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異世界配信サービス  作者: vincent_madder
第7章 失われた代償 / Price-Cost
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第61話 Fuel

分厚いカーテンで外光を遮った会議室に、二国の旗が静かに並んでいた。


重苦しい空気を裂くように、大使の声が響く。


「我が国の衛星サテライトが一機、消息を断ちました」


向かい合う大臣は、書類に目を落としたまま小さくうなずいた。


「衛星ロスト。公にはなりませんが、デブリがこんなに多いのでは、よくある話のひとつですな」


「…そう、よくある話です」


大使は口元に笑みを貼りつける。だが瞳は冷えていた。


「ところで大臣、EWSという配信サービスをご存知ですかな?」


「お恥ずかしながら、名前くらいは。家内が夢中でしてな」


大使は懐から一枚の写真を取り出す。


「実はそのロストした衛星、非公式ながら兵装しておりまして。──EWSの配信に、こんなものが映っていたのです」


写真に映るのは、火光に包まれる弾頭。

弾着の瞬間。大臣は一瞬だけ目を細めた。


「これは装備した長距離弾道ミサイル(ICBM)と同型なのです」


「…こんな本当か偽物かわからない画像を、信じると?」


「非常に手の込んだディープフェイクだと思いたい。だが、タイミングが揃いすぎています」


「仮にすべてが真実だとして、貴国の要望は?」


「衛星の返還と情報の開示です」


大臣は口の端をわずかに上げた。


「一企業ですよ? 新興著しいIT企業。ファンドを組めば衛星の一つ二つ、容易く用意できるでしょう。盗んだとは考えづらい」


「返還に応じられぬなら、自国で回収に向かう。──異世界に渡る手段の提供を願いたい」


一瞬、沈黙が落ちる。

大臣は目を伏せ、心のうちで呟く。(やはり本音はそこか。領土が欲しいだけだ)


「いかがでしょうか、融通いただけますかな?」


「EWSについては報告を受けています。しかし世界を渡る技術など、確立しておりません」


大使は声を荒げる。


「ならば、なぜ衛星が異世界に渡ったのか!」


「我が国は衛星が兵装していることに関知せず、異世界の存在も認めておりません」


「その画像にあるICBM(弾道ミサイル)が貴国の軍需企業製との確証も、ありませんな」


「大臣……!」


「いいじゃありませんか」


「現実世界で誰かの非難を浴びることなく、貴国の企業の兵器性能を知らしめられたのですから」


大使は椅子をきしませて立ち上がった。


「……今日はこれで引き下がります。またお伺いしましょう」


扉が閉まると、大臣は重く息を吐いた。


「まったく厄介なことになった」


「…EWSを説明できる者を呼び出せ。役職も肩書もいらん」


「統合幕僚部にも連絡を。使える人間をよこしてくれ」



脅威に弾道ミサイルが直撃した頃のEWS監視ルーム。


「なんだよこれ……なんなんだよこれは!」


オペレーターの叫びに、フロア全体がざわめく。


「魔術の類なのか……?」


別のオペレーターが汗を拭いながら映像を巻き戻す。


「再生速度を落として。もう一度」


スクリーンに、空を裂く閃光。尾を引く炎。


「ウソ……なにこれ」


また別のオペレーターが息を呑む。


「ミサイル…だよな、これ」


「有り得ない……だが存在してるから映ってる」


そこへ、鋭い声が響く。


「現在アクティブなチャンネルは?」


振り向くと、真宮カオリが立っていた。


「…約1,200です」


「すべての配信レンズを強制コントロール。屋外映像を上空に向けなさい」


「え、でも視聴者に不自然な──」


「かまわない。ミサイルの弾道跡を探すの。見つけ次第、軌跡をシミュレートして発射位置を割り出して」


「……了解!」


数十台のモニターに、空を切り取った映像が並んだ。オペレーターの指が忙しく端末を叩く。


「シミュレート結果出ました!…これは…!」


「宇宙域…だと?」


結果を見たオペレーターが目を見開く。

真宮は冷静に指示を続ける。


「可能性から潰すわよ。想定する宇宙域に観測点生成を。魔素があれば開くはず」


「反応あり! 展開、出力開始!」


──メインディスプレイに、軌道上を漂う巨大な機影が映し出された。

フロアがどよめく。


「衛星…! いや…衛星軌道兵器…」


「こんなもの、異世界に残したら…オーパーツどころじゃない!」


真宮は息を詰め、画面を凝視していた。額に冷や汗が流れ落ちる。


「……記録を保全しなさい。絶対に失わせないで」



数時間後、EWS本社の役員室。重厚な扉が閉じられ、室内には数名の重役が集っていた。


「真宮先生」


呼び入れられた彼女は緊張を隠せないまま会釈する。


「政府から正式な要請があった。──君に霞が関へ行ってもらいたい」


「…私が、ですか?」


役員の一人が頷く。


「現場を把握しているのは君しかいない。彼らが求めているのは役職でも学者でもない。“EWSを説明できる人間”だ」


沈黙のあと、真宮は小さく答えた。


「……承知しました」


窓の外に広がる東京のビル群。

彼女は胸の奥に重くのしかかる責任を抱えながら、その中心に聳える霞が関を見上げた。


──そこが、すべての火種を飲み込もうとしている場所だった。

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