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僕らの朝

作者: 澪桜
掲載日:2026/08/01

 僕らは知っていた。

僕は、悲しみの真髄を

私は、世界の儚さを

俺は、言葉の悪意を


 だから僕たちは今日も、命を奪う。


「いただきます。」

人間はいつも言う。

「ごちそうさま。」

人間はいつも言う。

主人曰く、ご飯に感謝するための言葉だそうだ。

だから僕らも「いただきます。」

少しでも人間味を残すために。少しでも自分たちが人間だという証拠を残すために。

だって僕らは、人間の命を奪っているから。


 僕らの朝は、主人に寿命を捧げることからはじまる。

今日の寿命は、三人合わせて4年分。

主人は寿命の消費が激しいから、1ヶ月くらいにしかならないだろう。

だって主人は10年前にあと1ヶ月しか生きられない、と余命宣告されているからだ。

そんな主人を引き留めているのが僕ら。

主人に捧げる寿命は余命わずかな人間や事故にあって死にかけの人間からもらう。

寿命を奪われる彼等からしたら死神でしかない僕らの存在。

でも寿命がたくさんある人や、子供からはもらわない。

そんな理性を持った「人間もどき」が僕らだ。


 今日も病院で余命わずかな人間を探す。

特に白く、濁りのない魂を持つ人たちに目を凝らして。

そんな人たちの寿命はとても価値があるからだ。

ただ、そんな魂はものすごく少ない。

長い間、刻を生きると、自然と濁ってしまうからだ。

それなら小さな子供たちからもらえばいいと思っただろう?

