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THE world  作者: 海田陽介
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青紫色の植物・異世界の生物


 その日の夜、二度目の強い地震があった。




 僕は二度目の強い地震を感じて慌てて眼を覚ますことになった。でも、前回と同じように地震は一度強く揺れたあとすぐに収まったので、僕は再びベッドに横になると眼を閉じて眠った。




 翌朝、僕は目覚めると、まずアパートから外に出で、外の状況を確認してみることにした。何か昨日と比べて変わった点はないだろうか、と。あるいはひょっとすると、上手くもとの世界に戻っていたりしないだろうか、と。


 でも、残念ながら、事態は昨日と比べて何も変わっていないように思えた。相変わらず、通りに人影はなく、車も走っていなかった。町はしんと静まり返っていて、犬の鳴き声、小鳥一匹の鳴き声さえ、聞こえてくることはなかった。完璧な無音の世界。もし、聞こえて来る音があるとすれば、それは風が耳元を吹きすぎていく音くらいのものだった。


 やはり、駄目か……。僕は心のなかでため息をついた。でも、僅かな望みをかけて、どうせ無駄だろうと思いつつも、僕は周囲のアパートや民家を、一軒ずつ、誰かひとがいないかどうか、確かめて回ることにした。


 まずはお隣のアパート。インターホンを押す。ピンポーン。やはり、応答はない。続いてその隣のアパート。またしても結果は同じ。その次、その次、その次、その次……。二十軒以上そうして周囲の家を確認して回ってから、やはり誰も人間はいないのだ、と、僕は結論づけた。さすがに二十軒以上の家が全て僕に対して居留守を使っているということは考えにくかった。……予想通り、ひとはいないのだ。この世界に。目の前から冷たい暗闇が押し寄せてくるように、僕は改めてそのことを認識した。


 僕は一旦ひとまずアパートまで戻ると、トーストとコーヒーの朝食を作って食べた。そろそろ食料品も少なくなってきているので、また無人のスーパーに買い出しにいかなければならないな、と、僕はぼんやりと思った。


 それから、僕はふと美優のことを思い出して、机の上に置いてあったスマホを手に取った。もしかして、新たに美優からメールが届いていたりしないだろうかと思ったのだ。でも、スマホを確認してみると、新しいメールは届いていなかった。昨日の夜、最後やりとりをしたのが最後だった。


 僕は昨日最後に美優から送られてきたメールを読み返してから、ふと思い立って美優にメールを書き始めた。相変わらず、僕は異世界に取り残されたままであることを、一応美優に伝えて置こうと思ったのだ。


 文章を作成して、送信を押す。すると、メール送信の画面になったあとしばらくして、エラー表示が出た。なんだろうと思って確認してみると、モバイルデータ通信がオフになっているか、インターネットの接続がありませんとあった。


 ……嫌な予感がした。僕は未送信のメールボックスに保存されている美優宛のメールを開くと、再度メールを送信し直した。すると、またエラーになった。インターネットの接続がないとの表示が出て、メールを送信することはできなかった。


 もしかして、遂に、インターネットも使えなくなってしまったのだろうか……。僕は狼狽えるというよりも、ほとんど恐怖に近い感覚を覚えた。微かに震える手でスマホをインターネットに接続してみる。すると、やはり、インターネットの接続がないとの表示が出て、駄目だった。どうして急に?僕は青ざめるように思った。昨日までは何の問題もなく使えていたのに。まさか、パソコンのインターネットも使えなくなっているのだろうか?


  急に不安に駆られた僕は歩いていってパソコンの前の椅子に腰掛けると、パソコンのスイッチを入れてパソコンを起動させた。そしてパソコンが立ち上がると、恐る恐るパソコンをインターネットに接続してみた。


 すると、結果はどうだったのかというと、スマホのときと同じだった。インターネットの接続がないとの表示が出で、インターネットに接続することはできなかった。


 ……まさか、昨日の地震のせいだろうか。僕は胸騒ぎを覚えた。昨日夜、また地震があった。あの地震によって、僕のいる世界と、隔離世界の隔たりが、より大きなものになってしまったんじゃないかと僕は思った。


