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異世界配信サービス -その一声で始まった。恋と戦い、そして世界を壊す物語-  作者: vincent_madder
第8章 それは配信を超えた物語 / the beginning

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第76話 さがしもの-4-

夜の街は、雨上がりの舗道にネオンが映えていた。


煌々と光る看板、電飾の瞬き──クラヴァルは物珍しそうに見上げ、足を止めるたびにユウを振り返る。


「ユウがデートに誘ってくれるなんて」


挑発的な笑み。


「この前の配信のお礼だと思ってよ」


ユウは肩をすくめ、視線を逸らす。


クラヴァルの銀髪が街灯を反射し、夜の雑踏の中でも異彩を放っていた。


通り過ぎる人々が思わず振り返るが、当人は気づかないふりで、光の粒に興味津々だ。


やがて二人は、裏通りの一角にある古びた暖簾の前に立った。


黄色地に黒文字で「ラーメン」とだけ記された暖簾が湿った風に揺れる。


ユウが暖簾を押し上げると──


店内に爆音のジャーマンメタルが響き渡っていた。ギターのリフが金属の塊のように叩きつけられ、狭い空間を震わせる。


「……呪歌? 戦の音楽?」


クラヴァルは眉をひそめて首をかしげる。


カウンターの奥で鍋を振っていた男が、煙の向こうで笑った。


「ようボウズ。女連れとは、見せつけてくれるじゃねえか」


ユウは慌てて両手を振る。


「そ、そんなんじゃないですよ! 彼女がラーメン食べたことないっていうので」


「いきなりインスパイア系とはスパルタだな」


帰還者は目を細め、鍋の蓋を鳴らしながら言う。


「まぁいい、待ってな」


油とスープの匂いが、音楽の轟音をも上書きして鼻をついた。ユウは息を呑み、クラヴァルはきらきらした瞳で厨房を覗き込んだ。



湯気を立てて置かれた丼から、醤油と脂の香りが立ちのぼる。


分厚いチャーシューと山盛りの野菜、その頂から溶け出す背脂がスープに煌めいていた。


「……っ!」


クラヴァルは顔を近づけ、目を輝かせた。


「この匂い、嗅いだだけで支配されそう」


ユウは思わず吹き出しそうになり、慌てて箸を割る。


「支配って……普通に“美味しそう”でいいだろ」


クラヴァルは初めて扱う割り箸にしばらく格闘したあと、ようやく麺を掬い上げた。

丼から立ち上る湯気とともに口へ運ぶ。


「──!」

一口で目を見開き、勢いよく啜りあげる。


「これ……すごい。絡みついて、逃げられない。口から喉まで“接続”されるみたい」


ユウはむせかけ、咳払いする。


「いやだから……普通に“美味しい”って言えよ」


クラヴァルは笑い、今度はスープをレンゲですくう。黄金色の液体を口に含み、しばらく目を閉じた。


「…全部、奪われる。体の奥に沈んでいって、残りを欲しがらせる。…これは危険な食べ物ね」


「危険って」


ユウは額を押さえ、ため息をついた。

隣で一心不乱に麺を啜る彼女を見ながら、自分は落ち着かず、ただ黙々と箸を進めるしかない。


カウンターの奥では、帰還者が黙々と追加の具を整えながら、ちらりと二人を観察していた。


爆音のリフが途切れるたび、箸とレンゲのぶつかる音が妙に鮮明に響いた。



クラヴァルは最後の一口まで迷いなく平らげ、レンゲを置いて満ち足りた笑みを浮かべた。


「こんな不思議な食べ物はじめて! おいしかったわ」


丼を空にしたクラヴァルは、満面の笑みを浮かべて言った。


カウンターの奥で片付けをしていた帰還者が、肩をすくめて応じる。


「ラーメン食ったことないなんて、人生損してるぞお嬢ちゃん」


クラヴァルは少し照れたように唇を尖らせ、肩をすくめた。


「失礼しちゃう。まだまだこれからなんだから」


そう言うと、彼女は真っ直ぐに手を差し出した。


「ごちそうさま」


帰還者はわずかに目を細め、苦笑を浮かべながらその手を取る。分厚く、硬い掌。だが同時に、不思議な温もりが伝わってきた。


──その瞬間。


クラヴァルの瞳がわずかに揺らぐ。

握った掌の甲に、淡く浮かび上がる陣の刻印があった。血流と呼応するように、淡く光を返す紋様。


(……母から聞いた。祖父の身体には数々の陣が彫ってあったって。魔素と会話するために必要だったって)


背筋を冷たいものが駆け抜ける。

「まさか……」心の奥で呟き、握る手が微かに震えた。


帰還者もまた、一瞬だけ息を呑み、目を丸くした。互いに気づいたのだ──この血に流れる響きが、決して無関係ではないことを。


クラヴァルはふと真顔になり、低く、かすれる声で呟いた。


「……父さんや母さんにも食べさせたかった」


その言葉に、帰還者はわずかに目を細める。


「……そうか」


短い一言。だがそこには重さと、何かを抱えた響きが宿っていた。


ユウは二人の様子を見守りながら、胸の奥に熱いものが込み上げるのを感じていた。


──ただの握手ではない。

そう直感して、息を詰めた。



勘定を済ませ、二人は暖簾を押し上げて外に出た。夜風が頬を撫で、さっきまでの熱気を洗い流していく。


「ボウズ!」


背後から声が飛んだ。


振り返りかけたユウの目に、戸口に立つ帰還者の姿が映る。爆音のジャーマンメタルを背に、彼は暖簾を押さえながら声を張った。


「恩に着る!」


「お嬢ちゃん! ……いつでも来てくれ」


その声音はわずかに揺れていた。


ユウはほんの一瞬だけ言葉を返そうとしたが、口を閉じ、静かに前を向く。代わりに歩みを進め、隣のクラヴァルと肩を並べた。


街灯が灯る夜道。

クラヴァルはしばし黙って歩き、やがて小さな声を零す。


「……ユウ、ありがとう」


ユウは返事をしなかった。


ただ隣に歩調を合わせ、影を寄り添わせる。

街灯の下に重なった二人の影は、ひとつに見えるほど近かった。

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