第2話 レベルアップRTA②
「嘆きの渓谷」を攻略し、レベル46となった俺は、AGI(素早さ)に物を言わせて街道を爆走していた。
目指すは「国境の森」。
本来のゲームシナリオでは、ここでメインヒロインの一人である**『聖女エリナ』**が盗賊団に襲われるイベントが発生する。
エリナは、回復魔法と強力なバフ(支援魔法)のエキスパートだ。
後半の高難易度レイドボス攻略には、彼女の固有スキル『聖なる加護』が必須となる。いわば、俺の「最強攻略チャート」における必須パーツだ。
「……いた。座標も時間も完璧だ」
森の開けた場所。
一台の馬車が横転し、十数人の男たちがそれを包囲している。
中心にいるのは、金髪碧眼の少女。白の神官服は泥に汚れ、手にした杖を持つ手は震えていた。
「ぐへへ、いい女だ。高く売れそうだぜ」
「神よ、どうかお助けください……」
テンプレ通りの三流悪役セリフと、悲劇のヒロイン。
だが、俺の視点(UI)には別の情報が見えている。
【敵:黒牙盗賊団員(Lv.25)×12】
【敵:盗賊団長ガザ(Lv.35)】
【ヒロイン:エリナ(Lv.10)】
現在の俺のレベルは46。正面から殴り合っても余裕で勝てる。
だが、それでは「効率」が悪い。
このイベントには厄介な隠し仕様がある。戦闘開始と同時に盗賊たちが**「人質を取るAI」**に切り替わり、エリナを盾にするのだ。
まともに戦えば、エリナのHPを守りながら戦う面倒な護衛クエストになる。
(だから、会話イベントが終わる「前」に処理する)
俺は茂みから飛び出した。
盗賊のリーダーが口を開く。
「なんだぁテメェは? 俺たちは泣く子も黙る黒牙と――」
「『ソニック・スラスト』」
ドォォォォォン!!
俺は問答無用でスキルを放った。
会話イベント中の「無敵判定」? そんな親切な仕様は『アストラル・ブレイド』には存在しない。
音速を超えた突きが、リーダーの顔面を捉える。
自己紹介の途中だったガザのHPバーが、一撃で消し飛んだ。
「あ……が……?」
「よし、ボス撃破。これで『指揮系統崩壊』のデバフが入る」
リーダーが倒れたことで、残りの盗賊たちの頭上に「混乱」のアイコンが点灯した。
彼らのAIは「人質を取る」から「個別に逃走・または無秩序な攻撃」へとダウングレードする。
「な、なんだコイツ! ガザの兄貴を一撃で!?」
「ひ、怯むな! やっちまえ!」
盗賊たちが一斉に襲いかかってくる。
だが、遅い。止まって見える。
俺はAGI極振りの速度で、敵の集団の中をすり抜ける。
「――そこだ」
俺が狙ったのは、盗賊たちではなく**「馬車の車輪」**だった。
壊れた車輪を蹴り飛ばし、特定の角度で地面に突き刺す。
すると、どうだ。
殺到した盗賊たちが、何もない空間に見えない壁があるかのように、その場で足踏みを始めた。
「えっ? な、なんだこれ? 前に進めねぇ!?」
「体が……引っかかって……!」
衝突判定バグだ。
この馬車のオブジェクトは、破壊後の判定が異常に広く設定されている。特定の配置にすると、周囲のキャラが移動不可になる「見えない檻」が出来上がるのだ。
「1、2、3……よし、11人全員スタックしたな」
俺は動けなくなった盗賊たちの背後に回り込み、悠々とナイフを構えた。
一方的な処刑タイムの始まりだ。
***
「ふぅ。終わった……」
戦闘終了までわずか30秒。
盗賊たちは光の粒子となって消滅し、俺の手元には大量のドロップアイテムと経験値が入った。
俺はナイフを収め、呆然と座り込んでいる少女に向き直る。
「怪我はないか? 聖女エリナ」
「は、はい……あ、ありがとうございます。貴方様は……?」
エリナは涙目で俺を見上げている。
可憐だ。さすがメインヒロイン、ポリゴンの作り込みが違う。
「俺はソウマ。通りすがりのソロプレイヤーだ」
「ソウマ様……。あの、なぜ私の名前を? それに今の動き、とても人間の技とは……」