 ……いや、きっと家のパソコンを繋いでいる、モデムか、ルーターの調子が悪いのだ、と、僕は首を振ってさきほどの自分の考えを頭のなかから追い払った。もし、このままインターネットも使えなくなってしまったとしたら、それはほんとうに僕はこの世界に取り残されてしまったことを意味した。もう、美優と連絡を取り合うことはもちろん、他の友人や、家族たちとも、連絡を取り合うことはできないということになってしまうのだ……。それはなんとしてでも、避けたい事態だった。


 僕は焦って、パソコンのモデムやルーターが置いてある場所まで歩いていくと、そこでモデムの電源を入れ直してみたり、線を繋ぎ直してみたり、自分にできることを全て試してみた。けれど、それらの行為が実を結ぶことはなかった。結果は変わらなかった。何度試してみても、パソコンはインターネットに繋がらず、もちろん、スマホもインターネットに接続することはできなかった。どうやら、僕はほんとうの、ほんとうに、この異世界に取り残されてしまったようだった……。


 僕は軽い絶望感に襲われて、ソファーに腰掛けると、項垂れてしばらくのあいだそのままそこから身動きすることができなかった。一体どうすればいいんだ?僕は思った。眼を瞑ると、その閉じた瞼の内側で、汚く濁った薄闇が渦巻くように動いているのが見えた。


 ……でも、この世界はほんとうに僕だけかしかいないのだろうか?この隔離世界はほんとうに、どこまでも、日本中、世界中にまで広がっているのだろうか?僕がそういった、当たり前といえば当たり前のことに気がついたのは、それからからかなり時間が経過してからのことだった。


 案外、隣町まで行けば、この隔離世界からなんなく脱出することも可能なんじゃないか。そう思うと、急に僕は気分が軽くなってきた。さっきはインターネットが使えないことがわかって、一時的にもう全てが終わってしまったような錯覚に陥ったけれど、まだまだ他にも試していないことはあるじゃないかと僕は途端に勢いづいた。よし、善は急げだ、と、僕は自分自身を鼓舞するように思った。僕はそれまで腰掛けていたソファーから立ち上がると、アパートから外に出た。




 僕の計画としてはまずこうだった。第一段階として、とりあえず駅前に行ってみる。そしてそこが無人のままなのかどうかを確認してみる。そして、もし、そこがやはり無人のままだとわかった場合には、強硬手段を使って、隣町まで、なんなら新宿あたりまで移動してみようと思った。駅前には確かレンターカーショップがあったはずだった。だから、そこから車を拝借すれば良いと思った。どうせ無人の世界なのだ。遠慮をする必要はないと思った。


 これまでの経験から言って、ひとはいなくても、レンターカーショップ自体は普通に空いているはずだった。当然そこに入れば、レンターカーの鍵を入手することが可能なはずである。万が一、鍵が金庫のような場所に厳重に保管されている場合には、近くのデパートか、もしくは日曜大工店のような店から大型の鈍器を持ち出してきて、それで鍵の入っている金庫を叩き壊せば良いと思った。もし、通常の世界でそんなことをしようとすれば、すぐに警察に捕ってしまうことになるだろうけれど、幸か不幸か、この世界には警察はいないし、だから、誰かに捕まる心配をする必要はなかった。

 

 自転車で駅前に向かうと、駅前は、昨日同様、やはりひとの姿はなかった。しんと静まり返っていて、誰も歩いていない。寝静まった真夜中の駅のように。でも、駅前のデパートや、コンビニ等の店は、まるでいつもの日常と変わらないように明明と電灯が灯っていた。


「……仕方が無い、強行手段を使うか」

 僕は心のなかで呟いた。自転車で駅の周囲を回ると、トヨタレンターカーリースがあったので、そこへ向かうことにした。


 店舗の前に自転車を止め、自動ドアを潜って店内に入る。もちろん、僕のことを迎えてくれる店員の姿はなかった。店内はさっきのコンビニやデパート同様明かりは灯っているけれど、人の姿はなかった。僕は奥の事務所のスペースをしばらく探索して、やがて車の鍵が入っている戸棚を見つけた。そしてそこから適当に鍵を拝借すると、また自動ドアを潜って外へ出て、今度はレンターカーが置いてあるところまで歩いていった。そしてそれから、持っている鍵と合致する車を見つける。


 僕が乗り込んだ車は、ライトブルーのミニカーだった。僕は車の車種については明るくないので、なんていう名前の車なのかはわからなかったけれど、わりとどこにでもありそうな車だった。いつも家の近くの通りを走っているのを見かける気がする。それに車種なんてどうでも良いことだった。とりあえず、普通に走れば良い。


