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第二章 五話 乱世に羽ばたく前に……

いろんな事件があったものの、一週間後僕は無事百合さんと真理ちゃんを連れて水鏡塾まで帰って来ることが出来た。


「百合お姉さま!」

「朱里!」


帰ってきて塾の扉を開いた途端、孔明が百合さんに抱きついてきた。

今日のうちに帰ってくると先に連絡をいれてはいたが、もしかして今日ずっと扉の前で待機していたのではないだろうか。


「元気にしてました?」

「はい!百合お姉さまも元気そうで何よりです」

「お姉さまは朱里たちに何かあったのではないかとすごく心配していました」

「私は大丈夫です。…でも、雛里ちゃんと倉ちゃんは……」

「雛里ちゃんは良いとして、倉ちゃんは…手紙にあったあの娘ですね」

「はい」


久しぶりに会った姉妹たちが会話の場を広げていた。

真理ちゃんというと、ここに来る前に話しておいて、最初から百合に会いに出て行ったことを孔明にバレないように先に扉を通りすぎて部屋に向かっていた。

感動の再開のシーンはもう先に済ませているので大丈夫だけど、僕として三姉妹絡まってキャイキャイしているところを見られたらよかったなと思うのが本望ではある。


というか、

……いいな、僕は誰もお出迎えしてくれないかなー。

まぁ、期待してなかったけど。


「あわわ、お出迎えなんて期待してなかったかのような顔でさらりと中に入ろうとしないでください」

「……え?」


と、僕が下を向くと、そこにはなんと、雛里ちゃんの姿が居た。

立っている位置が近すぎた+百合さんと孔明の姿があまりにも微笑ましくて目に入らなかったため、雛里ちゃんのことが視野に入ってなかった。


「いや、あの……ごめん」

「いいんです。一刀さんの背が高いのがいけないのですから」

「僕がいけなかったんだ」

「はい、ですのでその無駄に高い背を取り敢えず私と合わせてください」

「……はい」


僕が悪いので何も言わずに従うことにした。

最低だよね。好きな人と背中合わせできない人って。

早く雛里ちゃん僕と同じぐらい背伸びてくれないk……


「<<チュッ>>」

「……へ?」


・・・


「あ、あわわ…何の反応見せてくれないとちょっと困っちゃいましゅけど…」

「…いや、あまりにも奇襲的にキスされましたので」

「ほっぺにしたんでしゅ!周りに誤解を招くような発言はやめてくだちゃい!」

「皆さーん、ついに雛里ちゃんが照れましたーー!」

「……怒りますよ?」


すんませんでした。


「それにしても雛里ちゃんの成長したね」

「はい?」

「いや、他の目があるところで雛里ちゃんからこんなこと来るなんて…」

「はわわー…」

「あらあら……」

「……あわわ///////」


今更孔明と百合さんがこっちを見ていることに気がついたのか、雛里ちゃんは顔を赤らめながら顔を隠した。


<pf>


孔明と雛里ちゃんと一緖に中庭の方に行くと、倉が奏と一緖に勉強をしていた。


「あ、一刀……おかえり」

『シューー』

「キャハ、二人さんともおかえりなさいなのですよ」

「あら、奏ちゃんも居たのね。そこに居る娘が…倉ちゃんかな」

「………<<コクッ>>」


倉は初めて見る人を見て少し警戒しているような顔をした。


「倉ちゃん、この人は諸葛瑾と言って、朱里ちゃんのお姉さんなのですよ」

「………倉…です。…………よろしくお願いします」


奏に紹介されて、倉は本人にとってはすごく珍しい、丁寧な挨拶をした。


「はい、こっちこそよろしくね、倉ちゃん」

「……うん」


倉は色々あって他の皆とは仲良くなったけど、見た目無口で警戒深そうに相手を見る割にはガードが低い。

警戒は知らないことが来るだけのもので、素は誰にでもよく懐く性格らしい。


「それじゃ、僕は百合さんと一緖に水鏡先生に報告しに行くよ」

「はわわ?お姉さま、北郷さんに真名を許したのですか」

「ええ、そうだけど……もしかして朱里ちゃんはまだだったかしら」

「あ、はい……」


そう言えば、この面子だと真名を許してもらってないのは孔明だけか……真理ちゃんと奏とは初めて会った時にすんなりと許してもらったけど孔明とはあまりいい初対面じゃなかったからな……


