事を、それこそ無我夢中で頬張り、途中、三度程噎せつつ完食、一服つく。
あのおかま野郎が帰ってこねーと刀剣の調達が出来ね〜から、死の接吻亭からくすねてきた湿気た葉巻を取り出し、煙を潜らせる。
──ドン。
カウンターの中に居た主人が、大麦酒をなみなみと注いだゴブレットを俺のテーブルに置く。
「あちらのお客さんからですよ」
!?──主人が指差す方向、食堂の端のテーブルに座っていた男…この町の破落戸には見えんが、漂泊の民か旅人か?否、冒険者か?
「お前さん、何処から来たんだい?」
(───ほう…)
「──王都から来た」
「珍しいな。この町は、お尋ね者と賊、犯罪者と厄介者が屯する掃き溜。王都から来るとは、使命か命令か、将亦、依頼か何かかな?まさか、観光とは言うまい」
漂泊の民や旅人風情が、態々酒を奢って迄話し掛けてはこねぇわな。
微かに魔粒子や精霊の働きを感じる。
「あンたこそ、何しに来たんだい?冒険者か?」
「俺は、剣匠の“雲を呼び寄せるもの”ブレイドバルダス。ディタ・アードン出身嵐の民、ジルダスの孫、アーベルダスの子。“取引”の為にこの町に立ち寄った。
噂通り、いい町とは言えない。で、お前さんは?」
横目で食堂を見渡し、何気なく薪束を見付ける。
「俺の名は…ファゴット──ファゴット・ケイオスロータラー。用心棒をやっている。此処に来たのは、連れの護衛がてらだな」
(──ま、強ち間違いではねーし、これでいいだろ?ちと、盛ってるが)
「此処に来てどれくらいかね?」
「否、昨夜着いたばかりだ。なンで、まだどンな街なのか分からン」
「気を付けた方がいい。狡猾な詐術と裏切り、出鱈目な言い分、謂われのない暴力が支配する悪徳の町だ。
俺もそうだが、馴染まない者には、理不尽な制裁と私刑が待っている」
「……ああ、忠告有難うよ。精々、気を付けるゼ」
「もう一度だけ言っておく、“気を付けろ”」
「──ああ…」
男はそれだけ云い残し、銅貨をテーブルに積み、食堂から立ち去った。
随分と世話焼きな奴だ。
見知らぬ者に忠告とは、長くは生き残れまい。
偖と、頂いた大麦種を楽しみつつ、湿気た葉巻を楽しむ続きといくか。
──自棄に葉巻の苦みが気になるが、まあ、こう云う時もある…
──カランコロン。
鐘付きの木扉が開き、宿屋に入ってくる。
やっと帰ってきたか、おかま野郎──
「待ってたゼ、マキシムス!
おめぇーがいね〜と銭っこねーから、剣買いにいけね〜からよ」
「これは済まない。貴卿の得物を買いに行くんだったな。
このカレンタリアの中心部は、其れなりに賑わっているようなので、そちらに迄出向き、探すとしよう」
「此処を離れるンなら、誰か連れていった方がよくねーか?」
「ウィードンペボルを連れて行く。と云っても、彼女には姿を消して我々をトレースして貰うつもりだが」
「…ご苦労なこった。サッサと行こうゼ!お〜っとその前にぃ〜、酒と煙草をやっつけねーとな」
旅籠を出て、30分程歩く。
成る程、なかなかに賑わった街。
出歩く者、生活に勤しむ者、片田舎の町にしては活気がある。
町の名に冠する双子の女神像もあちこちに置かれている。それなりに信仰心があるのか、或いは酔狂か。
とは云っても、まともな都市じゃないのは明白。
其処彼処で恐喝やら喧嘩やら怒号やらが飛び交う。実に、見事な民度じゃ〜ないか。
ウィードンも俺達と一緒に宿屋を出た筈だが、何処をどう着いて来てるのやら、検討もつかん。
喧騒に紛れると云うよりは、虎視眈々と獲物を狙う殺し屋宛らの追跡法だな。
知ってる俺ですら分からんのだから、此奴は中々のタマだぜ。
町の中心部に近付いてきたが、武器専門店として店を構えている場所なんざ、全く無い。
禿丘同様、露天商が茣蓙を敷いて、徐に凶器を並べる、そんな有様。
予想していたとは云え、さて、どうするもんか?
