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異世界配信サービス -その一声で始まった。恋と戦い、そして世界を壊す物語-  作者: vincent_madder
第10章 異世界配信サービス / Lock down symphony

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第98話 最後の戦い〈前〉

EWSの配信は、もはや誰の手にも負えなかった。


通信網を通じて光の粒となった映像は、空を渡る星のように世界中を駆け巡る。


スマホやモニターの前で、無数の人々が一斉に息を呑んだ。


《あれがユウ!?》

《本当に異世界にいるの》

《だから全部フェイクだって》

《彼が世界の神となるのだ!》

《負けるなTP!2つの世界を守れ!》


コメントが、まるで天の川のように流れては消えていく。


個人、法人、軍、宗教団体、国家――

もはや「視聴者」という単語で括れない、世界全体が一つの画面を見つめていた。


そして、その画面の中心に立つのは、全盛期の帰還者の身体を纏った異世界の上位存在。


TP(タイムパトロール)


彼は静かに、手を上げてユウを見る。


「先手は譲ろう⭐︎」


TPは思案する。

(――とは言っても、出方がわからないのが正直なところだ)


(魔素が向こうに味方している時点で、魔術封じは使えない。帰還者の身体を使っても、権限は向こうが上だ)


TPの思考は冷たく研ぎ澄まされていた。

しかしその視線の先では、土を踏みしめる音が一歩――また一歩と近づいてくる。


紫の光。それは戦女神の息吹。


クラヴァルが、歩き出していた。



光がはじけた。


クラヴァルの身体から放たれた紫のオーラは、砂を焦がし、空気を震わせる。その姿はまさに戦女神。剣を構え、滑るように前へ――。


「──はあっ!!」


稲妻のような斬撃が走った。TPはゆらりと躱し余裕の笑みを崩さなかった。


「いいのかい? おじいちゃんのボディだぜ?」


その一言が、刃よりも鋭くクラヴァルの心を抉った。足が止まり、呼吸が一瞬、乱れる。


「…ッ!」


クラヴァルの両手が震えた。怒りでも悲しみでもない。そのどちらにも収まらない、胸の奥を灼く痛み。


TPはゆっくりと、己の胸を叩く。黒紫の紋様が淡く光を放った。


それは確かに、クラヴァルがラーメン屋で、黒い半球の戦いの中で見た陣や紋様そのもの。


「いいわけないでしょ!? 返して!!」


叫びと同時に、剣が火花を散らす。空気が裂け、光が弾ける。クラヴァルの斬撃は鋭く、迷いがなかった。


しかしTPは、まるで風のようにすり抜ける。砂を巻き上げながら二人は交錯する。


一閃ごとに、空の色が濃くなっていく。



砂塵の渦の中、ユウはTPを睨みつける。


彼の眼前には、衛星の兵装のインターフェースが透けて見えている。


「当たらなくても、目眩しにはなる!」


ユウの手が虚空を弾く。

次の瞬間、低軌道上の武装衛星が宇宙の静寂を破り、6発のミサイル(ICBM)が放たれた。


一方で別のチャンネルでは異世界の衛星を配信しており、無人島に向かって降下していくミサイルが映し出されていた。



中東の高層ビルの一室。

金縁のカフスをつけた男――オイルマネーファンドCEOが、ワイングラスを揺らした。


「ねえ」


「はい」と、横に立つ側近が即座に反応する。


CEOはスマホ画面を傾け、映し出された光の軌跡を眺めながら、穏やかに言った。


「まさか核弾頭は搭載してないよね?」


「……確認します!」


側近の声が裏返る。


(CEO)の目は、まるで映画でも観ているかのように笑っていた。



クラヴァルとTPはまるでダンスのように攻防を続けていた。


その中心を、ひと筋の光が駆け抜ける。


「私も行くわ!」


リゼの声が風を裂いた。砂塵を跳ね上げ、彼女の身体が残像を残して走る。


まるで雷そのもの。その速度は、もはや人間の目で追えるものではなかった。


クラヴァルが戦場の端で息を呑む。

(私の装備、使いこなしてるじゃないリゼ!)


リゼの身につけた数々の魔術補助の装具が、白銀の閃光を放つ。それは本来、魔術の使えないクラヴァルのために用意されたもの。


だが、今はリゼがパワーアップのために装備し、(ライトニング)で完全適応していた。


(これで特技の負担が減る……いける!)


リゼとクラヴァルの剣が交差するたび、紫と白い残光が空を裂く。TPの躰が切り裂かれ、黒紫の血煙が舞う。


「へぇ、速い速い♪」


TPが笑う。

余裕の表情。


だが確かに、二人の刃が彼の肉体を“掠めて”いた。一閃ごとに、風が唸り、砂埃が波のように押し寄せる。


やがて、動きの合間にユウの声が響いた。


「行くぞ!!」


その一言で、リゼとクラヴァルは一瞬にして後退する。


刹那――空が燃え上がる。

6発のミサイルが、同時に弾着。

轟音と閃光。


地形を根こそぎ変える爆発が、無人島を呑み込んだ。三人の身体が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。