「真名が大事なものだということはしっているつもりですから、別に周りが既に許しているからと言って孔明がそれに流される理由もないでしょう」

「それはそうですけど……」


百合さんは何か釈然しない顔で孔明を見つめていった。

孔明もそんな百合さんの顔をちゃんと見ることが出来ずにいたが、どうしたものか……


「二人とも帰ってきたのですか」

「あ、水鏡先生」


としていると、水鏡先生が中庭までいらしゃっていた。


「…先生、お久しぶりです」

「ええ、百合も元気そうで……ごめんなさい、師匠と言う立場で、こんなことをするのは控えたいと思っていましたが…」

「いいえ、先生がこうなったことも、また私自身や妹たちのためでこそなさったこと。それを知らないわけありません」

「…ありがとうございます、百合。少し中で話でもしましょうか」

「はい、私も、先生と話したいことがあります」

「いいでしょう。北郷さん、豫州から行ってくる道、ご苦労さまでした」

「いいえ、大したことではありません」

「倉、今日の勉強はこのぐらいでいいでしょう。雛里ちゃんと一緖に北郷さんと今までおはなしなどしたらいいと思います」

「……<<コクッ>>」「はい」

「?」


二人ともどうしたものか。

何か意味ありげに先生に頷いてこっちを見た。


「一刀さん、倉ちゃんと一緖に先にいっててください。私はお茶を持って後で行きます」

「あ、ああ」

「一刀…行く」


倉は両手で僕の腕に絡んで僕の部屋に向かって引きずっていった。


<pf>



雛里SIDE



お茶とお菓子、そして話に必要なものを持って一刀さんの部屋の門を叩きました。


がらっ


「あ、雛里ちゃん、って何かたくさんだな」


門を開けた一刀さんは私がお茶他にも両脇に何かを持っているのを見て私の手からお茶と菓子の大皿をもらいました。


「あ、ありがとうございます」


円卓には倉ちゃんが円卓の上にサッちゃんを乗せてその目の前で指をクルクルと回していました。

その指を目で追って頭をぐるぐると回していたサッちゃんは目が回ってきたのか円卓に頭を項垂れました。


「あ……サッちゃんしっかり…」

「弄ぶのがうまくなったな」

「あわわ……倉ちゃん、これ置くからサッちゃん片付けて」

「…うん、サッちゃん、こっち<<パッチン>>」


倉ちゃんが指を鳴らすと気が戻ったサッちゃんは倉ちゃんが伸ばした手先を遡って腕にぐるぐると絡まってきました。


「それ、何かのアクセサリーみたいだな」

「あくせさりぃ……?」

「装身具とか…そういうの」


嫌な装身具です。


・・・


・・



お茶をしながら、一刀さんは豫州で孫策さんに会ったことを話しました。


「結局、全然変わっていないんですね。あの人は」

「……そうでないかもしれない」

「はい?」

「僕が生きている姿を見たんだ。それに、最後に孫策が言った言葉、只の言葉だけの話しだとまだいいが、これから厄介になるかもしれない」


マジ余計なこと言っちまったなー、と頭をかきながら一刀さんは唸りました。

それでも、孫策さんの城で一人で悠々と戻ってきた一刀さんって、一体どれぐらい強いのでしょうか。


「一刀さんは…天の世界に居た時どれぐらい強かったのですか?」

「一応、道場の師範だったからね…剣に置いては負けることはまずないようにしてる」

「じゃあ、他の武器相手では…」

「良く分からんな…倉の場合は棒を使っていたけど、誰かに習ったもんじゃないから結構大雑把だったし、それなり実力がある人相手ならどうなるか分からない。槍などだと、剣が相手するには剣を持った人が三倍以上強くなければならないというしな」