「どうしたのだ?各処で得物を扱っている者達がおるが、気に入らんのか?」
「否、こう出鱈目に多いとだ、どこの店で買ったらいいか、分からンのでな。露商の取り扱う商品じゃ、高々知れてるしな」
「──そうか。ならば、私が目利きを代わるが?」
「否、いい。次、適当に目についた店で探すわ」
程なくして、【デ・ラ・ホーヤ商会】と王国語と権威語で綴られた看板を掲げた露商の前を通り掛かる。
デ・ラ・ホーヤ商会と云えば、大陸に本拠地を持つ有名な商社。商業ギルドでも発言力のある著名な連中だ。まさか、こんな片田舎に迄行商人を送ってきているとは、正直、魂消た。
確かに、一目見て業物と分かる品々が揃っている。
鉄製の武器迄置いてあるじゃねーか。
中でも鋳鉄製の剣が目を惹く。このうっすらと暗く鈍い鼠色の地金、実に鍛錬されている。
なにッ、八角天大金貨15枚!!
高ぇーー!!!
クラウン1枚ありゃ、ひっそりと暮らせば一年生活出来るんだぜ!?
こりゃ駄目だ、高過ぎて頼めねーぜ。
「ほう、流石は貴卿。良い品に目が行くな。では、そちらの鋳鉄製の剣を二振り、それから、こちらの鉄製の剣を五振り。こちらの匕首を10本、投擲槍を6本、戦鎚1本、投石紐3本、重石付投げ縄4つ、短弓用の矢を3ダース。丁子油と打粉、拭い布、砥石を適当に見繕ってくれ。
所で、そちらの品は?」
「おお、お目が高い!此方は、名匠オルフェリウスの鍛えし名剣。
是が分かるとは大した御方。特別に聖圓小白金貨8枚でお譲りしましょう」
「では、そちらも一振り頂こう」
(おいおい!?マジかよ!どンだけ散在する積もりだ?露商如きで使う額じゃねーぞ)
「おい、マキシムス、大丈夫か?幾ら銭持ってても名店での買い物と訳が違うぞ!」
「デ・ラ・ホーヤであれば大丈夫。若し、紛い物を掴まされていたのであれば、後で商会に抗議すれば返金される」
「否、まぁそうなンだがよ…」
「品を観れば分かるだろう、本物だ」
いや、ま〜確かに本物ってのは、見りゃ分かるんだが…にしても、どんだけ金持ってんだよ、コイツは?
只者じゃねーのは分かってるが、目利きといい、気っぷの良さといい、大胆な判断力と実行力といい、此奴は只の分限者じゃねーな。
「この鋳鉄の剣、貴卿が使ってくれ給え。好きな銘を付けるが宜しい」
「おう、有り難ぇ〜。銘なら決まってる。“打っ手斬り丸”だ!」
「──其れは以前折れてしまった貴卿の剣の銘では?」
「その通りだ。俺の持つ段平は、ぜ〜ンぶ打っ手斬り丸なンだゼ!」
「…ふむ、それでは貴卿、他の武具も合わせ、是等を運んでくれ給え」
「……お、おう」
序でに、他人をサラリと扱き使う様、大した野郎だ、お見逸れする。尤も、俺は荷運び人として連れ立ってる訳だから当然っちゃ〜当然。
でかい背嚢に購入した武具をぶち込み、矢筒を抱え、路地を行く。
マキシムスはドヤ街の露商が珍しいのか、各処に立ち寄るものの、特に購入する事もなく、路地を進み、軈て路地裏へ。
あまりいいもんじゃない。
露商に気を向け売り物を見て歩くのは、明らかに余所者の其れと分かる所作。
こう云う場所では、目立っちまう。
妙な連中に目を付けられなきゃいいんだがな──
「そこのあんたら、随分羽振りがいいみてぇだな?」
云わんこっちゃねぇ〜。
一見してそれと分かる破落戸三人。丸字枠に正十字が重なる刺青。成る程、これがエトラペリの紋か。しっかりと古代嵐語で慈悲の文字も刻まれている。
まあ、デ・ラ・ホーヤの露店の時から付けていたのは分かっていたが、成る程、確かに此処は裏路地、都合良かろう、奴等にとっては。
偖、どうする算段かね、おかま野郎は。
「…諸君等は?」
「仮面しとるが、なかなか上玉そうじゃねーか、このあんちゃんは?」
「こりゃいい!可愛がってやった後、陰間茶屋に売り飛ばすか」
「まずは金目の物を全部出しな」
「…宜しい、お相手して進ぜよう」
マキシムスは左手を突き出し、手招きをするように四本指をクイッと動かす。
癇に障ったのか、破落戸の一人が踏みだし、マキシムスに迫る。
──ザンッ!
