第8話 飛行艇RTA
学園を卒業して数時間後。
俺たちは大陸の最北端、**『極北の凍土』**にいた。
視界の全てが白一色。猛吹雪が吹き荒れ、気温はマイナス30度を下回っている。
「さ、寒いですわ……! 睫毛が凍りそうですの……!」
「ソウマ様、これ以上は進めません……! 『ヒート・プロテクション』も効果が薄れて……」
厚手のコートを着込んだクラウディアとエリナが、ガタガタと震えている。
無理もない。ここは本来、「耐寒装備セット」を揃えてから来るべき後半エリアだ。
だが、半袖軽装の俺は平然としていた。
「な、なぜ貴方だけそんな涼しい顔をしていられますの!?」
「手に持ってるこれのおかげだ」
俺は右手に持った**『松明』**を見せた。
ただし、火はついていない。
「この松明、**『点火モーション中にメニューを開いて装備解除し、再度装備する』と、火のエフェクトは消えるが『周囲の温度を上げる』という内部フラグだけが重複して残り続けるバグがある」
「……はい?」
「俺はこれを100回繰り返した。今の俺の周囲半径1メートルは、システム上『溶岩地帯』**と同じ温度判定になっている」
「貴方、いつかバグで死にますわよ!?」
俺は人間ストーブとなって二人を温めながら、雪原を突き進んだ。
目指すは雪山の中腹に埋もれた古代遺跡。
***
遺跡の入り口は、巨大な氷の扉で閉ざされていた。
扉には4つの窪みがあり、複雑な紋章が刻まれている。
「『四方の封印』ですわね。古文書によれば、この大陸の東西南北にある祠から、4つの精霊鍵を集めなければ開かないと……」
「そんなお使いをしてたら日が暮れる」
クラウディアの解説を遮り、俺はインベントリから**『木の皿』**を取り出した。
どこの食堂にもある、ただの皿だ。
「ソウマ様? お食事ですか?」
「いや、鍵を開ける」
俺は扉の前に立ち、皿を胸の高さに構えた。
そして、扉に向かって全力疾走し――激突する瞬間に、皿を壁と自分の体の間にねじ込んだ。
ガガガッ! ギュルルルルッ!
凄まじい摩擦音が響く。
俺の体と壁の当たり判定が、皿という異物が挟まったことで計算不能に陥る。
世界が激しく振動し、次の瞬間。
スポンッ。
俺の体は、物理法則を無視して分厚い氷の扉を「すり抜け」て、向こう側に押し出された。
「……は?」
「はい、開通。これが**『皿抜け』**だ。RTAの基本テクニックだな」
「基本の概念が壊れていますわ!!」
壁の向こう側から内側のレバーを引いて扉を開けると、二人はげっそりした顔で入ってきた。
***
遺跡の最奥部。
広大な地下ドックに、その巨体は鎮座していた。
全長200メートル。
流線型のフォルムに、鈍く輝くミスリル銀の装甲。
古代文明が遺した空の要塞、**飛空艇『ラグナロク』**だ。
「す、すごい……! 本当に実在したなんて……!」
「これがあれば、世界のどこへでもひとっ飛びです!」
二人が目を輝かせて駆け寄る。
俺もまた、懐かしさに目を細めた。
こいつには世話になった。特に周回プレイでは、移動時間の短縮に欠かせない相棒だ。
だが、問題が一つある。
俺たちがコックピットに乗り込むと、中央のモニターに赤い警告文字が表示された。
《エネルギー:0%》
「動きませんわね。魔力が空っぽですわ」
「やっぱり……。動力源の『マギウム核』が必要です。でもあれは、超レア鉱石で……」
「そうだな。正規ルートなら、世界中の鉱山を巡って欠片を100個集める必要がある」
かかる時間は想定20時間。
RTAでは論外だ。
「だから、代用品を使う」
「代用品?」
俺は二人のほうを振り返り、不敵な笑みを浮かべた。
「この飛空艇の燃料投入口は、**『エネルギー値を持つ物質』**なら何でも受け入れる仕様だ。そして、プログラマーが設定した『最大許容量』には上限がある」
俺はクラウディアの肩を掴んだ。
「クラウディア、お前だ」
「……はい?」
「お前の全魔力を、この投入口に叩き込め。ただし、普通に入れるんじゃない。**『1フレーム(0.016秒)に100回』**の連打判定で流し込む」
「何を言っているのか分かりませんけれど、私をガソリン扱いしないでくださる!?」
***
「文句を言うな! お前の『魔力Sランク』が頼りなんだ!」
「もーっ! 分かりましたわよ! やればいいんでしょう、やれば!」
クラウディアが半べそをかきながら、燃料投入口である水晶球に手をかざす。
「ソウマ様、私もお手伝いします! 『マナ・トランスファー(魔力譲渡)』!」
エリナがクラウディアの背中に手を当て、ブーストをかける。
「よし、今だ! 行け!」
ゴオオオオオオッ!!