「説明は後だ。それよりエリナ、今『ヒール』以外のスキルは何を持ってる?」
俺は単刀直入に聞いた。
エリナは戸惑いながらも答える。
「え? ええと……『小回復』と、『聖なる光』の初期レベルだけですけど……」
「『聖なる光』があるのか!」
俺はガッツポーズをした。
『聖なる光』。低威力の光属性攻撃魔法だが、重要なのはその特性だ。
この魔法は**「着弾地点に3秒間、攻撃判定を残す」**という設置型スキルであること。
「エリナ、俺とパーティを組め。今すぐだ」
「えっ? あの、助けていただいたのは感謝しますけど、急にそんな……私は教会に戻らないと……」
「教会に戻っても、また襲われるだけだぞ。それに、お前の才能をレベル10で腐らせるのは世界の損失だ」
俺は強引にシステムメニューを開き、彼女にパーティ申請を飛ばした。
目の前に浮かぶ【Yes/No】のウィンドウに、エリナが目を白黒させる。
「あ、あの……?」
「これからの世界には、お前の『回復』と『バフ』が必要なんだ。俺が強くしてやる。悪いようにはしない」
俺の真剣な(効率厨としての)眼差しに、エリナは頬を赤らめ、おずおずとウィンドウに触れた。
《エリナ がパーティに加入しました》
「よーし、契約成立だ。じゃあ行くぞ」
「ど、どこへですか?」
「レベル上げだ。目標は……そうだな、とりあえず1時間でレベル50を目指す」
「……は?」
エリナの思考回路がフリーズしたようだが、構わず俺は彼女を「お姫様抱っこ」した。
彼女のAGIでは移動に時間がかかりすぎる。俺が運んだほうが、移動時間を短縮できるからだ。
「きゃあああっ!? な、何を!?」
「舌を噛むなよ。最高速でいく」
俺は地面を蹴った。
目指すは、この森の奥深くに封印された地下ダンジョン**『死霊術師の実験場』**だ。
***
薄暗い地下ダンジョンの一室。
そこには、部屋の中央に祭壇があり、一人のローブ姿の骸骨――中ボス**『ネクロマンサー・ロード』**が鎮座していた。
「キシャァァァ! 生者が何の用だ……!」
「ひっ! ソウマ様、あんな強そうな魔物、無理です! 私のレベルじゃ攻撃なんて通りません!」
エリナが俺の背中にしがみつく。
確かに、ネクロマンサー・ロードはレベル50。通常ならレベル10のエリナなど瞬殺だ。
「安心しろエリナ。倒すのはあいつじゃない」
「え?」
「あいつには**『死霊召喚』**を使い続けてもらう」
俺は説明しながら、部屋の隅にある「壊れた柱」の裏にエリナを立たせた。
ここはこの部屋の安全地帯。ボスの魔法攻撃が地形判定で全て無効化される場所だ。
「いいかエリナ。あいつは戦闘開始直後、必ず『スケルトン(Lv.30)』を10体召喚する」
「は、はい……」
「本来、召喚された魔物は倒しても経験値が入らない仕様だ。無限稼ぎ防止のためにな」
「そうなんですか……?」
常識的なゲームならそうだ。
だが、この『アストラル・ブレイド』の開発陣は詰めが甘い。
「だが、召喚モーションが終わって、モンスターが完全に実体化する直前――判定発生の0.5秒間だけ、そいつらは『召喚物』ではなく『独立したモンスター』として扱われるバグがある」
エリナは口をぽかんと開けている。意味がわからないだろう。俺も説明していて頭がおかしいと思う。
「つまり、その0.5秒の間に倒せば、正規の経験値が入るってことだ。しかもスケルトンは『アンデッド』。お前の『聖なる光』なら、一撃で浄化できる」
「で、でも、そんな一瞬でタイミングを合わせるなんて……」
「タイミングは俺が指示する。お前は俺の合図に合わせて、あそこの床に魔法を撃つだけでいい」
俺はボスの正面に躍り出た。
ネクロマンサーが杖を掲げる。
「出でよ、我が僕たちよ!」
「今だ! 撃て!」
「は、はいっ! 『聖なる光』!」
エリナの杖から放たれた光の柱が、何もいない空間に着弾する。
その直後。
地面から這い出そうとした10体のスケルトンが、光の判定に触れた。
ジュワアアアッ!