でも、僕らの寿命を奪う力はコントロールできず、残りの寿命も残らずもらってしまうんだ。

それは僕らの約束に違反する。

 一度違反してしまったら、僕らは人間もどきでもない、「怪物」になってしまうから。


 朝日が入る、病院の廊下の窓から庭園を見る。

庭園には、車椅子の小さな男の子が満面の笑みを浮かべていた。

「あの子の寿命、絶対白くて綺麗よね。」

(みお)の視線の先には、小さな男の子の魂があった。

「でも、、あれは子供だよ?」

澪の双子の弟の澪哉(れいや)が言った。

あの寿命があれば主人が長生きできるのに、といった心の中の葛藤が目に見える。

「子供はダメだよ。あんなに寿命がありそうな人間から、

たくさんもらって生き延びても、主人は喜べないよ。」

僕は2人の間に割って入るように言った。

「あの寿命が余命わずかとかだったら私がもらいに行っていたのに…」

澪は無邪気だ。だからこそ危うい。

本当は世界の儚さを誰よりも知っているのに。

ときに世界を壊してしまうほどの「純粋」という凶器を振りかざす。


「……子の心臓はもって明日、明後日です。」

「今のうちに覚悟をしておいた方がいいでしょう。」


 ふいに庭園の医師の言葉が聞こえた。

僕らは咄嗟に目を合わせてしまった。

澪のいう「余命わずか」が最悪の形で叶ってしまうからだ。

今、彼の寿命をもらえば、主人は生き延びられるかもしれない。

でも彼が死んだ後には寿命はもらえないから

彼が死ぬ前に寿命をもらわなければならない。

ただ、彼が本来生きるはずの、「明日、明後日の命」までもらっていいのか、

彼の両親にも覚悟を決める時間を与えなければならない。


カタカタ、と震え出した澪。

澪の瞳には、明日消えるかもしれない儚い命と、自分たちの主人の明日が天秤にかけられていた。

ただ、澪哉の瞳には、悪意のない悪意が映っていた。

「どうして(つかさ)が…」

「どうして……」

庭園にいる子供の母親らしき人が悔しそうに唸っていた。

澪哉の拳がわなわな、と震えていた。


「僕がやるよ。」

「「(すい)?」」

僕はこんな2人に悲しみを背負わせるわけにはいかない。

2人にはもっと眩しいところで笑っていてほしい。

「「翠がやらなくても…」」

澪と澪哉が戸惑いの表情を浮かべていた。

「僕がやるしかないんだよ。」

僕だからこそ、彼の両親にできることがあるかもしれないし。


 その日の夜。

司の病室では、司の母親が眠る司のそばで寄り添っているのを横目に、

翠が今か今かと寿命を奪う機会を待っていた。

司は穏やかな表情で眠っていた。

母親が家に帰り、病室は司と翠の空間となった。

翠は寿命をもらおうと、司の眠るベッドへと一歩を踏み出した。

「お兄ちゃんも僕と同じ?」

急に司が話し始めた。

「やっぱりそうだよね、お兄ちゃんもいい子でいようとしてるんでしょ?」

正直驚いた。死期が近い人間にも僕らの存在に気づける人間はたった一握りだったから。

「僕も最後までいい子でいたいから、泣くのはやめたんだ。」

「そうやって"いい子"でいようとした。僕、ちゃんとできたかな…」

言葉が出なかった。

6、7歳の子がここまで考えていたとは。

「お兄ちゃんは?」

「お兄ちゃんはどうして"いい子"になろうとしたの?」

「……大事な人たちを…守るために」

「守るためには、偽善者になるしかなかったから」


 僕の言葉に司は、意味がわからない、という顔で首を傾げた。

その瞳はただただ反射する鏡のように、僕を写していた。

「お兄ちゃんも僕とおんなじだね。」

「え?」

「お兄ちゃんも"大事な人たちを守るため"とか言いながら後ろめたいことやってるんでしょ?僕と変わらない、というか僕よりも"偽善者"じゃん」

底の見えない落とし穴につき落とされた気分だ。

"偽善者"という言葉が心に重くのしかかる。

「大事な人を守るためにはなりふり構っていられないんだよ。しょうがないじゃん。少しの犠牲なんて…」

自分を正当化するための自分勝手な言葉なのはよくわかっている。

でも…これしかなかったから、"これ以外の選択肢がなかったから"

僕には、自分なりの歪んだ守り方しかできないんだよ。

「お兄ちゃんって僕よりも悪い人だったんだね。」

「"しょうがない"で死んじゃう"犠牲"の人たちってかわいそうだね。お兄ちゃんの都合で死んじゃうとか、そんな人たちに命の価値ってあるのかな?」

司の乾いた笑いが病室に響いた。


バンッ


 勢いよく扉が開いた。

「そこまでよ…もう澪哉にその言葉、聞かせないで。」

振り向くと扉の先には、肩が震えている澪と暗い表情の澪哉がいた。

「きみねぇ、"偽善者""偽善者"うっさいんだよ。」

病室の外で会話を全て聞いていたようだ。

司は初対面の澪と澪哉が入ってきても警戒する様子はなく、笑みを浮かべた。

「お姉ちゃんたちもお兄ちゃんの"おともだち"?」

「お姉ちゃんたちは聞いてた?お兄ちゃんが自分のしたこと正当化してもっと悪いことやってる…」

「やめて…」

澪が司の話を遮るように叫んだ。

世界の儚さを誰よりもよく知っている澪。

だからこそ、司が自分を"いい子"に変えようとして自らの心を壊していることに澪の心はズタズタと切り裂かれている。

「どうして…どうしてそんなことが澪の前で言えるんだ!」

いつも温厚な澪哉が怒った。

「澪よりも…澪よりも、お前の言葉で傷つく人はいないんだよ!」

言葉の悪意を知っている澪哉は、誰よりも言葉の扱いに気をつけている。

だから相手を傷つける言葉はいつも言わないのに。

それでも、司の言う"偽善者"は僕らの心を抉るかのように傷つけている。


 司は2人が怒りをぶつけてきても怖がる素振りはなく、ただただ楽しそうに笑みを浮かべていた。

「お兄ちゃんたち、面白いね。僕らには何もできないことに対してそんなにも一生懸命になれるだなんて」

「でも、お互いに都合がいいんだからしょうがないじゃん。お兄ちゃんたちに僕の命、あげようか?」

「僕は自分の命なんてどうでもいいし、どうでもいい命ならお兄ちゃんたち、罪悪感なく奪えるでしょ?」

澪が一歩踏み出し、つぶやいた。

「じゃあ"もらう"ね」

「澪、だめだ⁉︎ それ以上は…!」

僕は咄嗟に叫んだが、間に合わなかった。

彼女の瞳からは光だけがぽっかりとなくなっていた。


 その日から僕らの"朝"は失われた。


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↑「僕らの朝」続編

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