第46話 途切れを繋ぐもの
「…って事は〜あれだね、その蔵前だっけ?」
重い沈黙を破ったのは、大臣の声だった。
「クラヴァルです、大臣」
官僚が即座に訂正する。
霞ヶ関の一角。
分厚いカーテンで外光を遮った会議室には、重苦しい空気が漂っていた。
長机の上にはEWSの観測データが並び、壁一面のスクリーンにはクラヴァルの映像が映し出されている。
「そうそう、そのクラヴァル。その対象をあれだよ、burnすればいいんじゃないの」
「BANです、大臣。……システムから遮断する、という意味で」
かすかな失笑が広がり、すぐに掻き消えた。
誰も冗談に乗る余裕はない。
クラヴァルの配信は、確かにこちら側を“感知”している痕跡を残していた。
「……ふむ。それで?こちら側を感知しているのだろう?」
「繋がりを断ってしまえば、逆探みたいなことはできないんじゃないのか?」
「もちろんプランの一つです。ただし――最悪の事態も考慮しております」
官僚の声は固く、言葉を選んでいた。
スクリーンの中でクラヴァルの瞳がどこかを睨むたび、室内の視線が落ち着かなく揺れる。
「EWS、見させてもらったよ」
大臣が組んだ指を机に置き、静かに続ける。
「向こうの世界と、技術革新がまるで違う。そして各個人の力が凄まじい。……だが所詮は“個”だ」
一拍置かれる。重苦しい沈黙。
「先の大戦で、なぜ我が国が敗れたのか。わからないわけではないだろう」
「大臣……?」
官僚が促すように問いかける。
大臣はゆっくりと背筋を伸ばし、椅子に凭れた。
「分かっている。君ィ、自衛隊に作戦立案を要請してくれ」
「かしこまりました」
秘書の短い返事が室内に落ち、再び重苦しい沈黙が広がる。
♢
静まり返った部屋。
机の上には開きかけの教科書と、差し込んだままの充電ケーブル。
ベッドに仰向けになったユウは、天井を見つめながらスマホを握っていた。
EWSのアプリを開く。
リゼのチャンネルに更新はない。
小さく吐き出した声は、部屋の中にすぐ吸い込まれて消えた。掌にはまだ、リゼの体温の記憶が残っている。
その温もりを確かめようと指を握りしめるたび、余計に胸が痛んだ。
ベッドサイドに置いたスマホが震えた。
校内連絡ではない。見慣れない個人のアドレスから届いた一通のメッセージ。
──[明日、話せます。会わせたい人がいます]
時間と場所だけが、淡々と記されていた。送信者は真宮先生。
ユウは眉を寄せ、しばし画面を凝視する。
信じる根拠は薄い。
けれど──授業で見せる眼差し、昨日の言葉、嘘ではなかった気がする。
(……信じていいのか。いや……信じたいんだ、俺は)
息を吐き、スマホを胸に抱いた。
暗い天井を見つめながら、心にただひとつ願いを刻む。
──必ず、またあの場所へ。
♢
放課後、人気の少ない路地裏。
夕暮れの街に紛れるように歩くと、壁際に立つ人影があった。
「城野」
振り向けば真宮先生。
周囲を確かめ、低い声で言う。
「校内では話せません。」
「今夜、指定の場所へ。…会わせたい人がいます」
ユウは一歩近づき、問いを投げた。
「その人は…敵ですか。味方ですか」
真宮は一瞬だけ目を伏せ、それから冷ややかな調子で答えた。
「あなたの問いに、答えを持ちうる人です」
それ以上は語らなかった。
ユウは小さく頷き、歩き出す。
♢
夜の街の一角に、場違いなほど古びた暖簾がかかっている小さなラーメン屋がある。
ユウは立ち止まり、喉を鳴らした。
真宮に指定された場所は、どう見てもただの飲食店。
だが、店内からは爆音のジャーマンメタルが漏れ出していた。
「……ここ?」
暖簾をくぐると、油の匂いとスープの湯気、そして金属的な音が一気に押し寄せてきた。
狭い店内、カウンターには真宮以外の客の姿はなく、厨房に立つ男がひとり。
その時、ユウのポケットが震えた。
画面には《クラヴァル 配信開始》の通知。
一瞬、背筋に冷たいものが走る。
まるでタイミングを合わせたかのようなその通知。
「紹介します。……“帰還者”です」
男は無言で鍋をかき混ぜ、やがて顔を上げた。
ギラリと光る眼差しがユウを射抜く。
「ずいぶん、面白い客を連れてきたな」