「核は搭載していませんでした!」


「見たらわかるよ!」


CEOは笑いながらワイングラスを掲げた。


「でもすごい威力だね。この軍需企業、買っちゃおっかな?」


「それどころじゃないですよ!」


側近が叫ぶ。


「大丈夫。勝つよ」


CEOの声は、まるで祈りのようだった。


「クラヴァルたんは女神なんだ。負けないよ」


だが爆煙の向こうで――“何か”が、歩いていた。



爆炎の中心で、土を踏みしめる足音が響いた。

その歩みはまるで何事もなかったかのように静かだった。


「確かに…これはひとたまりもない⭐︎」


その声に、クラヴァルとリゼが息をのむ。

炎の中から現れたTPの姿は、まるでそれそのものが形をとったかのようだった。


上半身に見える夥しい量の魔術の紋様が、脈動するたびに光を帯びている。


「では――こちらの番だ」


TPが軽く腕を振ると、周囲の炎が生き物のように集まっていく。


渦を巻き、鞭のように長く伸び、地面を叩く。

その一撃だけで地面が割れ、岩が宙を舞った。


「魔素を愛した男の力……味わってみるかい♪」


炎が音を立てて爆ぜる。

熱風が吹き荒れ、空気が歪む。

三人の視界が赤に染まった。


「させるか!」


ユウが前に出る。

魔素(マソちゃん)の声が響く。


「いくよ、ユウくん!」


ユウが手をかざす。


「バインド!」


青い輪が光を放ち、炎の鞭を縦横に切り裂いた。

焼ける匂いとともに、炎が霧のように散る。

TPは、愉快そうに口角を上げた。


「そーくると思った⭐︎」


次の瞬間、ユウの視界が歪んだ。

気づいたときには――TPが目の前にいた。


「なっ……!」


鋭いボディブローが、ユウの腹を撃ち抜く。

鈍い音が響き、体が後方へ弾き飛ばされるが、たたらを踏んでユウは耐え切った。


「なるほど! 魔素を障壁にしたのか!」


TPは一歩踏み込み、楽しげに笑う。

その周囲に、無数の赤い光が再び集まっていく。

だが三人に取り囲まれるTP。


それでも彼は、まるでそれを歓迎するかのように肩をすくめた。


「ならばこちらも……!」


身体中の紋様が一段と輝く。空気が重く沈み、風が静止する。


ユウが叫ぶ。


「二人とも離れ──!」


TPの声が、低く、しかし楽しげに響いた。


「範囲攻撃だ♪」


衝撃波が爆発的に広がる。

空が軋み、島全体が震えた。



爆風が止んだあと、世界は音を失った。

焼け焦げた大地に立つものは、もうほとんどいなかった。


リゼが気がつくと、体を起こし、辺りを見まわした。


クラヴァルは片膝をつき、剣を杖にして息を荒げている。ユウは地面に叩きつけられ、砂と血の混じった息を吐いた。


魔素(マソ)の輝きは消えかけ、リゼの身体もまた地面に伏していた。


ただひとり――TPだけが、悠然と立っていた。


片手でユウの首を掴み、軽々と持ち上げる。


「まったく……これでもまだ足りないとはね」


ユウの足が宙を泳ぐ。

苦しげに喉を鳴らす声が、戦場に響いた。


「ユウ!」


クラヴァルが叫ぶが、もう体は動かない。


リゼは全身の神経が焼けつくように悲鳴を上げていた。それに抗うように、血に濡れた指先を地面に押し当てる。


その目だけが、強く、まっすぐにユウを見ていた。


あのとき─以前リゼの街で脅威に襲われたとき。巨大な脅威に掴まれていた自分とユウが重なって見えた


「……まだ、終わってない」


彼女の体を取り囲むように、稲妻の粒子が集まる。ナズに言われたことがリゼの脳裏をよぎる。


「俺の最大化(マキシマ)ですら倍掛けは破綻する!最大化をさらに最大化すれば制御できるはずがない!」


「お前の身体に直結する特技なら──命に関わるぞ!」


クラヴァルが震える声で叫ぶ。


「まさか……リゼ、それ以上は――!」


「今、間に合わせないで、いつ使うのよ!」


その瞬間、リゼの全身が光に包まれた。

稲妻が三重の螺旋を描き、彼女の体を焼き尽くしていく。


それは(ライトニング)の三重掛け――

“間に合わせるための力”。

光速を超えた動きが空間を歪め、音さえも遅れて響く。


次の瞬間、TPの右腕が宙に舞った。


「っ……!?」


驚愕の声を上げるTPの胸に、リゼの刃が突き立つ。刃が深々と貫き、紫の血が噴き上がる。


ユウとリゼの視線が交錯する。

時間が止まったように、互いの瞳だけが動いていた。


「ユウ――大好きだよ」


微笑むリゼの頬に、青い光が走る。

次の瞬間、轟音とともにTPの体が地面に叩きつけられた。



煙の中から立ち上がったTPの表情は、苦痛と怒りに満ちていた。


胸にはまだ、リゼの剣が深く刺さっている。

TPが驚きの表情のまま呻いている。


土煙が晴れたとき――リゼはもう動かなかった。

倒れたままの身体に、ユウが駆け寄る。

その足取りはふらつき、血に濡れていた。


「リゼ! しっかり!……リゼ!?」


彼女の瞳は光を失い、虚空を見つめていた。

唇がかすかに開き、涎が頬を伝う。


ユウはその頬を支え、まるで自分が壊れてしまったかのような、声にならない叫びを上げた。

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