第3話 王都防衛戦RTA
「国境の森」を抜けた俺たちは、その日のうちに王都アルカディアへと到着していた。
本来なら馬車で三日かかる道のりだが、エリナに**『ヘイスト(加速)』と『レビテート(浮遊)』**を多重がけし、摩擦係数をゼロにして滑るように移動したため、数時間で着いてしまったのだ。
だが、王都の空気は重かった。
空は赤黒く染まり、警報の鐘が乱打されている。
「そ、空の色が……! ソウマ様、これは『大侵攻』の前触れです! 伝説級の厄災が……!」
エリナが青ざめた顔で空を見上げる。
街中では市民が逃げ惑い、衛兵たちが絶望的な顔で防壁へと走っていく。
『大侵攻』。
ゲームシナリオにおいては、中盤の山場だ。王都の北平原に魔界へのゲートが開き、数千の魔物が押し寄せる。
正規ルートでは、ここで騎士団が壊滅し、主人公たちが命からがら王都を脱出する――という「負けイベント」として設定されている。
(普通にやれば、な)
俺はニヤリと笑った。
負けイベント? 撤退戦?
違う。RTA走者にとって、このイベントの定義は一つしかない。
**「向こうから勝手に集まってくる、美味しい経験値の塊」**だ。
「エリナ、行くぞ。防壁の『上』ではなく『前』だ」
「えっ!? 防壁の外に出るんですか!? 死にに行ようなものです!」
「大丈夫だ。お前はもう、そこの騎士団長より硬い」
俺たちは逆走する市民をかき分け、正門へと向かった。
***
王都正門前。
王国騎士団長ガレインは、震える手で剣を握りしめていた。
「報告! 前方の空間に歪みを確認! 敵戦力、推定5000以上!」
「バカな……そんな数が一度に出現したら、王都は数分で火の海だ……」
ガレインは歯を食いしばる。
勝てるわけがない。だが、市民を逃がすための時間を稼がねばならない。それが騎士の誉れ――。
「――どいてくれ、邪魔だ」
悲壮な決意を固めたガレインの横を、軽装の少年と神官服の少女が通り過ぎていく。
「き、貴様ら! 何をしている! 今すぐ避難しろ! ここは戦場だぞ!」
「避難? 何言ってるんだ。今から『稼ぎ』が始まるんだぞ」
少年――ソウマは、まるでコンビニに行くような気軽さで言った。
そして、あろうことか閉まりかけた正門をこじ開け、魔物の群れが出現しようとしている平原へと歩き出したのだ。
「正気か!? 死ぬぞ!!」
ガレインの制止も虚しく、二人は平原の中央で立ち止まる。
そこは、空間の裂け目――モンスターの出現ポイント(スポーン地点)の真正面だった。
「エリナ、配置につけ」
「は、はいっ! もう何が起きても驚きません!」
エリナが杖を構える。
その背中からは、先程までの怯えは消えていた。レベル52という圧倒的な暴力が、彼女に自信を与えているのだ。
「来るぞ……3、2、1……」
ソウマがカウントダウンをする。
空間が裂け、禍々しいオーラと共に、先陣を切る「オークジェネラル」の巨体が現れ――。
「今だ! 『ファイア・ストーム』設置!」
ソウマの叫びと共に、俺は予め詠唱を完了していた魔法を開放した。
だが、ただ放つのではない。
俺が狙ったのは、敵の姿ではなく**「敵が出現する瞬間の空間判定」**だ。
ゴオオオオオオッ!!
直径50メートルにも及ぶ巨大な炎の竜巻が、空間の裂け目を包み込むように発生した。
出現しようとしたオークジェネラルは、こちらの世界に足を降ろすことすらできなかった。
実体化のプロセスが終わる前に、毎秒数十回の炎ダメージ判定が重なり、HPバーが表示された瞬間に蒸発したのだ。
「ブモ……ッ!?」
「次! 『アイス・エイジ』!」
続いて現れようとしたガーゴイルの群れが、出現と同時に氷像となり、砕け散る。
「ひ、ひどい……魔物たちが、地面に立つこともできずに……」
「感傷に浸るなエリナ! バフを切らすな! 騎士団にもかけてやれ!」
ソウマの指示で、エリナが杖を掲げる。
「『聖域展開』!」
カッ!!
まばゆい光が平原と、後方の王都防壁を包み込んだ。
それは本来、半径10メートルの味方を守る上級魔法。
だが、レベル52のエリナが放つそれは、規格外の効果範囲を持っていた。
「な、なんだこれは!?」
防壁の上で見ていた騎士たちが驚愕する。
彼らの体に金色のオーラが纏わりつき、全ステータスが倍増。さらに、毎秒HPが回復するリジェネ効果まで付与されたのだ。
「体力が……溢れてくる!?」
「これなら戦える! 突撃だー!!」
本来なら防戦一方で死ぬはずだった騎士たちが、無敵の軍勢と化して平原になだれ込んでくる。
だが、彼らに出番はなかった。
なぜなら、敵が出てこないからだ。
ゲートから顔を出した瞬間に、ソウマの罠魔法とエリナの広範囲攻撃によって「出落ち」させられ続けているからだ。
「おいエリナ、右側のゲートの湧き周期がズレた! 0.3秒遅らせて魔法を置け!」
「はいっ! ……えいっ!」
ドォォォン!!