実体化する前に、彼らは光に焼かれて消滅した。
召喚成立前なので、敵の攻撃判定も発生していない。完全な一方的虐殺だ。
《経験値を獲得しました》
《経験値を獲得しました》
《経験値を獲得しました》……
ファンファーレが鳴り響く。
レベル30の敵10体分の経験値が、低レベルのエリナに集中して流れ込む。
《レベルが上がりました。Lv 10 → Lv 15》
「えっ!? い、一回でレベルが5も!?」
「まだまだ! ボスは召喚した部下が全滅すると、AIの思考ルーチンがリセットされて、即座に再召喚を行う。つまり……」
「我が僕たちよ!(2回目)」
「撃て!」
「はいっ! 『聖なる光』!」
ジュワアアアッ!
《レベルが上がりました。Lv 15 → Lv 18》
「我が僕たちよ!(3回目)」
「撃て!」
「えいっ!」
ジュワアアアッ!
《レベルが上がりました。Lv 18 → Lv 21》
「我が僕たちよ!(4回目)」
「リズムに乗ってきたな! その調子だ!」
それは戦闘ではなかった。
ただの作業。あるいは、リズムゲームだった。
ネクロマンサー・ロードは涙目(に見えた)で、必死に部下を呼び出し続ける。
だが、呼び出した瞬間に聖女の光に焼かれ、経験値という名の餌になるだけ。
「も、もう無理ですぅ……! 魔力が……MPが切れます……!」
「問題ない! これを飲め!」
俺はインベントリから大量の『マナポーション(中)』を取り出し、エリナの口に突っ込む。
ガブ飲みさせながら魔法を連射させる。完全にブラック企業の構図だ。
「んぐっ、んんっ……! ひどい、私、聖女なのに……こんな扱い……!」
光の明滅。
止まらないレベルアップの音。
ボスの悲鳴。
1時間が経過した頃。
ついにネクロマンサー・ロードのMPが尽き、召喚ができなくなった。
「……終わりか。使えない奴だな」
俺は用済みとばかりに、枯れ木のように立ち尽くすボスを一撃で粉砕した。
***
静寂が戻ったダンジョン。
肩で息をするエリナが、恐る恐る自分のステータスを確認する。
Name: エリナ
Level: 52
Job: ハイ・セイント(聖女)
HP: 1800/1800
MP: 3500/3500
Skills:
『聖なる光 Lv.MAX』『完全回復』『広域守護結界』『リザレクション』……
「れ、レベル52……? うそ……私、修道院長様より強くなってる……」
エリナは自分の手が信じられないといった様子だ。
無理もない。一般人が一生かけて到達できるかどうかの領域に、わずか1時間で到達したのだから。
「上出来だ。これでお前は、大抵の即死攻撃を耐えられる耐久力と、無限に回復魔法をバラ撒けるMPを手に入れた」
俺は満足げに頷く。
これで「守るべきか弱いヒロイン」から「高耐久・高火力・無限回復の移動砲台」へのクラスチェンジが完了した。
「さあ、地上に戻るぞ。そろそろ次のイベント……『王都防衛戦』のトリガーを引く時間だ」
「王都防衛戦……? まさか、また……」
エリナが引きつった顔で俺を見る。
その目には、恐怖と困惑、そして――ほんの少しの「信頼」が混ざっていた。
「ソウマ様……貴方はいったい、何者なんですか?」
「俺はゲーマーだ」
俺はニッと笑い、彼女の手を引いた。
その手はもう、震えてはいなかった。
最強のRTAプレイヤーと、規格外のレベルになった聖女。
このコンビが世界を壊す(攻略する)旅は、まだ始まったばかりだ。




