表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界配信サービス  作者: vincent_madder
第7章 失われた代償 / Price-Cost
63/93

第63話 片鱗

汗の冷たさで目を覚ました。


ベッドに沈んだまま、天井の木目をじっと見つめる。三日前の光景が、まだ掌に焼き付いて離れない。


砂漠に迫った牙。閃光。爆ぜ飛んだ影。

そして――リゼの声。


「ユウ…ありがとう…」


涙に滲むあの表情を思い出すだけで、胸の奥が熱くなる。あの瞬間、自分は確かに守れた。バインドで掴んだ衛星を異世界に引き込み、弾道ミサイルを撃ち込んで。


どれほどの反動に苛まれようと、その一言がすべてを肯定していた。


けれど今、その衛星はもうない。


現実世界に戻し、墜とした。真宮先生の言葉に従うしかなかった。延命策という意味の本質はわからなかったが、そうするしかなかった。


守る力のはずが、壊す力として突きつけられる。矛盾に胸が裂けそうだった。


ユウは目を閉じる。


「俺は…何をしたんだ」


呟いた声は、自分でも聞き取れないほど掠れていた。


世界を守ったのか、壊したのか。リゼを救ったのか、ただ偶然を繋いだだけなのか。考えるたびに答えは揺れ、やがて喉の奥に苦い味を残す。


それでも――彼女と結ばれた幸福だけは確かに残っている。あの日、互いに触れ、誓い合った温もり。それがあるからこそ怖い。


もう二度と、失いたくない。


守る力を持たない自分には、その幸福を維持できない。そう思った途端、視界が暗く狭まっていく。


なら、どうする。答えは簡単だった。


この世界を捨てればいい。


学校も家族も全部、放り出してしまえばいい。異世界で彼女と生きればいい。食べ物も、住む場所も、必要なものはバインドで用意すればいい。


力が壊すしかないものなら、壊す先を選べばいい。


布団を握り締める手に、じわりと汗がにじんだ。


「そうだ…俺は、リゼさえ守れれば」


その独白は祈りのようでいて、どこか歪んでいた。守ることと壊すことが重なり合い、正しさも間違いも曖昧に溶けていく。


胸の奥で膨れあがるのはただ一つ、失うことへの恐怖だった。



森の空気は冷たく湿っていた。枝葉の隙間から差す光が地面をまだらに染める。その中心で、リゼは剣を構え、深く息を吸った。


「……間に合わなきゃ、意味がない」


頭の中では分かっている。


意識を速め、相手の動きに“気づく”ことはできる。けれど、それだけでは守れない。身体が追いつかなければ、結局ただ見ているだけになる。


「もっと…早く」


意識を沈め、術式で体外の魔素を体内へ必要以上に取り込む。思考が速まる。


木々の揺れ、落ちる枝の角度、すべてが一度に見える。だが足はもつれ、膝を地面にぶつけた。


「ッ…!」


立ち上がろうとした瞬間、吐き気が込み上げ、喉を押さえる。息が乱れ、肩が震えた。思考だけが先走り、身体は遅れてついてくる。


それでも剣を振る。だが刃は空を切り、狙った枝に届かない。苛立ちに唇を噛み、悔しさに涙が滲む。


「わかってるのに……できない……!」


転倒と失敗を繰り返すうち、傷だらけになっていく。額から流れる汗が視界を曇らせ、膝や掌に小さな切り傷が増える。


肺が焼けるように痛むのに、足を止められない。


「ユウ……」


思わず声が漏れる。


胸の奥に響くのは、あの日の気づきだった。

――「届けば、守れる」

その言葉を繰り返すたび、歯を食いしばって立ち上がる。


「……これを……私の力にする」


ふらつく体を無理やり支えながら、リゼは小さく呟いた。守るために必要なのは、誰よりも速く動くこと。遅れを断ち切る力。


「そう…これを私の…特技にするんだ」


「名前は…ライトニング


名を与えた瞬間、胸の奥で何かがはじける。剣を握る手に、わずかな光が集まった気がした。


もちろんまだ未熟だ。視界は揺れ、吐き気が喉を焼く。身体は追いつかず、ただ反動だけが残る。


それでも――確かに一歩進んだ。

言葉にしたことで、この発想はただの試行錯誤ではなく、自分の特技として形を持った。


「……負けない。これがあれば、零さないで済む…」


掠れた声は、涙と土に濡れた頬を震わせながらも、決して折れない響きを宿していた。


傷だらけの手を握りしめ、リゼは荒い息を吐いた。


額から垂れた汗が土に落ち、頬には涙と泥の筋が残っている。膝も掌も擦り切れて痛む。吐き気に喉が震え、足は痙攣でうまく立たない。


それでも、倒れるわけにはいかなかった。


「…これが…《ライトニング》」


自分で名を与えた言葉をもう一度口にする。


声は掠れ、震えていたが、そこには確かな誓いが宿っていた。遅れなければ、守れる。たとえ今は未熟でも、この力を必ずものにする。


リゼは剣を杖にして立ち上がる。爪が割れて血の滲む手で柄を握り、歯を食いしばった。胸の奥で熱が脈打ち、拳を強く握り込む。


その瞬間、指先にかすかな光が宿った。


ほんの小さな火花のような明滅。力と呼ぶにはあまりにも弱く、次の瞬間には消えそうな儚さ。だが確かにそこにあった。


「絶対に…届くんだから」


声は掠れ、涙に濡れた顔は土で汚れていた。それでも目の奥には、揺るがぬ光があった。



同じ頃、別の場所でユウはベッドに沈み込みながら独白していた。


「…全部捨てても、俺が全部引き受ける」


その声は危うく、狂気の淵に寄り添っていた。


守るために力を求める少女と、守るためにすべてを捨てようとする少年。


二人の決意は、互いに知らぬまま、静かに重なり合っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