この時代だと、剣はほぼ護身用に使います。

剣は鉄が多く使われるため値段も高いです。

その反面槍は、鉄もそれほど使わなくて軍に置いては一番良く使われる武器な上に、長さにおいて剣よりも優位に戦えます。

まぁ、ぶっちゃけ戦において剣は本当攻撃の意味としては意味を持たない部分がおおいのですが…


「でも江東の虎の娘ともある孫策があの実力じゃ…三国時代の武将たちの実力も現代に伝わるぐらいには成らんのかもしれないな…」

「天の世界だと、ここの歴史が残ってるんですか?」

「まぁね……天の世界と言っても時間帯としては1800年以後という話だし…この時代の歴史書籍も残ってるよ」

「あわわ………」


一刀さんは、この世界がこれからどうなるのか大体のことは分かっているみたいです。

私は、一刀さんの歴史だとどんな人なのでしょう。


「まぁ、ここだと雛里ちゃんとか女の子だしね。あまり当てにはならんさ。反董卓……おっと」


一刀さんは何か言おうとして口を閉じました。


「…なんですか?」

「嫌、あまり未来の話言わない方が良いかなぁってね」

「……知ることができれば、これから起きる戦争だって止めることが出来るかもしれません」

「そうかもしれないね。でも、僕が知ってる通りに動くわけでもないんだ。軍師なら先入観を持たずにものを見るのが大切なんだろ?」

「………そうですよね」


その言い分からすると、確かに知らない方が良いのかもしれません。


「でも、一刀さんは知っているんですよね」

「僕が知ってる話が僕が雛里ちゃんを連れていく時点でもうズレちゃってるよ」

「あわわ……」

「………」

「?」


ふと、一刀さんが私のことを心配そうに見つめました。


「……一刀さん?どうしました?」

「……雛里ちゃんは僕が絶対守ってあげるから」

「…あわわ//////なんですか、急に……」


ほんと、そんな真剣な顔で見つめられると恥ずかしいです。


<pf>


一刀SIDE


龐統士元、赤壁の際曹操に船を鎖でつなげることを薦め、周瑜の策を成功させることに重要な役割をした。以後劉備に仕え、共に蜀征伐に向かうものの、同姓の劉氏である劉璋を討つことを劉備がためらったため、自分の策を進める際に落鳳坡で埋伏にやられ、若いうちに命を落とす。

