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異世界配信サービス -その一声で始まった。恋と戦い、そして世界を壊す物語-  作者: vincent_madder
第10章 異世界配信サービス / Lock down symphony

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第99話 最後の戦い〈後〉

「やってくれるじゃないか!実体を持ってるから痛いんだぞ!」


TP(タイムパトロール)の怒声が響く。


血混じりの唾を吐きながら、胸に突き立った剣を引き抜く。刃先から滴る紫の液体が、地面に触れるたび煙を上げた。


その瞬間――空気が揺らいだ。


小さな影が、炎の壁を突き抜けて飛び込んでくる。


次の刹那、小さな拳がTPの顔面にめり込んだ。


鈍い音が響き、空間が歪む。

ユウには、まるで世界がスローモーションになったように見えた。


TPの顔が変形し、そのまま地面に叩きつけられ、砂煙が爆ぜる。地面に巨大なクレーターが生まれた。


「ブチ砕くぞ、クソガキがぁぁぁ!!!」


怒号とともに、ロアが姿を現した。



その瞳には、かつての穏やかさは一片もなかった。怒りが、彼女を動かしていた。


TPはゆらりと立ち上がる。

頬を押さえ、笑う。


「…その力は、龍の理。なぜ使える人間がいる?」


TPの背後に、黒い影が浮かび上がる。

空間が裂け、黒龍の顎がゆっくりと開く。


巨大な存在感、無数の鱗、金色の瞳。

それは、黒龍―ロアの師匠のドラゴン形態。


「盟友との約束だ。問題あるかね?」


師匠の声が響く。

次の瞬間、TPの身体が闇に包まれた。

黒龍の顎が閉じる。


骨の砕ける音、金属の軋む音、爆裂音が重なり合う。


TPの姿は、見るも無惨だった。



その光景を、遠くの空から見下ろす三つの影があった。


「ロアのやつ、飛び出して行きやがった」


ナズが舌打ちする。


「ナズくん! ぜったい先行かないでね! アタシ高いところ苦手なの!」


ハナラが泣きそうな声を上げる。

アガマの背の上で二人がもみ合う。

龍の翼が風を裂き、戦場の上空を旋回していた。


「お前ら、行かなくていいのか?」


アガマの低い声が響く。


ナズは拳を握りしめ、叫んだ。


「いいわけねぇだろ! 突っ込めアガマ!」


アガマが咆哮を上げる。その声が雷鳴のように響き渡り、空気を震わせた。



砕かれたはずのTPの身体が、石像のように軋みながら再生を始めていた。


「下等生物が……調子乗ってんじゃねーぞ!!」


その叫びとともに、空気が再び軋む。

黒紫の光が血のように大地を染め、砂を溶かしていく。


ユウは、リゼの身体を抱きしめたまま、その光景を見上げた。


TPの咆哮が、空間そのものを震わせた。

砕け散ったはずの身体が、黒い結晶のように再構成されていく。


割れた石がつながり、肉が盛り上がり、血が流れ、形を取り戻す。それは“人”というより、もう“神話の災厄”だった。


ユウは膝をつき、リゼの頬に触れる。


「……リゼ、聞こえる? 返事をしてよ…!」


彼女の唇は動かない。


その背後に、静かに影が降り立つ。

ジャスクの内の一人――ロアだった。


「リゼは大丈夫」


ユウが顔を上げる。


「ロアさん…!」


ロアは頷き、右手をリゼの額にかざす。

掌から柔らかな金光が溢れ、ゆっくりと身体を包んでいく。


「全開の再生(グローリーホーリー)を使用する」


その声は落ち着いていた。

しかし、彼女の全身から放たれる力の密度は、異常だった。


TPがその光を見て、目を細める。


ロアの左腕にも光が宿る。


右腕には《グローリーホーリー》――再生の特技。


左腕には《ホーリーグローリー》――治癒の特技。


