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異世界配信サービス  作者: vincent_madder
第5章 箱庭の花園 / Secret Garden

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第44話 異世界デビュー

薄明の光が小屋の隙間から差し込んでいた。


干し草の香りと、木の壁のひんやりとした匂いが混じり合い、静かな朝を告げている。


ユウは目を開けた。


最初に視界に映ったのは、乱れた毛布の中で眠るリゼの姿だった。


白い肌が月光の残り火のように淡く輝き、毛布からは肩から腰までなめらかに素肌がのぞいている。


「……ッ」


全身が熱を帯びる。慌てて顔を逸らすが、どうしても目が戻ってしまう。頭がクラクラして、心臓の鼓動がうるさいほど耳に響いた。


(やばい……落ち着け……)


ごそりと音を立てた拍子に、リゼが身じろぎした。目をうっすら開け、まだ夢の残滓をまとった声でユウを呼ぶ。


「ん……ユウ?」


その瞬間、毛布が少しずれ、胸元まで白い肌が露わになる。ユウは慌てて顔を覆った。


「な、なんでもない……」


「なにが“なんでもない”なの?」


リゼは眠たげな目のまま薄く笑った。


「だって……その……裸、見慣れてなくて……」


しどろもどろに口にすると、リゼは一拍置いて肩を揺らした。


「ふふ……なに言ってるの? もっとすごいところ、いっぱい見てるのに」


ユウは言葉を詰まらせ、耳まで真っ赤になる。

リゼは毛布を押しのけ、すっと立ち上がった。


その身体は一糸まとわぬまま、朝の光を浴びて浮かび上がる。


ユウの息が止まった。

だがリゼは気にも留めず、鞄を開け、衣服を一枚ずつ取り出す。


麻のシャツを頭からかぶり、布が滑るたびに肌が隠れていく。腰にズボンを引き上げ、革のベルトを締める。


最後に鎧の胸当てを装備し、腰に剣の鞘を下げると、すっかり冒険者の姿に戻っていた。


「ほら、もう起きて」


リゼは何事もなかったように言う。


「今日はギルドに行くんでしょ」


ユウは慌てて毛布から飛び出し、服を着直した。


まだ顔の熱は収まらない。


リゼの無頓着さと、自分の狼狽ぶりの落差に、さらに胸が騒いでいた。


小屋の外からは、鳥の声と森の風が混ざり合う。

その音に背中を押されるようにして、二人は支度を終えた。


──新しい一日が始まろうとしていた。



街に戻ると、朝の喧騒が広がっていた。


パンを焼く香ばしい匂い、行商の呼び声、石畳を叩く馬車の車輪──現実の重さが肌にまとわりつく。


ユウにとって、いまだすべてが新鮮で、どこを見ても「異世界に来た」という実感を更新させられた。


ギルドの扉を押し開けると、内部はすでに冒険者たちで賑わっていた。木製の掲示板には依頼の札が並び、受付前には列ができている。


酒場の奥では、昨夜の続きか大声で笑う者もいれば、椅子に突っ伏したまま眠る者もいる。


「さ、行こう」


リゼは慣れた様子で足を進め、掲示板の前に立った。ユウは人の熱気に気圧されながらも、後を追う。


「これにしよう」


リゼが手に取った札には『薬草採取・指定地の森』と書かれていた。


「薬草……」ユウは首を傾げる。


「戦闘じゃなくても大事な依頼。薬師や治療院が困るからね」


リゼは淡々と説明し、札を受付へ差し出す。


「ふたりで行くの?」


受付嬢が目を瞬かせる。


「はい」


リゼが頷く。


「……ふふ、仲良しね」


くすっと笑われ、ユウは耳まで赤くなった。


「ち、違……いや、違わないけど……」


「なに照れてるの」リゼが小声で突っつき、ユウは視線を逸らした。


依頼の受理を終えると、ふたりはギルドを出た。

街道を歩きながら、リゼは軽やかに言った。


「これならユウでも大丈夫。森に入って薬草を摘むだけ。少し危険な魔獣が出るかもしれないけど、私が守る」


「……ありがとう」


「だからユウは、ちゃんと見て覚えて」


「見て覚える?」


「冒険者の仕事を。いずれあなたがここに立つことになるなら、最初から教えてあげる」


真っ直ぐな眼差しに、ユウは胸を突かれた。

この世界で生きる未来を、彼女は当たり前のように語っている。


まだ実感を持てない自分との温度差に戸惑いながらも──不思議と嫌ではなかった。


森へと続く街道の先に、朝の光が差し込んでいる。


ふたりは並んで歩き出した。


──この日常が、ずっと続くように。

