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THE world  作者: 海田陽介
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異変

 電気も使える。ガスも使える。水も出る。一応、インターネットも使える。ただし、今のところは、ということになってしまうけれど。一体何がどうなってしまったのか。


 僕がこの奇妙な隔離世界(と思われる)に迷いこんでしまってから既に二日が経った。最初のうちはそのうちもとに戻るだろうと楽観的に考えていた僕も(僕はどちらかというといつも物事を楽観的に考える方だ)さすがにこれはいよいよヤバいと焦り始めた。一日眠って次の日目覚めれば状況が元に戻っていたりするような生易しい種類のものではないらしい。どうやら。いささかそのことに気がつくのが遅すぎたきらいはあるのだけれど、でも、だからといって、早い段階でそのことに気がついていたとしても、僕に特に何かができていたとも思えないので、やはり結果は同じことだったと言えるだろう。いずれにしても、これからどうするのか、ということだ。一体どうすればこの隔離世界から脱出できるのか。


 少し話は前後するけれど、僕がこの奇妙な状況に気がついたのは、さっきも書いたように、今から二日前の月曜日のことだ。僕はその日もいつものように昼近くまで眠り、十時過ぎにベッドから起き出して、朝食を作って食べた。トースト二枚とブラックコーヒー。そしてトーストを食べ終えると、二杯目のコーヒーを飲みながら、スマホを使ってヤフーのトップニュースや、フェイスブック等の閲覧をはじめた。


 でも、そうしているうちに、ふと僕は違和感を覚えることになった。静かすぎるのだ。いつも聞こえてくるはずの、アパートの前を通り過ぎて行く車の音や、電車の走る音といったものが全く何も聞こえてこなかった。奇妙に感じた僕はそれまでスマホに落としていた顔をあげて、周囲の音に耳を澄ませてみた。すると、やはり、不自然なことに、あたりはしんと静まり返っていて、およそ物音というものが何も聞こえなかった。そのとき唯一僕の耳に聞こえて来たのは、僕の部屋に置いてある冷蔵庫の駆動音だけだった。


 繰り返すようだけれど、いつもはこんなにしんと静まり帰っていることはない。僕は少し落ち着かない気持ちになって、それまで腰掛けていた椅子から立ち上がると、歩いて行ってヴェランダの前に立った。そしてそこから見える景色を確かめてみた。でも、そこに広がっていたのは、いつも通りの、アパートや民家が立ち並ぶ、どちらかというと地味で退屈な景色だった。特に不自然な点は感じられない。強いて言えば、何度も書いているように、無音のような気がするだけだった。僕は首を傾げながらも、再びに歩いてもとの位置に戻ると、椅子に腰掛けてスマホの操作に戻った。静か過ぎるような気がするのは、ただそんな気がするだけなのだろう、と、自分に言い聞かせながら。


 でも、その二時間後、僕は確信することになった。静かすぎると思ったのは、決して僕の気のせいなんかではなかったのだ、ということに。


 僕は朝食を食べ終えたあと、パソコンを立ち上げて仕事を開始した。僕は一応、あまり有名ではないけれど、小説を書くことを生業にしている。そして一通り切りのいいところまで小説を書き上げると、僕は気分転換も兼ねて近くのスーパーまで買い物に出かけることにした。


 僕はアパートの玄関を出ると、駐輪場まで歩いていき、そこに置いてある自分の自転車に跨がった。そしてスーパーを目指して自転車を漕ぎ始めた。すると、自転車のペダルを漕ぎ始めてから間もなく、僕は異変を感じることになった。それは何かというと、通りに車が一台も走っていないのだ。それどころか、歩道にもひとの姿がない。僕が住んでいる地域は都心からやや離れているとはいっても、ここまでひとの往来がないというのは通常考えられないことだった。ましてや、道路を車が一台も走っていないなんて。


 僕は何かが変だと感じながらもそのまま自転車を漕ぎ続け、間もなく目的地であるスーパーへと到着した。


 辿り着いたスーパーは一見、普通に営業しているように見えた。しかし、駐車場には一台の車も止まっておらず、ばかりか、駐輪場にも僕の自転車を唯一例外にして、他に自転車の姿は見られなかった。もしかしてスーパーは開いているようにみえて実は閉まっているのだろうかと思いながら、僕はスーパーの入り口へと向かって歩いていった。しかし、疑念に反して、すんなりとスーパーの自動ドアは僕がドアの前に立つと左右に開き、僕はスーパーのなかへと入って行くことができた。店内も普通に電気がついていて、スーパー特有の、無害な、どちらかというと退屈な感じがする音楽がいつもと変わらずに流れていた。


 ただ、奇妙なことに、ひとの姿がなかった。外の世界と同様に。店内には客の姿はもちろん、店員の姿もなかった。ひとの姿がきれいさっぱり消えてしまっている。……一体どうなっているんだ、と、そのときになってはじめて、僕のなかで違和感が、微かな恐怖へと変わりはじめた。


 でも、そのときはまだ比較的僕も冷静だった。自分の置かれている奇妙な状況を楽しむ余裕すらあった。確かに恐怖は覚えはじめてはいたけれど、反面、まだ自体を深刻には受け止めてはいない自分がいた。ひとがいないのはきっと理由があるのだろうとか、時間が経てばそのうちにもとに戻るだろうとか、楽観的に解釈している自分がいた。


 そのあと、僕は無人の店内を歩いて必要な商品を買い物かごのなかにいれ、無人のレジに自分が店内から取った商品分のお金を置くと外に出た。そしてまた自転車に乗って、僕は自分のアパートへと戻った。


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