二つの魔術が同時に展開され、互いの干渉領域を塗りつぶし倍化していく。


それは理論上、不可能とされる“並列起動”。

ロアは、龍の理を媒介に、力ずくで成立させていた。


「リゼだけじゃない。みんなを助ける力だ」


その言葉通り、治癒(ホーリーグローリー)の光が島全体を包み込む。


ひび割れた地面が再生し、焦げた草が芽吹く。

ユウの傷が塞がり、クラヴァルの折れた宝剣が元の形を取り戻す。


やがて――リゼの瞳に、光が戻った。


「……ユウ?」


その声に、ユウの表情が崩れる。


「リゼ!」


抱き合う二人の頭上で、ロアが静かに笑った。


「さあ、まだ終わりじゃない。立て――ユウ」



風が吹く。


青空を裂くように、アガマが降下してきた。

龍の咆哮が地を揺らし、砂煙が舞い上がる。

その背から飛び降りる二つの影。


ナズは猿叫を上げながら、ハナラが情けない悲鳴を上げながら、ロアの隣に着地する。


ユウ、リゼ、クラヴァル、ロア、ナズ、ハナラ――そして地面が震えアガマと師匠が後ろに降り立つ。


全員が立ち並ぶ。

魔素(マソ)も形状を取り戻していた。


空を見上げると、そこには再生を終えたTPが笑っていた。


コメント欄は、もう機能していなかった。

ただ、言葉にならない光の奔流だけが、画面を覆っている。


CEO(視聴者)は呟く。


「彼らは、強い」


ユウが再びTP(タイムパトロール)を見据えて叫ぶ。


「いくぞ!」



雲ひとつない昼の空を、黒紫の稲光が奔る。


その中心に立つTPは、もはや人の形をしていなかった。全身を覆う紋様が燻りながら黒炎を放ち、足元の砂を蒸発させていく。


「ようやく全員そろったか…歓迎しよう、反逆者ども」


声が低く響くたび、空間そのものが歪む。


EWSの中継システムは悲鳴を上げ、画面越しのコメントはすでに文字を失っていた。


世界中の人々が、ただその光景を見つめていた。


ユウは魔素を練り上げた剣を構える。

その隣で、リゼとクラヴァルが同じ方向を向いた。


背後にはロアとナズ、そしてアガマと師匠。

ハナラが後方で魔術の準備を整える。


「数じゃ負けてないぜ」


ナズが軽口を叩きながらも、目は鋭く光っていた。


TPは笑う。


「数なんて関係ない。――この身体は、世界そのものだ」


黒紫の光が弾けた瞬間、TPの背後に幾つもの魔方陣が展開された。それはまるで夜空の星座を裏返したかのような光景。


ロアが一瞬で察知し、叫ぶ。


「ハナラ!防御陣を展開! 一発目が来る!!」


次の瞬間、無人島を覆うほどの光線が降り注いだ。


砂が蒸発し、大地が焼ける。

しかしその中で、彼らは倒れなかった。

ハナラの防御魔術が光線と拮抗していた。


青と金の光が交差し、空を支えるように広がる。

クラヴァルが前へ踏み出し、剣を構える。


「あの陣の根を断つ!」


「了解!」


リゼが走る。

雷光を纏った脚が地を裂き、視界が白く閃く。


(ライトニング)の残響が空気を焦がす。


リゼの背後を追うように、ナズが斜めから突撃する。アガマの咆哮が重なり、龍炎が一直線に走った。


大地が裂け、TPの魔術の陣群が一瞬だけ乱れる。


その隙を、ユウが見逃さなかった。


「バインド!」


魔素の剣を槍に変えTPに放つ。

ナズが叫ぶ。


「任せろユウ!密度を最大化する!」


青い矢が空へと放たれ、TPの胸元に直撃する。


だが――TPは笑っていた。


「いいね。やっぱり君は最高だ、城野ユウ!」


TPの右手が突き出された。

クラヴァルが叫ぶ。


「みんな下がって!」


しかし遅かった。

TPの右腕から黒紫の衝撃波が放たれ、全員を一斉に吹き飛ばす。


砂と光が混じり合い、空が割れた。



EWS本部。


トラフィックは崩壊をギリギリのところで耐えていた。真宮はヘッドセットを外し、ただモニターを見つめる。


