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異世界配信サービス -その一声で始まった。恋と戦い、そして世界を壊す物語-  作者: vincent_madder
第9章 崩壊 / What a wonderful world

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第83話 ジキルとハイド

灰色の画面がモニターを覆った。

中央に浮かぶのはEWSのロゴと、無機質な定型文。


【本配信は倫理規定に抵触したため中断されました】【詳細は開示されません】


スタジオの安堵するようなざわめきが部屋を満たしていた。コメント欄の炎のような流れが強制的に消え、代わりに冷たい沈黙が落ちた。


だが、コントロールルームの奥では別の映像がまだ生きていた。制御卓(コンソール)に並ぶ内部モニターには、夜風に揺れる草原が映り続けている。


倒れたクラヴァル、治癒を続けるロア、剣を構えたままのナズ──。

遮断は“表向き”に過ぎず、運営内部では観測が継続されていた。


「視聴者側は切断完了」


オペレーターの一人が乾いた声で報告する。

目の下には深い隈、モニターに映る光を映した瞳は濁っていた。徹夜明けの体に、予期せぬ突発配信が追い打ちをかけたのだ。


「本部から通達っス」


別のオペレーターが紙片を持ち上げる。

印刷された文字は短く、だが重みを帯びていた。


──【映像に映り込んだ人物の正体を突き止めろ】。


「やっぱり来たか……」


誰かが低く呟き、空気がさらに重くなる。


技術班がすぐに動き出す。

ノートPCを抱えて席を渡り歩く者、音声波形を並べて照合を始める者。


モニターの前にはケーブルが散乱し、指示と報告の声が飛び交った。


「解析班、音声データを回せ!」


「映像からシルエット出して、拡大!」


灰色の画面の裏で、別の戦いが始まっていた。



「音声解析、始めますね。サンプル抽出完了、言語は──まぁ分かる通り、日本語です」


「聞けば分かる。国内に限定できるな」


責任者が短く指示を飛ばす。

数人のスタッフが頷き、端末に向かって指を走らせた。


モニターには波形が並び、声紋のラインがいくつも重なっていく。拡散した切り抜き動画からもデータを吸い上げ、補正をかけながら比較。


「周波数のクセがはっきり出てる。マイクの感度わりかしよかったな」


別の班は映像を扱っていた。

草原の暗がりに浮かんだ少年の後ろ姿を切り取り、体格や髪型の特徴を抽出する。


「これ、背丈からして高校生くらいじゃね?」


「骨格比率はほぼ成人。けど、声の感じはまだ幼いな」


緊張感漂う中で、不意に軽口が飛ぶ。


「で? 正体が分かったらなんかいいことあるの?」


「査定にはプラスになるんじゃね? ボーナスに響くとか」


数人が乾いた笑いを漏らしたが、すぐに視線を戻す。笑いは冗談というより、張り詰めた神経の逃げ場に過ぎなかった。


真宮カオリは黙ってその会話を聞いていた。

表情はいつもの研究者の仮面。


だが心臓の奥が、音声波形と同じリズムで脈打っていた。


──今の声は、城野に違いない。


確信に近い直感が、胸を掴んで離さない。

だが唇は閉ざしたまま。


ここで名前を出せば、彼の人生は確実に終わる。

研究者としての義務と、教師としての責任がせめぎ合い、彼女の喉を塞いでいた。


「候補者リストをアップしろ!」


責任者の声で会議室が再びざわめく。

ネット上にある膨大なデータからヒット・アンド・アウェイを繰り返していた。


真宮はペンを握りしめ、視線を落とした。

紙に触れる手が震えているのを、誰も気づかない。



昼下がりのテレビ画面が、明るいスタジオの光で埋め尽くされていた。


司会者がにこやかにカメラを見つめ、手元のフリップを掲げる。


「最近はネットも大分進化してまして、いろんな動画や配信サービスがありますよね」


アシスタントが大げさに頷き、声を弾ませる。


「そうなんですよ!」


「そんな中で一際注目を集めているサービスがこちら、Echoes Watching Systemなんですねー」


画面下には派手なテロップが流れる。

《異世界から生配信!? 若者に大人気EWS》


司会者がフリップをめくる。


「どうやらこちらのアプリ、異世界からの配信を見ることができるらしいのですが……」


スタジオに笑いが起こり、コメンテーターが肩をすくめて言う。


「そんな嘘か誠かわからんもんに、皆よぅハマってますなぁ」


軽口混じりのやり取りに、明るいBGMがかぶさる。だが、次に流れたVTRの空気は一変した。


【映像をご覧ください──】


画面に映し出されたのは、荒れた草原に横たわるクラヴァルの姿だった。額に汗を浮かべ、治癒の光を浴びながら、意識なく眠るように見える。


その隣には俯いた少年の後ろ姿。

そして、ノイズ混じりの声が何度もリピートされる。


『……俺が……呼んだから……』


スタジオに一瞬、気まずい沈黙が走る。

すぐに司会者が言葉をつなぎ、笑顔を保とうとする。


「えー、ただいまご覧いただいたのは大人気チャンネル?のクラヴァルさんの配信に映り込んだ“謎の影”ですね」


「ネットでは大騒ぎになっております」


リモコンを握っていた主婦の手が止まった。

城野ユウの母親だった。


洗濯物を畳みながら何気なくつけていたテレビ。

最初は軽い気持ちで聞き流していた。

けれど、その声が流れた瞬間、心臓が強く跳ねた。


「……え?」


畳みかけるようにリピートされるユウの声。

角度を変えて編集された映像に、息子の背中の輪郭。


胸の奥に冷たいものが広がり、指先から血の気が引いていく。


「ユウ?」


声にならない呟きが漏れる。

笑い声の残るスタジオと、リビングの静寂。

その落差が、彼女をさらに震えさせていた。


ユウの母はリモコンを握りしめたまま、しばらく動けなかった。


テレビ画面から流れ続ける切り抜き映像。

少年の声は、何度聞いても息子のものだった。


「……偶然よね……」


かすれた声で自分に言い聞かせる。


「似てるだけ、そう、偶然よ……」


だが否定すればするほど、胸の奥で確信が膨らんでいく。あれはユウだ。

母親だからこそ分かってしまう。


頭の中が真っ白になり、洗濯物が膝から崩れ落ちた。


問いただすべきか。

学校から帰ったら正直に聞けばいいのか。

それとも、こんな話は信じてもらえないだろうか。


「どうすれば……」


唇が震える。

そのとき、インターホンが鳴った。


「……!」


心臓が大きく跳ねる。

足が勝手にすくみ、しばらく玄関に向かえない。

もう一度、短くチャイムが響く。


意を決してドアを開けると、そこには黒いスーツの男たちが立っていた。


整然とした立ち姿、無表情に近い顔。

胸元には見慣れぬバッジ。


「失礼します」


「防衛省、異世界特別対策チームの者です」


低い声が告げる。

母親は息を飲んだ。


「城野ユウ君について、お話を伺いできますでしょうか」


耳の奥で血の音が鳴り響く。

喉が渇いて言葉が出ない。


振り返った先、テレビではまだワイドショーが続いていた。コメンテーターが笑顔で言う。


「結局、この“謎の少年”は誰なんやろうねぇ」


リビングと玄関、ふたつの光景が重なり、母親はその場に立ち尽くした。

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