表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界配信サービス  作者: vincent_madder
第7章 失われた代償 / Price-Cost

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/101

第65話 Way of (twinkle)future

砂漠での死闘から数日。


リゼは大都市アヴラスの一角に滞在していた。


整った宿の部屋、食事も欠かさず届く。だが、それが誰の采配によるものか、彼女は知らない。


──クラヴァルが裏で手を回していることを。


「……人が、多い」


石畳を踏みしめながら市場を歩くたび、胸の奥がざわついた。砂漠の孤独とは違う。雑踏のざわめきに、逆に自分が浮いてしまう。


ナズも、ハナラも、ロアもここにはいない。


剣を腰に下げながら、リゼは人の波に飲み込まれないよう足を止めた。


「ユウ……」


無意識に、唇からその名がこぼれる。


一度結ばれたのに、離ればなれ。次はいつ会えるのかも分からない。その不安が、大都市の喧噪の中でいっそう濃く胸に沈んでいく。


小さく拳を握りしめる。


「会いたい」──ただその想いだけが、彼女の支えだった。


人のざわめきに足を止め、胸の奥でユウの名を呟いた瞬間だった。空気がふっと震えた。


視界の端に、光の継ぎ目のような裂け目が浮かび上がる。そこから滲み出す、懐かしい気配。


「……え?」


リゼが目を見開いた時、光の中から少年の影が踏み出した。スマホを片手に、荒い息をつきながら、それでもまっすぐにリゼを見つめる顔。


「……ユウ!」


叫ぶより先に、身体が動いていた。リゼは駆け寄り、その胸に飛び込む。ユウも驚きながら腕を広げ、彼女を強く抱きしめ返した。


「遅れて……ごめん」


「……ほんとに、来てくれたんだ」


瞳の端から涙が零れ落ち、ユウのシャツに染みていく。彼はそっと髪を撫で、耳元で囁いた。


「会いたかったよ」


胸に広がる温もりに、リゼは力が抜けるほどの安堵を覚えた。市場のざわめきも、街の喧噪も、今はもう遠い。


世界に残されたのは、ユウの声と抱擁だけだった。


「ここじゃ……落ち着けないな」


ユウが耳元で囁くと、リゼは名残惜しそうに彼の胸から顔を上げた。


「どこか、二人だけになれる場所……」


「なら、一緒に戻ろう」


ユウはリゼの手を握り、その掌に意識を集中させる。バインドの力が脈打ち、指先から光が走った。


「ユウ……?」


「大丈夫。君となら、扉は開ける」


目の前の景色が変わり二人は歩みを進める。

次に足元を踏みしめたとき、そこはアヴラスではなく、懐かしい都市の広場だった。


「……戻ってきた」


リゼの瞳が大きく揺れる。


見慣れた石畳、街角の香り。一度は離れたこの場所に、ユウと共に立っている。彼女は握られた手に力を込め、胸の奥から笑みが溢れた。


「ユウがいてくれるなら、どこにだって帰れる」


「そうだよ。リゼと一緒なら、きっと」


二人は互いに見つめ合い、繋いだ手を離さずに歩き出した。もうその温もりを手放すつもりはなかった。



人で賑わう市場の通りに、二人の足音が並んだ。


ユウはきょろきょろと露店を見回し、リゼは横で小さく笑っている。


「うわ……焼いてるの全部肉じゃん」


「串に刺すと何でもおいしそうに見えるの、不思議ね」


リゼは屋台で買った串焼きを口に運び、目を丸くした。


「ん……! 熱い、けど……おいしい!」


「ははっ、猫舌のくせに勢いよすぎ」


ユウも一口かじり、口の端を火傷しそうになって慌てる。リゼは思わず吹き出し、肩を震わせた。


「ほら、私のこと笑えないでしょ?」


「……リゼに笑われるのは、別にいいかも」


リゼの頬が赤く染まり、視線を逸らす。


市場のざわめきに紛れて、二人の距離はまた少し近づいていった。果物の露店で、リゼが真っ赤な実を指さす。


「これ、ユウも食べてみて」


「あーんってするの?」


「な、なによその言い方っ……! ……あ、あーん」


慌てて差し出すリゼの手。

ユウは照れ隠しの笑みを浮かべながら、そっと口に含んだ。


「……甘い」


「そ、そう。……よかった」


その瞬間、後ろから駆けてきた子どもが二人の間をすり抜け、リゼが体勢を崩す。ユウはとっさに手を取った。そのまま指が絡まり、互いの掌がぴたりと重なる。


「……あ」


「……」


市場の喧騒の中で、二人だけの空気がゆっくりと育っていく。



森の奥にひっそりと佇む小屋。

扉を閉めた瞬間、外のざわめきはすべて消えた。


「ここなら……誰にも邪魔されない」


リゼの声は小さく、それでいてどこか震えていた。ユウは頷き、彼女をそっと抱き寄せる。


最初の口づけは触れるだけ。だが一度離れた唇は、すぐにまた求め合うように重なった。


「ユウ……」


「リゼ……」


名前を呼ぶたび、互いの想いが募っていく。

抱きしめた腕に力がこもり、息遣いが近づく。


やがて震える指先が、布の端をそっと掴んだ。

ためらいと熱が入り混じり、ゆっくりと衣服を外していく。


一枚、また一枚。


素肌に触れるたびに、鼓動が重なり合い、熱が溶け合う。視線が絡み、唇が再び吸い寄せられるように結ばれる。


離れることができず、何度も、深く。

まるで互いの存在を確かめ尽くすかのように、口づけは甘く激しく重なっていった。


「もう……離さない」


「離れたくない……」


小屋の中には、二人の吐息と鼓動だけが満ちていた。



世界は狭く、温もりだけで完結していた。


小屋の窓から差し込む光が、ゆっくりと傾いていく。外はもう夕暮れ。橙に染まる光が、二人の影を長く伸ばしていた。


リゼはまだユウの肩に頬を寄せていた。

熱の余韻に包まれ、指先は彼の背中を離そうとしない。


「……ユウ、また帰っちゃうの?」


寂しげな問いかけに、ユウは苦笑しながらも、彼女の髪を撫でた。


「まだやることがある…必ずまた来る」


「……約束」


「約束だ」


二人は最後にもう一度、静かに唇を重ねる。

今度の口づけは甘さよりも、確かな誓いのように深く。


小屋を出て、ユウの前の空間が口を開ける。

あの二人の世界を繋いだフレームのような青白い光。


「……!」


リゼはその手を離すまいと握りしめた。

ユウは微笑み、握り返す力を残して囁いた。


「リゼ、待ってて」


「……待ってる」


光が弾け、温もりが消える。

小屋に残されたのは、リゼひとり。

けれど、彼女の胸には確かに刻まれていた。


──もう一人じゃない。


また必ず、彼は戻ってくる。


その確信を抱きながら、リゼは静かに目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