《経験値を獲得しました》
《経験値を獲得しました》
それは戦争ではなかった。
ただの**「ベルトコンベア式の廃棄物処理作業」**だった。
***
およそ10分後。
5000体の魔物は、王都の土を踏むことなく全滅した。
平原には山のような魔石とドロップアイテムが転がっている。
「ふぅ……雑魚フェーズは終了か」
俺が汗一つかかずに伸びをしていると、空間の裂け目が一際大きく振動した。
いよいよ、このイベントの元凶――大ボスのお出ましだ。
ズズズズ……ッ!
漆黒の翼を持つ巨大な悪魔。『深淵の公爵』。
推奨レベルは70。本来なら、ここで人類に絶望を与え、ストーリーを後半へと導く役割を持つ強敵だ。
「愚かな人間どもよ……我は深淵より来たりし――」
悪魔が威厳たっぷりに口上を述べようとした、その時。
「『アクセル・スロー』」
ヒュンッ!!
俺は手にした「ただの石ころ」を全力で投擲した。
ただし、今の俺のAGIと、投擲スキルLv.MAX、さらにエリナのバフが乗った石ころは、物理演算を超えた運動エネルギーを持っている。
ズドォッ!!!
石ころは音速を超え、レールガンのような威力で悪魔の開いた口に飛び込んだ。
「ごふっ!? ぐぇ……っ!?」
悪魔が喉を押さえて悶絶する。
詠唱中断。
そして、喉に異物が詰まったことによる**「窒息状態異常」**の強制付与だ。
ボスキャラに窒息なんて本来は効かない。だが、特定のタイミング――「口を開けてセリフを喋っている最中」に物理攻撃を口内にヒットさせると、判定をすり抜けて状態異常が入るバグがある。
「か、会話イベント中に攻撃するなんて……貴様、それでも勇者か……!」
「勇者じゃない。RTA走者だ。お前の長話を聞いてる時間は無駄だからな」
俺は動けない悪魔の元へ瞬動(テレポートに近い高速移動)で肉薄した。
手には、先程のドロップで拾ったばかりの『オークジェネラルの大斧』。
「終わりだ。素材になれ」
ドカッ! バキッ! グシャッ!
窒息でHPが徐々に減っていくボスに対し、俺とエリナ(強化魔法で筋力がゴリラ並になっている)によるタコ殴りが始まった。
「ひ、卑怯……」
「勝てば良仕様(神ゲー)、負ければクソゲー。それが世界の真理だ!」
数分後。
哀れな深淵の公爵は、一度も固有スキルを使うことなく、ただのタフなサンドバッグとして生涯を終えた。
***
戦闘終了後、平原は静まり返っていた。
騎士たちも、駆けつけた王都の魔術師たちも、口を開けたまま立ち尽くしている。
「……勝った、のか?」
「あの『大侵攻』を、たった二人で……?」
「いや、最後の方はなんかリンチに見えたぞ……」
ざわめきが広がる中、俺はエリナに目配せをした。
これ以上ここにいると、英雄として祀り上げられてしまう。
RTAにおいて、無駄な称賛イベントや国王への謁見はタイムロスでしかない。
「エリナ、プランBだ」
「は、はい! ……ええと、『隠蔽』!」
エリナが魔法を唱える。
俺たちの姿が周囲の景色と同化し、気配が完全に消える。
「あ!? 消えたぞ!」
「どこへ行った!?」
騒然とする騎士団を尻目に、俺たちは悠々と戦場を離脱した。
向かう先は「冒険者ギルド」。
路地裏で実体化(ステルス解除)した俺は、エリナに言った。
「いいか、今の戦闘は『正体不明の凄腕魔法使い』がやったことになってるはずだ。俺たちはただの田舎から来た新人冒険者だ」
「無理がありませんか……?」
「大丈夫だ。この世界の人間のAI(認識力)は、ステータスカードの表記を絶対視する」
俺は懐から**『偽装の指輪』**を取り出した。道具屋の裏メニューで買った、ステータスを低く見せるアイテムだ。
「これで俺たちはレベル5の『Fランク冒険者』として登録する」
「どうしてわざわざそんなことを?」
「高ランクになると、『ドラゴンの討伐』とか『王女の護衛』とか、面倒で時間の掛かる依頼を強制受注させられるからな」
俺はニヤリと笑う。
「Fランクなら、自由に動ける。その上で、裏でこっそりSランク級の魔物を狩って、素材だけ売りさばけば大金持ちだ。税金対策にもなる」
「……ソウマ様の発想が、魔王より邪悪な気がしてきました」
エリナは呆れながらも、俺の後についてくる。
その顔には、以前のような悲壮感はなく、共犯者めいた微苦笑が浮かんでいた。
こうして、王都を救った(ついでに生態系を破壊した)最強のFランク冒険者コンビが爆誕した。
次に狙うのは――世界の経済を牛耳る「オークションハウス」の攻略だ。