刹那の抜刀、次いで狭い軌道で唐竹に薙ぎ下ろす。
ドボゥッ──
剣の軌道に遅れる事僅か、破落戸の壇中から水月、丹田に至る迄の刀傷から臓腑がぬるりと溢れる落ちる。
斬りつけられた破落戸は、何が起こったか分からない、と云う表情を浮かべた後、激痛に見舞われ絶叫。溢れ落ちる臓物を掬い上げる様な動きをみせ、そのまま膝から砕け落ち前のめり、絶命。
一瞬の出来事。
(中々の抜刀…いやいや、褒めるとこじゃねーな。短気過ぎンだろ、オイ)
──てめぇ〜!
キレた仲間の破落戸一人が長ドスを引き抜き、襲い掛かってくる。
マキシムスは造作も無く破落戸の長ドスを躱し、躱し様に小手斬りを見舞う。
ギャッ。
ドスを握った両手が地面にぼとりと落ちる。
顔面蒼白の破落戸に、マキシムスは横一文字に斬り払い、男の両眼は真一文字にパッと血を散らす。
続け様、眉間、喉仏、鳩尾に突き入れ、血振り、納刀せず、突き入れた男の息絶える様を横目で確認。
表情一つ変えず、涼しい眼差しで、もう一人の破落戸をちらりと見る。
残った最後の一人は、余りの出来事に慌てふためき、言葉にならない訳の分からない奇声を発し、この場から逃げ出す。
マキシムスは追う様子も見せず、遁走する悪漢を暫し眺め、納刀。
全く、手を出すのが早過ぎんだろ。
予想以上に手出しが早い上、それなりに達者なもんだから、止めるに止められなかったぜ。
偖々、これからが厄介だぞ。
エトラペリの刺青持ちに手を出しちまったんだから、さっさと立ち去らねーとマズいぜ。
「おい、マキシムス!さっさとズラかるぞ」
「畜生にも劣る下衆の一人や二人を斬り捨てた所で何を憚る事があるのだ?」
「何をぬかしてやがンだ!奴等の仲間が嗅ぎ付けてくると面倒だ。序でに、エトラペリの番兵に知られたら、取っ捕まっちまうよ」
「一理ある…が、然し、慌てる迄でもない。ゆるりと帰ろう」
(コイツ……大人物なのか、単に抜けてる奴なのか…面倒なやっちゃな)
路地裏を出て大通りへ。
ちょっとは早足でもしてくれりゃいいんだが、このおかま野郎は、無駄に肝が据わってやがって、ちっとも慌てる素振りを見せない。
剰え、亦も露商を見て回る始末。
早く、旅籠に戻りたいぜ。
「アイツだッ!!」
──おいおい、この声…
とんずらした破落戸が仲間連れて、戻ってきちまったぞ?
振り返ると、さっきの破落戸以外に、揃いの装備を纏った連中が大勢。
最悪の展開だ。
完全にエトラペリの私兵だろ、ありゃ。
「マキシムス、逃げるぞ!エトラペリの兵だ。捕まったらブタ箱行きだぞ」
「ブタ箱?それより貴卿、さっきのあの像、見ましたか?」
「!?像?何の事だ?」
「双子の女神像です」
「…否、気付かなかったが…その像がどうかしたか?」
「互いに背を合わせ、各々が他方を見る。あの像は、本当に二人の女神を象ったものなのだろうか?」
「…よく知らンが、同じ女神像を彫って二体並べ、背中合わせに繋げてるだけだろ?造型の違う別々の女神像を彫って繋いだり、削り出して二体を彫り出すより余程作るのが楽だろ、その方が?縁起物として数作らにゃならンのだから、その辺りは考えての手抜きだろ?ニコイチなンだから1つの型で量産した方が都合いい。
ンな事よりっ、どーすンだよ!捕まっちまうぞ」
「同じ型…そうなると孰れが姉神で妹神なのか…町の住人には区別がつくのだろうか?」
「……知らねーよ!さっさと逃げるぞ………って、もう遅ぇ〜──」
逃した破落戸と共にエトラペリの衛兵共がぞろぞろと追い縋る。
20名はいるんじゃねーか?
揃いの装備、制服を纏ってはいるが、見るからにチンピラ。
とてもじゃないが、まともな話が通じそうな奴等じゃない。
抑々、周りに集まっている野次馬共も破落戸の類。場合に因っちゃ、連中全てが敵になっちまう。
「貴卿、何人迄斬り伏せられるか?」
俺に聞こえる程度の小声でマキシムスが問う。
(コイツ、殺る気かよ…)
「まぁ、5人程度なら、な」
「ふむ、私が10名として、少し足らんな」
(…コイツ、10人も殺る積もりかよ…)
マキシムスが肩口迄右手を挙げ、僅かに傾けた掌を周囲に翳す。
周りにゃ分からんだろうが、明らかに停止、或いは、制止の合図。
成る程こいつ、何処かに潜んでついてきてるあの影の薄い小娘にサインを送ってんな?
