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異世界配信サービス  作者: vincent_madder
第5章 箱庭の花園 / Secret Garden

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第45話 巡り合わせ-2-

ギルドで薬草を納品した後、ふたりは宿へ戻っていた。


窓の外では、夕餉の支度を知らせる鐘が鳴り、街は次第に夜の色を帯びていく。


部屋の机には報酬の銀貨が小袋に入ったまま置かれていた。


ユウは袋を弄びながら、どこか落ち着かない心持ちで天井を仰ぐ。


「……お金って、本当にこうやって手に入るんだな」


独り言のような呟き。

リゼはベッドに腰を下ろし、剣を鞘ごと壁に立て掛ける。


「依頼を受けて、働いて、報酬をもらう。それだけのこと」


「それだけ、か……」


言葉を繰り返しながら、ユウは拳を握る。


この世界に来て、初めて自分の手で“得た”報酬。

けれど胸の奥には安堵と同時に、重苦しい予感がまとわりついていた。


「リゼ」


「なに?」


「……俺、このままこっちで暮らせるのかな」


唐突な問いに、リゼは一瞬言葉を失った。

そして、少しだけ寂しげに笑う。


「暮らせるかどうかじゃない。……一緒に生きられるかどうか、でしょ?」


その声は静かで、真っ直ぐで、けれどどこか切実だった。ユウの胸がちくりと痛む。

外では、夜のざわめきが次第に大きくなっていた。


それは突然。

ユウの身体が、ふっと沈んだ。


「……え?」


椅子に腰をかけていたはずなのに、足元の床が感じられない。体が鉛のように重くなり、指先から感覚が抜け落ちていく。


「ユウ?」


向かいに座っていたリゼが眉を寄せ、すぐに立ち上がった。椅子がきしむ音より早く、彼女の手が肩を掴む。


「……ユウ、どうしたの!」


声をかけられても、返事ができなかった。喉が動かない。


白い光が身体の隅から滲み出し、輪郭を侵していく。光は柔らかいはずなのに、足元を絡め取る鎖のようで、抗えば抗うほど引きずられる感覚が強くなる。


「やだ……!」


リゼの声が震える。腕が必死に背中を抱きとめる。


「行かないで! ここにいて!」


だが、力が抜けていく。手も足も、もう動かせない。リゼの体温だけが鮮明に感じられるのに、その温もりを握り返すことすらできなかった。


──俺のせいだ。


胸の奥で言葉にならない声が響く。


リゼを危険に巻き込んだ。クラヴァルに名を呼ばれ、炎上し、狙われて。結局すべては、自分が関わったから。


「俺が……いるから……」


掠れた声がようやく漏れた。罪悪感が喉を塞ぐ。


「違う!」


リゼは首を振る。頬が涙で濡れていた。


「あなたがいるから、私はここまで来れたの!だから……だから消えないで!」


必死の叫びに、光はさらに強さを増す。

視界が白に覆われ、耳鳴りが鼓動を塗りつぶす。

ユウは必死に目を開いた。


白い光は、ますます強くなっていく。


ユウは必死に腕を持ち上げようとした。けれど、重さに逆らえず、リゼの背に回そうとした手は空を掴むように震えるだけだった。


「……一度、戻る」


やっと声が漏れた。喉の奥が焼けるように痛む。


「でも……また来るから」


リゼの目が大きく揺れる。


「いや……いやだ!」


彼女はその胸に顔を押し付け、縋るように叫んだ。


「一緒にいたい!離れたくない!」


ユウの胸が締めつけられる。涙混じりの声が、耳の奥に突き刺さる。


彼女を苦しめるためにここに来たわけじゃないのに。守りたくて、傍にいたくて、それだけだったのに。


「リゼ……」


震える手をなんとか持ち上げ、彼女の背を抱き締めた。力はこもらない。けれど、その温もりを離したくなくて。


「待ってて。必ず、戻る」


「……ユウ……!」


声が涙で濡れる。リゼの頬からぽろぽろと雫が落ち、ユウの頬を濡らした。熱い。胸の奥に刻まれる。


「信じてる……」


リゼは息を詰まらせながらも必死に言った。


「だから、絶対に……!」


ユウの喉が震える。光がさらに濃くなり、二人を引き裂こうとする。リゼの腕に力がこもるが、もう抗えない。


「リゼ…」


「ユウッ!」


互いの名前を叫ぶ声が、光に呑み込まれていく。