クラウディアの掌から、爆発的な魔力が水晶に注ぎ込まれる。
エネルギーゲージが上昇していく。
10%……30%……50%……。
「くっ、きついですわ……! もう限界……!」
「まだだ! **『アイテム増殖バグ』**を併用する!」
俺はインベントリから、安物の**『魔力回復薬(小)』**を取り出した。
そして、メニュー画面を開閉しながら、それを投入口に投げ込む動作を高速で繰り返した。
Use Item
Cancel
Use Item
Cancel
……
システムが混乱する。
「魔力が回復した」という情報と、「アイテムは消費されていない」という情報が衝突し、エネルギー値だけが無限に加算されていく。
99%……100%……
101%……255%……
ピシッ。
カウンターの数値が限界を超え、表示がバグった。
《エネルギー: ∞ 》
ズズズズズズ……ッ!!
船体が激しく振動し、古代のエンジンが唸りを上げた。
「き、起動しました!?」
「数値が無限になってますわよ!? 爆発しませんの!?」
「変数が一周回って『マイナス』にならなくてよかったな。よし、テイクオフだ!」
***
俺は操縦桿を握り、スロットルを全開にした。
地下ドックの天井が開く。
「発進!」
ドォォォォォン!!
『ラグナロク』はロケットのような加速で空へと舞い上がった。
G(重力)でシートに押し付けられるヒロインたち。
「きゃあああああ! 速すぎですわーーっ!!」
「ソウマ様、スピード違反ですぅぅぅ!!」
眼下には、さっきまでいた極寒の雪原が豆粒のように遠ざかっていく。
雲を突き抜け、青空が広がる。
「ははは! 最高だ! この速度なら世界一周も簡単だ」
俺は高笑いした。
これで「移動」という最大のタイムロス要因が消滅した。
世界中のレアアイテム、隠しダンジョン、ボスモンスター。すべてが俺の手の届く範囲にある。
その時、レーダーが敵影を捉えた。
《ターゲット:スカイドラゴン (Lv.75)》
空の支配者、スカイドラゴン。
本来なら、飛空艇入手直後の「負けイベント」として登場し、一度撤退を余儀なくされる強敵だ。
「ソウマ! ドラゴンですわ! あれは今の私たちでは……」
クラウディアが警告するが、俺は操縦桿を握る手に力を込めた。
「早く逃げましょう!」
「バカ言え。**『体当たり』**だ」
「はあああ!?」
俺は船首をドラゴンに向けた。
今のこの船は、エネルギー値が「無限」。つまり、シールド出力も「無限」。
それはもはや乗り物ではない。超高速の無敵の弾丸だ。
「轢き殺せ! ラグナロク!!」
ズドォォォォォン!!!
正面衝突。
スカイドラゴンは悲鳴を上げる暇もなく、無限のエネルギー障壁に触れて霧散した。
ワイパーで虫を払うような手軽さだった。
《経験値を獲得しました》
「……もう、常識という言葉が辞書から消えましたわ」
クラウディアが放心状態で空を見つめる。
「ソウマ様にかかれば、伝説の魔獣もただの交通事故ですね……」
エリナが遠い目をしている。
俺は満足げに頷き、次なる目的地をマップに入力した。
「よし、次は**『カジノ都市』**だ。船の改装費と、活動資金を稼ぎに行くぞ」
飛空艇は白い尾を引きながら、音速で水平線の彼方へと消えていった。