 鍵を差し込んで、エンジンをかける。念のためにシートベルトをつけた。


 車の運転をするのはずいぶんと久しぶりのことだった。僕は一応車の免許は持っているものの、完全にペーパードライバーだった。僕が車を持っていないのは単純にこれまであまり必要性を感じなかったのと、車の維持費がもったいないからだった。また付け加えておくと、僕は車の運転にあまり自信がない。万が一、事故を起こしてしまったらと思うと、なかなか進んで車を運転しようという気持ちにはなれなかった。でも、今回は無人の町なので、運転しても特に問題はないだろうと判断した。もし仮に事故を起こすようなことがあったとしても、人身事故だけは起こさずに済むはずである。

 

 恐る恐るといった感じでアクセルを踏み、車をゆっくりと発進させる。車道に出ると、かなり危なっかしい運転で、僕は都心を目指して車を走らせはじめた。もしこれが通常の世界であれば、僕の運転する車はたちまちあちこちからクラクションを雨のように浴びせかけられていたことだろうけれど、でも、今僕がいる世界には車は一台も走っていないので、そのようなことは起りようもなかった。車道はやけに広々としているし、どれだけスピードを出そうとも、どれだけメチャクチャな運転をしようとも、誰かに迷惑をかける可能性も、心配もなかった。最初の頃は信号が赤に変わる度に律儀に車を停車させていた僕も、そのうちにバカらしくなってきて止め、車のスピードもどんどんあがっていった。


 僕の運転する車は武蔵野市を過ぎ、高円寺のあたりにまでさしかかろうとしていた。僕は一応念のために、ところどころで車を止めて、周囲の様子を観察してみたのだけど、でも、今のところ、町は無人のままで、人の姿を見かけることはなかった。あるいはこれはほんとうにどこまでも永遠に無人の世界が広がっているのだろうかと僕は思った。東京を越えて更に大阪、それから、九州……果てはアフリカといったように……。




 やがて視界のなかに新宿の高層ビル群が見えてきたとき、僕は驚いて急ブレーキを踏んだ。新宿の高層ビルが、何かわけのわからない、気味の悪い、青紫色をしたものに、一面覆われていたのだ。


 乗っていた車から外に出て、目を凝らしてよく見てみると、それはどうやら形状から判断して、何らかの植物であるらしかった。青紫色をした植物なんて見たこともなければ聞いたこともなかったけれど、とにかくそれはあって、新宿の高層ビル群の壁面をびっしりと覆い尽くしていた。そして恐らくはそれは高層ビルだけでなく、新宿の町一面にも広がっているのではないかと予想された。


 ……一体何が起っているのだ、と、僕は恐怖を覚えた。一体僕の知らないあいだに何が起ってしまったのだろうと思った。今目の前に広がっている光景は、どことからどう見ても、通常の世界とはかけ離れたものだった。


 僕はもっと新宿の町に近づいて、青紫色の植物らしきものの正体を確かめてみることにした。もしかすると、そこには何か得体の知れない生物が潜んでいて、襲われることになるかもしれないと思ったけれど、とりあえず今は、遠くに見えている、青紫色をした、植物の正体が気になっていた。


 僕はそれまで比べると、かなり車の速度を落として、慎重に新宿の町へと近づいていった。


 高田馬場に入ったあたりから、さっき遠目に確認した、青紫色の、植物のようなものが視界のなかに入り始めた。それは形状としては苔のような感じで、その苔状のものが辺り一面を隙間なくびっしりと覆い尽くしていた。道路、信号機、歩道橋、通りに沿って並んでいるビル……とにかく、目につく、ありとあらゆるものが、その苔状の、青紫色の植物らしきものに覆い尽くされていた。そして例によって人影はなく、動いている生物は僕しかいなかった。猫一匹、カラス一匹姿さえ、見かけることはなかった。


 更に、いよいよ新宿の町が目前に近づいて来ると、最初は苔のように小さなサイズの植物しかなかったものが、徐々に、様々な大きさと形状を持つようになっていった。ススキのような形をしたものや、向日葵のような形をしたもの、よく図鑑等で珍しい木の形状として取り上げられる、バオバブという名前の木に似たもの……新宿に向かって進めば進むほど、僕の常識からかけ離れた、奇妙な、どちらかというとグロテスクな形状をした、青紫色をした植物が目につくようになっていった。そのうちに道路を覆う植物の背丈もかなり大きくなり、車で進んでいくのが困難になってきたので、僕は一度車を降りると、歩いて周囲の様子を観察してみることにした。