……もし雛里ちゃんもそんなことになるとしたら……

嫌、そんなことにはさせない。

僕が居るからには、必ず、雛里ちゃんのこと守って見せるさ。


「一刀」

「うん?」


ふと倉がそんな考えをしていた私と雛里ちゃんの話の輪に入ってきた。

というか、ずっと黙っていたのは倉の方なんだが。


「あのね……うん……」


何か、すごい言いにくそうにしている。


「どうしたんだ、倉」

「……あのね、あたし、勉強すごく頑張った」

「…そうだね、倉はいつもお勉強頑張ってるね。知ってる」


ほんと倉はあれ以来しっかり勉学した。

なにせ倉が水鏡先生に下山することを認めてもらわない限り、僕たちの旅は始まらない。


「それで…水鏡先生が、勉強するの三ヶ月減らしてくれた」

「えー!?そうなの?」

「はい、倉ちゃん飲み込みが早くて、水鏡先生が三ヶ月後だともう大丈夫だって」


そうか。じゃあ予定より早く出発できるな。


「でも、そうなると出発するのが冬になっちゃうぞ」

「……大丈夫…善は急げ」

「…そうか…でも、新しい服は要るよね」


今の倉の服だと、さすがに冬に旅するのは風邪に引きたいというのと一緖だった。


「出発する前頃にして服も新調しないといけないかな」

「……服はこれでいい」

「え、いやでもそれじゃ寒いし」

「…大丈夫…寒いの、あまり知らないから…おじさまと一緖の時もずっとあのままだった」

「…マジで」


倉の昔の服(ってか布)って、今着ている服より更に薄かったぞ。


「……でも、サッちゃんは蛇だから、冬だと冬眠する」

「あ、そうだね」

「だから、ゆっくり寝られる場所要る」

「………え」


倉の目先が…嫌な方向に……


「僕の鞄?」

「……<<コクッ>>」

「僕の鞄をサッちゃんの冬眠場に使いたいと」

「……ダメ?」


いや、他にないの?


「他に場所作ればいいだろ」

「……サッちゃんが、あそこが良いって」

『シューーー』


肯定するな、蛇!


「んもう…あれ使えなかったら結構色々と面倒なんだぞ」

「……大丈夫。ちゃんと使える」

「……あ、思い出した。お前単に自分があそこで寝たいだけだろ」

「……ダメ?」


しかも本音を隠しもせずまんまと現せやがった……


「いいんじゃないですか、一刀さん」

「雛里ちゃん?」

「倉ちゃん、頑張ってくれましたし、ここはご褒美ということで一つ……」

「雛里ちゃん、蛇嫌いじゃなかった?」

「確かに蛇は好きじゃないですけど……冬眠中の間ならまだ大丈夫かなと思いまして、目に見当たらないところに居てくれたほうが助かりますし…あわわ、いえなんでもありません」


……うん、うん、二人ともすごく欲望に充実しているね。


「ああ、もうわかった。倉が頑張ったからね。鞄を寝床に使うかどうするか好きにしろ」

「……やった<<にこっ>>

『シィーーー』


<pf>


「で、雛里ちゃん、さっき持ってきたものは?」


お茶も済ませたところ、雛里ちゃんにお茶と一緖に持ってきたものについて尋ねた。


「あ、はい。これはですね……」


お茶の皿を他のところに置いて、雛里ちゃんは持ってきた巻物を円卓に広げた。


「これって、地図?」

「はい、大陸の全体地図です。都と、ごく一部の人しか持っていない、とても貴重は地図です」


この時代だと、地図は軍事において重要な資料なため、完璧な地図は中々手に入らない。

水鏡先生の塾であるここだからこそ、こういったものも置いてあるのだろう。

それにしても全体図か……あの鞄の中には現代の世界地図とかも置いてあるかもしれないな。

後でちょっと見てみるか。


「実は、一刀さんが居ない間、私と倉ちゃんでどうやって旅をするか適当に決めてみたのです」

「へー、そうなんだ。で、どうするの?」

「はい、まずは、都の洛陽に行くまで、大陸の半分をぐるっと回る形で行きたいと思います」


雛里ちゃんは地図のある部分をさしながら言った。

正直、この地図はどうみたらいいのかイマイチわからない。


「今私たちが居るここは、荊州の襄陽から少し西側にある隆中というところです。ここから船に乗って新野に向かい、狭谷を通って豫州へ行きます」

「僕の時とは違うルートだな」

「船で行く時間が長くなるとあまりつまらないと思いまして……」


まぁ、たしかに三日間僕は死ぬかと思ったが……


「船に乗る時間は・・・出来るだけ短めだと助かる」

「えへへ………この道だと船に乗るのは一刻も経ちませんから大丈夫です」

「そりゃよかったね」


軽く笑い仕草が無駄にかわいい。


「とにかく、豫州からして徐州の下ヒ、青州をめぐってそこから河北に行きます。全部回るとさすがに時間がかかりますので、重要なところだけ行って鄴から中原に戻って来ます。途中の予定は変わるかもしれませんけど、最終的には洛陽まで…」