ユウはそう願わずにはいられなかった。



森の入り口は、朝の光に濡れた木々がしっとりと佇んでいた。


葉の間から滴る露がユウの肩に落ちるたび、ひやりとした感触が現実を突きつける。


「ここが指定地」


リゼは手にした依頼札を確認し、視線を奥へ向けた。木々は密集し、道はすぐに途切れて土の斜面に変わっていく。


「……なんか、雰囲気あるな」


「森はいつもこんなもの。油断しなければ大丈夫」


そう言いながら、リゼは腰のポーチから小さな布袋を取り出した。


「薬草をここに入れて。目印は──葉の縁が赤く染まってるやつ。根まで抜くと駄目だから、葉だけ摘むんだよ」


ユウは頷き、足元の草を探り始める。


「これ、かな……?」


指先で葉を摘み取る。縁が赤い。けれど、ぎこちない手つきで少し裂けてしまった。


「そうそう。……でも、もっと優しく」


リゼが後ろから手を添える。彼女の指がユウの手を包み込み、草を正しく摘み取らせる。


「こうやってね」


「……あ、うん」


彼女の声は淡々としているのに、体温が近すぎてユウの耳は真っ赤になった。


「大丈夫?」


リゼが覗き込む。


「だ、大丈夫」


「顔、赤いよ」


「……森が暑いから」


「ふふ」


リゼは小さく笑った。


やがて二人は袋を薬草で満たしていった。

風が木々を揺らし、鳥が枝を飛び移る音が響く。

戦いの緊張感ではなく、静かな作業が続いた。


「ユウ」


名前を呼ぶ声に振り返ると、リゼは空を仰いでいた。


「こうしてると、不思議。私、ずっと誰かと一緒に薬草を摘むなんて想像しなかった」


「……そうなの?」


「うん。いつも一人で、依頼をこなして。仲間がいても、結局は戦いばかりで」


言葉が途切れ、少し間を置いてから彼女は笑った。


「でも今は、違う」


その笑顔はどこか照れくさそうで、けれど誇らしげだった。


ユウの胸が熱を帯びる。

ここに来たこと、この時間を過ごしていることが、確かに意味を持ち始めていた。


「……リゼ」


言葉を探したが、続きは出てこなかった。

リゼは首を傾げただけで、何も言わなかった。


森の奥で薬草を摘み続けるうちに、袋はじゅうぶんに膨らんでいた。


ユウは額の汗を拭い、深く息をついた。


「……結構、大変だな」


「ふふ。依頼って、みんなこんなものだよ」


リゼは袋を手に持ち、軽く振ってみせる。


「剣を振るうことばかりが冒険じゃない。むしろ、こういう地味なのが大半」


「なるほど……」


「ねえ、ユウ」


「ん?」


「こうして、ふたりで並んで歩いたり、働いたりするの……楽しい?」


唐突な問いに、ユウは少し戸惑った。けれど、すぐに頷いた。


「楽しいよ。すごく」


リゼの表情が和らぎ、胸に抱えていた袋を大事そうに抱きしめる。


「よかった。私も、楽しい」


短い沈黙が落ちた。

鳥の声と、風に揺れる枝葉の音が心地よく響く。


ユウはそっと口を開いた。


「なんかさ……こういう時間が続けばいいなって思う」


リゼは視線を伏せ、足元の草を軽く蹴った。


「……続くといいね」


その声は穏やかだったけれど、どこか遠い響きを含んでいた。


ユウは言葉を探したが、何も言えず、ただ隣を歩く彼女の横顔を見つめるしかなかった。


森の中で一陣の風が吹き抜け、袋の中の薬草がさらさらと鳴る。



森を抜け、街の屋根が見えてきた。

袋に収めた薬草の重みを肩に掛けながら、リゼは振り返る。


「ほら、もうすぐだよ」


額に汗を浮かべながら追いついたユウは、深く息をついた。


「……けっこう歩いたな」


「だから言ったでしょ。薬草採りって案外たいへんなんだって」


リゼが笑みをこぼす。

道の先に石畳が続き、門番の姿が見えてくる。


冒険者たちの往来も増え始め、街のざわめきが耳に届きはじめた。


──ただいま、と言える場所ができたみたいだ。

ユウの胸にそんな感覚が広がる。


「ユウ」


名を呼ばれて顔を上げると、リゼが真っ直ぐこちらを見ていた。


「……今日は楽しかった」


「え?」


「一緒に依頼に出て。すごく自然で……普通で。そういうの、久しぶり」


彼女の言葉に、ユウの心臓がひときわ強く鳴った。


普通。


画面越しにしか繋がれなかった自分にとって、その一言は何よりも重かった。


「俺も……楽しかったよ」


二人の声が重なった刹那、街の鐘が低く鳴った。

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