最後に感じたのは、彼女の髪の匂いと、濡れた涙の温度。そして、強すぎるほどの愛しさだった。


光は爆ぜるように弾け、ユウの身体を呑み込んだ。

──その瞬間、リゼの腕は空を抱いていた。



視界が白に塗りつぶされ、音も匂いも奪われた。

重さも痛みもなく、ただ宙に浮かぶような感覚。


次にまぶたを開けたとき、そこにあったのは木の壁でも干し草でもなかった。


「……え」


自分の部屋の天井。


白い壁紙の模様、机の上に積みっぱなしの教科書、ポスターの隅がめくれ上がっている。


耳を澄ませば、窓の外からはいつもの街のざわめき。車の走る音さえ届いてきた。


ベッドが軋み、背中に馴染んだ布団の柔らかさを感じる。


ユウは目を見開き、額に手を当てた。


「……帰ってきた、のか」


ポケットから充電切れのスマホを取り出す。ケーブルを挿して起動させる。画面をつけると、そこにはただのホーム画面。


特に変わったところはなく、EWSアプリのアイコンもそこにあった。


さっきまで繋がっていた“向こう”は、跡形もなく消えていた。胸の奥に、重たい喪失感が広がっていく。


──リゼの声。


──リゼの涙。


──腕に抱いた温もり。


すべてが確かにあった。それなのに、いまここには何も残っていない。ユウは顔を覆い、布団に崩れ落ちた。


指先にまだ残る体温の記憶が、逆に胸を締め上げる。


「……リゼ」


その名前を呼んでも、返事は返ってこない。

静まり返った部屋には、時計の秒針だけがやけに大きく響いていた。



翌朝の教室。


久しぶりに顔を出したユウに、ざわめきが一斉に集まった。数日ぶりの登校。机に座るだけで、周囲の視線が妙に重い。


「お前、体調悪かったんだろ? 大丈夫かよ」


前の席の男子が振り返り、半分からかうように声をかけてくる。


「……ああ、大丈夫」


ユウは笑みを作ったが、声は少し掠れていた。

春川が眉を寄せ、机の端を軽く叩く。


「マジで心配したんだぞ。三日も休むとか、らしくないだろ」


「……ごめん」


そう返した瞬間、胸の奥がじわりと痛んだ。リゼと別れた後の空白が、現実の“病欠”としてしか説明できないことが苦しかった。


休み時間になると、数人のクラスメイトが近づき、ひそひそ声が飛ぶ。


「なあ、“ユウ”ってさ、この前の配信のやつじゃ……」


「ばーか、同じ名前ってだけだろ。アイツがそんな大層なわけ……」


笑い交じりの会話はすぐに逸れたが、耳に刺さる。春川が机にスマホを置き、声を潜めるように話しかけてきた。


「なあ、昨日ニュースで見たんだけど……軌道衛星の話、知ってるか?」


「知らない」


ユウは素っ気なく返す。


「なんかさ、通信用の衛星ってあるじゃん? あれが実は内緒で兵装してて、軌道兵器なんじゃないかって話」


「そんなことある?」


「それがさ、某国側はノーコメント。当局は“一切関知してません”ってやつ」


「……」


「だから日本の重工系の衛星も、もしかしてってやつ」


ユウはため息をつき、わざと肩をすくめて言った。


「配信に飽きたら、都市伝説に夢中か?」


春川はにやりと笑った。


「まあな。でも火のないところに煙は立たないって言うだろ?」



放課後。


「城野、少し」


廊下で呼び止められた声に振り向くと、真宮先生が立っていた。


準備室に入り、扉が閉まる。

先生はしばらく黙ってから、低い声で言った。


「あなたが──異世界に渡ったこと、私は知っています」


息が止まる。喉の奥が焼けつくように乾く。


「……先生は、いったい」


ようやく絞り出した声。

真宮は小さく首を振った。


「EWSの初期開発に携わっていました。私は研究者で、教師です。本来ならば、咎めて運営本部に突き出すべきでしょう」


「それでも──どうしても、あなたを応援してしまう」


「先生。リゼに会わなくては、1人で置いてきてしまったんです。別れだって突然」


「…会わせたい人がいます。今度時間をちょうだい」


感情を抑えた声色の奥で、立場と個人がせめぎ合っているのが伝わる。越えてはいけない一線を自覚しつつ、それでも後戻りできない。


ユウは目を伏せ、拳を握った。


信じていいのかはわからない。

けれど──あの言葉は確かに胸を支えた。


(……俺は必ず。またあの場所へ)

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