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異世界配信サービス -その一声で始まった。恋と戦い、そして世界を壊す物語-  作者: vincent_madder
第8章 それは配信を超えた物語 / the beginning

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第78話 Revelations and a Man

遺跡の空気はひんやりと湿っていた。


崩れかけた壁には斬撃の跡が走り、床の石畳には焼け焦げた黒がまだ残っている。激しい戦闘があったのは間違いなかった。


リゼは足を止め、息を詰めて周囲を見回す。


だが、おかしい。魔物の死骸が一体もない。血の痕も、折れた武器も落ちていない。


戦いの痕跡だけが残され、肝心の当事者は影も形もないのだ。


石畳の中央には、淡く光を帯びた陣が描かれていた。


そこだけがまるで清掃されたかのように整っており、砕けた瓦礫や埃すら寄せつけない。


「……ここだ」


リゼは低く呟く。ジャスクの三人が消息を絶ったのは、この陣を境にしてだろう。


「リゼ、やめろ!」


背後から声が飛ぶ。同行してきたハイクラス冒険者たちが、険しい目で彼女を制した。


「転移系の罠かもしれん」


「下手に踏めば、お前まで消える!」


だがリゼは首を横に振った。


「でもジャスクのみんながここに消えたなら!」


「確かめなきゃ」


彼らの止める声を背に、リゼは一歩、また一歩と進み出る。


光を放つ陣が足元に広がり、その瞬間、眩しい閃光が全身を呑み込んだ。


彼女の姿は、跡形もなく掻き消える。



まぶたを開けたとき、リゼは言葉を失った。

そこは遺跡の延長ではなかった。

天も地もなく、上下の感覚さえ曖昧な空間。


淡い靄の光が漂い、足元は確かに硬いはずなのに影を落とさない。


息を吸えば冷気が肺を刺し、吐くたびに白い霧が口から散った。


「……ここは?」


リゼの耳に、聞き慣れた声が届く。


「リゼ!」


振り返れば、そこに立っていたのはユウだった。

傍らにはクラヴァル。剣を抜いたまま、こちらを睨むように構えている。


「ユウ?…クラヴァル?」


「どうして二人が……」


「こっちの台詞だよ!」ユウの声は震えていた。


「リゼを預かった、って……メッセージが来たんだ」


スマホの画面を見せると、そこには不気味な文字列と地図の画像が残っていた。


リゼは目を見開き、首を横に振る。


「そんなの、知らない!」


「私ジャスクの3人を探しに来たのよ」


「じゃあ……誰が」


ユウの胸に疑念が渦巻く。悪戯にしては重すぎる。偶然にしては出来すぎている。


その時だった。

空気が低く唸りを上げ、周囲の靄が裂けるように揺らめいた。



光のない影が膨れ上がり、そこから人の形をしたモヤが現れた。


「…ッ!」


クラヴァルが即座に剣を構える。


靄を裂いて現れた影は、能面のように無表情な顔を浮かべ、両腕を広げるように彼らを見下ろしていた。


ユウは思わず叫ぶ。


「あんた、誰だ!」


影は愉快そうに肩を揺らすと、調子外れの明るい声を放った。


「この異空間の主!」


「キミにメッセージを送ったグッド⭐︎ガイさ!」


「……!」ユウの背筋に冷たいものが走る。


リゼは一歩踏み出し、鋭く問いかけた。


「ジャスクのみんなはどこ!? ここに来ているはずでしょ!」


能面の口元だけがにやける。


「大丈夫♪」


「ちょ〜っと邪魔にならないように、別空間に留置させてもらってるだけさ♪」


クラヴァルが剣を突きつける。


「この黒い球の方が邪魔よ!」


「それも大丈夫⭐︎」


「処罰が終わったら、すぐ消えるよん⭐︎」


軽薄に笑う声が反響する。


ユウは耐えきれず声を張り上げた。


「だから…あんた、なんなんだ!」


その瞬間、影の声色が変わった。

冷たく、抑揚を削ぎ落とした声。


「本来の私には名前などない。矮小で下等な生物が、そもそも知覚できる存在ではないからだ」


ぞわりと鳥肌が立つ。

だが次の瞬間、また軽い調子に戻る。


「だから君の世界の、君の国のわかりやすい名前にしてみたんだ♪」


両手を広げ、舞台役者のように声を張り上げる。


「自己紹介するぜ!」


「俺の名前はTP!」


ユウは息を呑む。


「……TP?」


「そう!」


「タイムパトロールだよ!」


「お尋ね者の、城野ユウ!」



異様な声が響き渡り、空間がざわめく。


「…お尋ね者? ユウを馬鹿にして!」


クラヴァルの瞳に烈火のような光が宿る。次の瞬間、彼女は迷いなく踏み込み、剣を振り抜いた。


空間を裂く鋭い斬撃。続けざまに魔術の光が閃き、稲妻のように影を貫こうとする。


だが──。


「おっそ」


TPは一歩も動かない。ただ指先を軽く弾いた。

瞬間、クラヴァルの剣が弾き返され、彼女の体が弧を描いて宙を舞った。


「ぐ──っ!」


胸を穿つ冷たい衝撃。次の刹那、鮮血が空間に散った。


「クラヴァル!」


ユウの叫びが響く。

リゼは駆け寄り、震える手で治癒魔術を施した。


淡い光がクラヴァルに開いた穴を包む。だが、致命傷にはあまりにも無力だった。

血は止まらず、温もりは指先から失われていく。


「効かない…止まらない…!」


リゼの声は震え、額から汗が滴る。

ユウは必死に彼女の名を呼び続ける。


「クラヴァル! しっかりしろ!」


しかしクラヴァルの唇は青ざめ、目の焦点はゆらぎ始めていた。


血に濡れた手が、ユウの袖を掴んだ。

力は弱々しく、だが離すまいと必死だった。


「ユウ…」


掠れた声。唇が震え、言葉を繋ぐ。


「聞いて、ユウ…あなたが大好きな…の…」


ユウの胸を衝く痛み。


「何言ってるんだクラヴァル!」


「クラヴァルしっかりして!」


涙で声が震えた。


「俺も…好きだ…」


「だから目を閉じないで!クラヴァル!」


刹那、彼女の表情に微かな安堵が浮かんだ。

だが、その温もりは指先から零れ落ちていく。



背後でTPの笑い声が弾けた。


「ほら見たことか!」


「世界を渡るなどと摂理を歪めた代償だぁ!」


突然、声色が変わる。低く、重々しく、空間を震わせる響き。


「いいか城野くん。二つの世界が、君たちを起点に近づき過ぎている」


「とてつもないエネルギーの衝突が起こるだろう」


ユウとリゼは息を呑む。


「このままでは──対消滅」


「あちらも、こちらも、丸ごと消えてしまうのだよ」


その言葉が落ちた瞬間。


――ピシリ。


空間に、鋭いヒビが走った。


黒い闇を裂くように光が漏れ出し、亀裂は瞬く間に広がっていく。誰もが次に起きることを予想できず、ただその音に凍りついていた。

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