雛里ちゃんが指で地図に書いてある都市を一つずつ差しながら、そこに駒を一つずつおいて行った。

そう見ると、揚州を除いた大陸の東の半分以上の都市が含まれる形となった。


「結構……長い道のりになるな」

「これでもまだ半分しかないですけどね……」

「……どれぐらいかかるかな」

「一年…ちょっとぐらいでしょうか…何かあったらもっと長くなるかもしれません。途中でお金が尽きる途中で金稼ぎに仕官したりしないといけなくなるかもしれませんし…そうなると二年越えになるかもしれませんね」

「……そんなに遠い間僕と一緖に居ても大丈夫なのか?…ここを出て……僕一緖に旅を…するって…本当にいいのか??」

「…私が後悔するかもしれないって思いますか?」

「危ないかもしれないし…後……今回の事件みたいに悲しいことが起こるかもしれない」


僕は雛里ちゃんを守る。そこに異論はない。

何を犠牲にしてもだ、雛里ちゃんだけは守って見せる。

でも、雛里ちゃんがこれから見るものが綺麗なものばかりだとは約束できない。

むしろ世界の暗い端面。

今回の裴元紹たちの死のような人たちの欲望が招く不正な出来事がこの乱世にて繰り広げられていることは見なくても分かること。

僕はそんな事件から雛里ちゃんを守る。でも、それを見て、感じることを防ぐことはできない。


「…それでも、一刀さんと一緖なら平気です」

「!」

「それに、一刀さんだって一人じゃそんなこと、耐え切れませんよね?」

「…………たしかに…雛里ちゃんが居ない場所なんてもう考えたくないな」

「だったら…良いじゃないですか。今までのように、これからもずっと一緖に……嬉しいことがあったら一緖に笑って、悲しいことがあったら一緖に慰めあいながら行くんです。どんな事があっても、二人でいたらきっと耐え切れます」

「……うん……うん、そうだね」


雛里ちゃんと一緖なら、どんなことがあってもきっと乗り越えられる。


「一刀さん…」

「雛里ちゃん………」





「…コホン」

「「え?」」

「……あたし、邪魔?」


はっ!すっかり居るの忘れてた。


「い、いや、そんなはずじゃないじゃん!倉ももちろん一緖に楽しむんだよね。ね、雛里ちゃん!」

「あわわ、そ、そうでしゅ!倉ちゃんだって一緖に嬉しいこと辛いこと経験しながら一緖に旅するんです」

「……サッちゃんも」

「うん、そう、そうサッちゃんもね」

「そ、そう!」

「……うん…楽しみだね」『シュイイイーー』


ああ、倉がいい娘で本当に助かった。


あ、真理ちゃんのことどうしよう……

後で話すか。


<pf>


百合SIDE


「なるほど……大体のことは理解しました」


水鏡先生の部屋に入って、荊州に流れ星が落ちたこと、そして雛里ちゃんが北郷さんを見つけてそれから二人にあったことの終始を水鏡先生から聞きました。


「北郷さんが本当に天の御使いであるか否かはともかくとして、今回の事件において、北郷さんにこの地の人たちがどんな姿に見受けられたものか……」

「ええ、荊州は昔から戦争の渦から逸れ儒学者や学問、軍事に卓した者たちが多く生れましたが、それももう昔話になってしまいましたね」

「逆に、戦国時代からの多くの戦争から逸れたせいで豪族たちが強く、その上に自分たちの欲のみを考えているため中原の王朝とも疎くなったのはもう遠い昔のこと。漢王朝が弱くなった今じゃ完全に自分たちの好き放題にしているような始末でありますからね」