「……城野くん……」


オペレーターの誰も、もう言葉を発しなかった。


世界は息を止めて、その結末を見守っていた。



ユウは立ち上がる。


髪が焦げ、視界は霞んでいた。

それでも(ユウ)は顔を上げて、その手は剣を生み出す。


リゼも、クラヴァルも、ジャスクの3人も、皆がまだ立っている。


その姿を見て、TPが薄く笑った。


「…本当に、退屈しないな♪」



空が再び鳴動する。


世界が軋む音が聴こえる。

光と闇の奔流が、再び衝突の時を迎えようとしていた。


ユウは剣を握り直し、声を張り上げる。


「――次で決める!」


ユウとTP――その二つの意志を中心に、空間がわずかに震えていた。


リゼがユウを見つめる。


「ユウ…信じてる」


その瞳はまだ完全ではない。けれど、光を宿していた。廃人寸前まで崩壊した精神を、ただ《間に合わせる》という意志だけでつなぎ止めている。


クラヴァルが横に立つ。

剣を杖のように地面へ突き立てながら、血を吐いて笑った。


「あなたなら、おじいちゃんを越えられる」


ユウはゆっくりと剣を構えた。

深呼吸をする。呼吸が整う。


「マソちゃん」


「即席の紋様だけど大丈夫。一回は保つ。火ぃ入れるよ!」


ユウの身体中から魔術の陣が、紋様が青く輝き始める。ユウの体内に青い光が走った。

魔素とユウ自身が融合し、身体の輪郭が揺らぎ始める。


もはや“人”ではなかった。

青い炎をまとった存在――創造の具現。

TPがそれを見て、嗤った。


「面白い!…じゃあ、こっちも全力でいこうか♪」


TPの身体を覆う黒紫の文様が、一斉に脈打つ。

帰還者(ホシミネ)の肉体が悲鳴を上げながら、内部で何かが覚醒していく。


「摂理を歪めた報いを受けたまえ」


ユウは答えずに持っていた剣を手放した。

TPの反応が止まる。


「…?」


青い炎者(演者)となった彼は左腕を上げた。



青白い光がフレームとなり、虚空が口を開ける。瞬間的に巨大な物体が通り過ぎる。


それは秒速8キロメートル。

時速にして28,800キロメートルを移動する軌道衛星だった。


反応できなかったTPは右半身を削り取られていた。


「な…に…?」


CEO(視聴者)は思わず声を上げる。


「見た今の!? 世界一リッチな弾丸だよ!」


TPがユウに目をやると、今度は右腕をあげていた。


「ハナラさん。技借ります」


「それでぶっ飛ばせ!ユウ!」


ユウが掌を握る。


「シングルナンバー……【008/TOR】」


瞬間、白が生まれた。光でも闇でもない、“欠損”の奔流。触れたものを理ごと削り、余計な過程をすっ飛ばし消失させる魔術。


周囲の色は剥がれ、音は呑み込まれ、ただ“削る”という行為だけが残る破壊の権化。


その衝撃が、世界の境界を越え――

現実のEWSサーバーを、世界中の画面を白く塗り潰した。



EWS本部。

真宮が立ち上がり、声を失う。


「どうなったの―」


画面には、ただ真っ白な光だけが残っていた。

オペレーターの誰も動けない。


「…終わったのか?」


誰かが呟く。



白い光の中――


ユウは、立っていた。


青い炎は消えて、身体の輪郭もほとんど透けている。


その目の前で、TPもまた、崩れかけていた。


「……本当に、君は……」


TPの声が途切れる。

笑い、そして消えた。


ユウは、天を仰ぐ。

白い世界の中に、青い光がひとすじ流れていく。


(…これで、終わったのか)


答える声は、なかった。

ただ、微かに。

リゼの声だけが、どこかで響いた。


『間に合ったね、ユウ』


ユウは笑い――


そして、静かに目を閉じた。

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