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異世界配信サービス -その一声で始まった。恋と戦い、そして世界を壊す物語-  作者: vincent_madder
第1章 ささやきの彼方に / Whisper Not

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第8話 異世界配信サービス-2-

「あ、今日の配信、もう始まってる」


無意識のうちに画面を開いていた。リビングのソファに座り、ユウの視線はスマホに吸い寄せられていた。


夕食を終えたあと、まだテーブルに載ったままの皿を片付ける前に、指が自然とEWSを起動していたのだ。


画面には、巨躯の重装の女が、ランタンを手に暗い通路を進んでいる。


チームエメラ。

ユウが追っていたのは、リゼではない別の冒険者たち。チャンネル登録者数はそこそこ多く、銀色の評価バッジが光っている。


「こっち、何かの気配があるかもーって、さっきの分岐戻ってきたんだけどさ…」


「またお前の勘かよ。前も空振りだったろ?」


「でも、今回はちょっと違うっていうか…うーん、なんか空気、重くない?」


会話する相手は、画面に映らない。声からして男性ふたり。3人パーティ。中堅らしい連携と気安さが伝わってくる。


ユウは頬杖をつきながら、その配信を“ながら視聴”していた。テレビのバラエティも、SNSの通知も、ただの雑音のように遠ざかっていく。


それから、違和感は――ほんの些細な揺らぎとして始まった。



細い通路を抜けると、ぽっかりと開けた空間に出た。


天井が高く、岩肌が黒く濡れている。どこかの地下洞の広い空間に出たようだった。足元には苔がびっしりと張りつき、ぬかるみで足を取られそうになる。


「うわ、ここ、広っ……ちょっと照らすね」


ランタンの光が揺れる。画面に映ったエメラの横顔には、わずかな緊張が浮かんでいた。


「罠は……なさそう。けど、なんかやな感じ」


声は軽いが、その背負った大剣に手をかける。。


無言のまま、仲間たちが視界の外で位置を変えているのが分かる。視線の動き、光の揺らぎ、音の反響…そういう細部から、経験者らしい立ち回りが伝わってくる。


ユウは、ぼんやりとその様子を眺めていた。


「……来るよ。何かが、いる」


声の調子が変わった瞬間、画面がほんのわずかに“ざらついた”。


(ん?)


ほんの一瞬、ほんの気のせい。ユウは目を細めたが、ノイズはそれ以上広がらない。


エメラはすでに剣を構えていた。背中に回った光源が、剣の切っ先をぎらりと照らす。


「上からだ!」


「クソっ、やっぱ来やがった!」


駆け出す影。仲間の声。配信の視野がぐるりと回転し、エメラがカメラの奥に向けて突き出すように剣を振る。


そのときだった。

視界の端で、何かが飛び散った。


液体――赤黒いものが、ほんの一瞬、カメラをかすめるように広がった。


カメラは揺れず、むしろ異様なほど静かだった。だが、確かに“飛び散った”のだ。


コメント欄がざわつく。


《今の、なに?》

《血?やばくね?》

《おいおいマジかよ!》


その直後だった。

映像が、一拍遅れて――ふっと、消えた。


瞬間、画面がグレーに切り替わり、中央にEWSのロゴと、定型の文言が表示された。


【本配信は、映像内容が倫理規定に抵触したため中断されました。】


【本件についての詳細は開示されません。】


コメント欄も凍りついたように停止し、ただ静かな背景色だけが画面に残された。


まるで、“何か”を見せてはいけないかのように。

ユウは、画面を見つめたまま動けずにいた。


「…今の、なんだ?」


誰もが見ていたはずのライブ配信。

視聴者数は数千。コメントも活発だった。

けれど、今そこにあるのは灰色の画面と、味気ない定型文だけ。


スマホの画面をタップしても、戻るボタンを押しても、反応はない。


チャンネルページへ飛ぼうとしても、「該当の配信者は存在しません」とだけ表示される。


つい数分前まで、画面の向こうで笑っていたはずの、彼女たちの姿はもうどこにもなかった。


「……エメラ?」


試しにSNSで検索すると、

「倫理BAN」

「グロ耐性」

「またやっちゃった」などのタグが流れていた。


視聴者たちは口々に「あのシーンはアウトだろ」「R18フィルターすり抜けた」などと騒いでいる。けれどユウの中では、ただ一つだけが、胸にこびりついていた。


──最後の瞬間。


たしかに、声が聞こえた。

それは誰のものだったのか、何を叫んでいたのか。思い出そうとするたび、霞がかかったように曖昧になっていく。


でも確かに、耳に残っている。忘れられない、あの“叫び”。


──◯◯◯◯


ユウはスマホを強く握りしめた。


「リゼに、もし同じことが起きたら」


そう思った瞬間、息が詰まった。

彼女は、自分よりも危うい場所で生きている。

自分の言葉が、届いたかもしれない。


その世界で、彼女もまた――


あんなふうに、突然消えてしまうかもしれない。


ユウの指が、EWS(アプリ)のアイコンを押し込んだ。画面を開く。


あの世界に、彼女がいる限り。


もう黙ってなんか、見ていられない。

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