上の水が汚れると下水もまた……汚れた水でしかならないものでしょう。

人がいくら欲に充実した者だとしても、今回の事件は度過ぎた蛮人の仕業。


「この世は一体どうなってしまったのでしょうか」

「皆が自分の一人のことしか考えられないほど世が乱れてしまっているのです」

「そして、そんな世にあんな小さい娘たちを出させるというのですか?雛里ちゃんもまだ幼いですし、あの倉という娘も見た目それほど年があるとは思えません」

「…百合、私は朱里と雛里に、道号を与えました」

「!!」


号を……

私が出る時はあまりにも急すぎて授かることができなかった、師匠から受ける大切な名。

そして、道号を与えるということは、その娘をもう一人の成年として、自分の弟子としてでなく、一人の世を生きる大人として見るということです。


「私はとっくに前から、あの娘たちがこの塾を出ることを覚悟していました。予想を外れたことがあるとしたら、雛里が朱里とではなく北郷さんと一緖に出るということだけです」

「……北郷さんについて詳しいことは知りませんが、雛里ちゃんを任せられるほどの人物ですか?」

「二人は心の底から互いを大事にしています。それはあなたが残った三ヶ月、あの娘たちを見ていたらわかると思いますよ」

「でも真理ちゃんは……真理ちゃんが北郷さんに付いて行きたいと言ったことはご存知で?」

「真理が……?…いいえ、それは……知りませんでしたね。どうやら北郷さんには真理のことが良く見えているみたいでしたから、知らぬ間に彼に惚れてしまったのかもしれません」


…あの娘のことだから、今までちゃんと人に接したこともありません。

北郷さんは優しい人ですから、そんな彼女の状況を理解して、優しく接してくれたでしょう。だから真理ちゃんもまた、そんな彼に引かれたとしてもおかしくはないです。

でも、私から見たら皆してまだまだ子供です。


「私は…正直賛成できそうにありません…外はあの娘たちが思うほど楽はところではありません」

「彼女たちはもうそれを経験しています。骨の底にしびれるほど……だからこそ、彼らは外に向かおうとしているのです。またどこかで私たちのような思いをしている人たちを助けるためと……」

「危ない道のりです」

「しかしこの乱世に置いて、ここさえももはや安全だと言いかねるでしょう。それに、鳳凰を籠の中に閉じ込めたところで、その羽をはばたくことを止めることはできません」

「………鳳凰」


不死の鳥にして鳥の頂点、その鳥はとても神聖で他の動物たちを傷つけることを知らない。生きているものを食べず、生きてる草の上では休まない。


「鳳凰と呼ばれるにはまだ軟弱です」

「雛の今はまだ軟弱でもいつかはこの世界を燃やしそうな炎の羽ではばたく日も来るでしょう」

「その前に撃ち落されるかもしれません」

「……いつまでも籠の中に鳥を囲んでいては大人になれません……あなたが大切にしている真理も、そして朱里もです」

「…………」


朱里ちゃん、真理ちゃん……

ごめんなさい、姉になって、あなたたちの安全を約束できないことを……

朱里ちゃんはこの世に置いてあまりにも大きな才を持って生まれました。

でも、今はまだその力を発揮するにふさわしい主が居ないでしょう。

凡人がその力を使おうとすれば、眠っていた龍に食われるか、その龍が出す水に溺れ死ぬのみ。

雛里ちゃんや真理ちゃんがは自分が付いていくべき人を探しているけど、朱里ちゃんはそんな人に会えるのでしょうか。

いつかは会うでしょう。この乱世、朱里ちゃんのような才を放っておくほど世は優しくありません。

でも、ならせめて、姉としての最小の努めは……


「朱里ちゃんと奏ちゃんが主を選ぶ時は、必ず私がその者の質を見ます」

「………いいでしょう。あなたの妹たちです。あなたが満足するような者でなければ、彼女らも自分の力を発揮できないでしょう」

「はい」


先に旅立つ者。残る者。そして戻る者も。

誰もがいつかはまたあの世に旅立たなければならない。


世は乱世。

今ここに居る皆。これからもずっと籠の中で安全に居られるわけじゃない。いつまでも友たちで居られるわけでもない。

天はなんと残酷なことをするものか。

せめて……私に姉として出来ることは、彼女たちが自分の思う存分舞い上がるような地を見つけてあげること。

今は、それだけを考えましょう。


・・・


・・




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