 車から降りると、肌寒さを感じた。僕がもといた町に比べて、このあたりは気温が十度近くも低くなっているようだった。体感温度としては摂氏八度から十度くらい。真冬のような寒さだった。もしかすると、周囲に群生している植物の影響だろうかと僕は考えた。たとえばこの奇妙な、青紫色をした植物が、周囲から熱を奪っているとか?


 僕は僕の背丈ほどもある、ススキに似た、青紫色の植物をかきわけてゆっくりと前に向かって進んで行った。青紫色をした奇妙な植物のなかを進んでいると、一瞬今自分が新宿の町を歩いているのかどうかわからなくなった。もしかしたら、僕は自分でも気がつかないうちに、より奇妙な世界へと迷い込んでしまったのではないかと不安を覚えることになった。僕はときどき頭上を振り仰いで、そこに新宿の高層ビル群があることを確認しなければならなかった。


 その物音を聞いたのは、僕がそろそろ車の置いてある場所まで引き返そうかと思いはじめたときだった。僕が今居る左斜め前方付近から、何か、カサカサという、草の触れ合う音のようなものが聞こえてきた。僕はぎくりとして立ち止まった。そして、音が聞こえて来た方向に神経を集中させた。僕がしばらくそうしてじっとしていると、またカサカサという植物の触れ合う音のようなものが聞こえて来た。


「誰?」

 僕は怖くなって叫ぶように問いかけた。でも、返事はなかった。


「誰?誰かそこにいるの?」

 僕は再び叫んだ。でも、前回同様応答はなかった。


 ……もしかして気のせいだったのだろうか?僕は考えた。風で揺れる植物の葉が触れ合う音に過剰に反応してしまっただけとか?……多分、そうだ。僕は半ば自分に言い聞かせるように思った。そして僕は自分が乗って来た車がある方向に向かって歩き出した。


 でも、歩き出してからしばらくすると、またやはり背後で何かの物音が聞こえた。カサカサという草と草が触れ合う音。怖かったけれど、僕は思い切って背後を振り返ってみた。すると、僕が今居る箇所から五メートル程離れた場所に、人形をした生物が立って、こちらをじっと見ていた。


 人形といっても、それは文字取り人形をしているというだけであって、人間では全くなかった。丸い形をした頭部には、大きな赤い目がひとつだけあった。鼻はなく、耳元まで大きく裂けた口がひとつあった。耳のような器官は確認できなかった。薄紅色の皮膚は粘液のようなもので覆われていて、その表面にはイボのような突起物が無数にあった。人間同様手足は二本ずつあり、それは枯れ枝のように細長かった。衣服は身につけおらず、薄紅色の皮膚がむき出しになっていた。背丈は二メートルちょっといったところで、その奇妙な生物はいくらか背を丸めるようにしてじっと僕のことを見ていた。


 僕とその生物はしばらくのあいだお互いに見つめたあったまま身動きしなかった。そのうち、僕と対峙している奇妙な生物はその耳元まで裂けた大きな口をグッと開いた。口を開くと、そのなかに収められている無数の鋭角的な歯が覗き見えた。生物の口から溢れ出た唾液が粘液のように糸をひいて足下の地面に落下し、その唾液は強烈な酸性を帯びているのか、ジュワというような音を立てて、周囲に群生している植物を溶解させた。


「ヴォー!」

 その生物は僕に対して口を開いたまま何か叫び声のようなものを発した。その生物の咆哮を聞いた瞬間、僕は一目散に駆け出した。わけのわからない生物に襲われると本気で身の危険を感じた。


 振り返ったら終わりのような気がして、とにかく無我夢中で僕は前に進み続けた。そして僕はやがてなんとか車に辿り着くと、急いで車のドアを開けて、車のなかに乗り込んだ。それから、急いで車のエンジンをかける。


 今この瞬間にも、フロントガラスあたりからさっきのグロテスクな生物が襲いかかってくるのではないかと恐れていたのだけれど、幸いにして、今のところそのようなことは起らなかった。


 僕は車を急発進させると、全速力でその場をあとにした。


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