動くな、っつ〜合図を送るって事は──
こいつ、単に捉まる腹積もりかよ!
抵抗する素振りも逃げる素振りも見せない二人をエトラペリ卿の衛兵達は囲い、拘束する。
全く抵抗しないものの、槍の柄で小突かれ、羽交い締めをされ、半ば強引に引き摺られるように二人は、衛兵達に連れて行かれる。
─────
カレンタリアの中心部に位置する小高い丘の上の小城、それがエトラペリ卿の住まい。
元々は市長の官邸と市議会の会議場であったものをエトラペリが私邸として改修させたもの。
町の中心に置く小城としては、矢鱈と物々しく、荒野に聳える小砦と言った印象。
凡そ、力で縛り付ける権力者に似付かわしい、訝しげな装いの小城。
捉えられた二人は、このエトラペリの小城の地下牢引き連れられる。
露商で購入した武具の類や金品、装飾品は没収され、頭から麻袋を被せられ、共に同じ地下牢に繋がれる。鎖に繋がれると麻袋が外され、番兵は立ち去った。
マキシムスは、普段付けている宝飾付眼帯仮面も剥ぎ取られ、素顔を露出している。
こいつの素顔、初めて見たが、こりゃ想像以上の美形。
王立劇場で役者をやってる連中より美形、樹人種の様な無機質な美貌とも違う。
丸きり、美女、而も女神と形容するに値する程。
傾国の美女、ってのが実在するなら、正に其れだ。
剰りにも美し過ぎて、下卑た感情すら出てこねぇ。世紀の美術品を汚す事が出来ね〜のと似た感覚。
こんな美人が存在する事に、奇跡すら感じる。
然し、残念乍ら、男、だ。
そんな事より、どうするよ?
素直に取っ捕まっちまったのはいいが、何か意味があるんだろうな、おい!
起こさなくていい厄介事起こして、そのままブタ箱に繋がれ、はい終いじゃ〜話になんねーぞ。
「貴卿、知っていますか?」
「はぁ?なンの事だ?」
「通行証の事を」
「…通行証?行商人やら軍隊、貴族やらが持ち合わせる街道や関を通り抜ける為の許可証の事か?」
「そう」
「…それがどうかしたか?」
「通行証は無論、買う事も出来ます。然し、冒険者として旅の経路を晒すのは避けたい。其れが抑々荒れ地を歩んだ理由です」
「ああ、関銭やら由税払っても記録は残る。寧ろ、記録が残らにゃ追銭迄取られかねン。通行証とやらは、発行者が責任を負う許可証みて〜なもンだから、そりゃ記録されるわな。
賞金首を横取りして〜連中は、同じ目的の冒険者の迹をつけるのが手っ取り早い。横殴り連中の思う壺だわな」
「そう。故に、通行証を“まともな手段”で手に入れても意味がない」
「…まともな手段。つまり、まともな手段じゃね〜方法で手にいれりゃ、使い勝手がいい通行証を所持していた方が、やっぱいいっつ〜訳だわな」
「その通り」
「ンで、其れと今の此の状況、何の関係があンだよ」
「エトラペリ卿と交渉する為」
エトラペリと交渉する?
──こいつ、何を云ってやがるんだ。
あいつらの保護下にある破落戸を二人も殺っちまったんだぞ。
奴等の都合のいい法の下、俺達ぁ裁かれ、私財は没収、下手すりゃ強制労働が待ってんだぜ?
「否、どうやって交渉すンだよ?」
「エトラペリ卿は、破落戸を飼い慣らす悪漢。悪党は、非合法な取引を好み、その為の工作手段を持っている」
「…ああ、それは分かるが」
「奴が持つ通行証、正確には奴が発行する通行証は、国内において確かに適用される代物だが、その発行に際し、正規の手続きが不要、つまり、身元不十分、乃至は、捏ち上げが可能だ」
「ほう、成る程な。詐称での通行証が作れる、要は、完全で適法な偽造通行証が作れる、そう云いて〜ンだな?」
「如何にも」
「…確かに、あンたの云う通りだが──ンで、どうすンだよ、交渉は?」
「任せ給え。上手く進めよう。仮にしくじったとしても、その時は──」
「その時は?」
「──詐称、する」
「……???」
女神像の様な、宛ら、至高の美術人形の様な美しい貌だと云うのに、背筋を凍らす程、ゾッとする微笑みを垣間見る。
何をするつもりだ?
無慈悲町の地下で、濁った思惑が交錯する──