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異世界配信サービス -その一声で始まった。恋。戦。そして世界を壊す物語-  作者: vincent_madder
第4章 仮初の舞踏会 / Masquerade

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第39話 ヘンカクノトキ-3-

リゼの部屋の扉を、コンコンと叩く音が響いた。


夜の帳が落ちて久しい時間。客の訪ねてくるはずもない頃合い、リゼが声を掛けると不思議そうな顔をしたカヤが現れた。


「リゼ、外にすんごいキレイな娘が来てる。あんたを呼んで欲しいって、こんな時間にさ」


怪訝そうな声。けれど、その表情にはどこか圧倒された色も混じっていた。


リゼは胸の奥が冷たくなるのを感じた。


──来た。


「ありがとうカヤ。行くわ。」


意を決して、外へ足を踏み出す。


街灯の薄明かりに浮かんだのは、白銀の髪を揺らすクラヴァルだった。いつも舞台に立つ歌姫のように華やかなその姿は、夜気の中で異様な輝きを放っている。


リゼが声を発する前に、彼女がゆっくりと口を開いた。


「こんばんわぁ、リィゼェ〜」


偽りの笑みを貼り付けた声音は、甘いのにどこか歪んでいた。


「残念だけど時間切れ。私、これでも“国家戦力”なの。王様との約束の自由時間、ぜんぶ使っちゃった。彼を連れて帰りたかった」


悔しさを隠すように、唇の端がぴくりと吊り上がる。次の瞬間、その瞳は鋭く光った。


「……じゃあね」


背を翻しかけて、振り返る。


「次は──ユウを貰うわ!必ず!」


歪んだ笑みとともに吐き捨てるような宣言。

それは勝利宣言にも、呪詛にも似ていた。

リゼは声を詰まらせ、その背中を見送るしかなかった。


どこからともなく現れた。あれは従者だろうか。クラヴァルの隣に並ぶと、足元に光る陣が浮かび、二人の姿が消えた。


周囲に静けさが戻る。

──だが、その静寂は安堵ではなく、緊張を孕んでいた。リゼは拳を握りしめ、唇を噛む。


「……あの女、次はユウを……」


苛立ちが次第に露わになり、肩越しに部屋を振り返る。そこからは見えないユウの姿が、導火線のように胸の奥で火花を散らせていく。



宿の扉を閉めた途端、リゼの吐息が荒く漏れた。

肩を上下させ、手の甲で額を拭う。けれど冷や汗は止まらない。


「……ユウ」


その名を呼ぶ声は、震えと怒りがないまぜになっていた。ユウは机の前に座ったまま、言葉を探していた。


クラヴァルが残した最後の言葉が、頭から離れない。


──次はユウを貰うわ。必ず。


胸の奥が凍るような感覚に支配され、息をするのも重くなる。


「どうして……」


リゼが呟くように声を落とす。


「どうしてあなたは、あんな女に目を向けられるの」


「……俺が望んだわけじゃない」


ユウの声は低く、掠れていた。


「向こうから勝手に……」


「勝手に!?」リゼが食い気味に遮った。


「じゃあ、あなたは何も思ってないって言えるの?」


その瞳が鋭く光り、ユウを射抜く。胸の奥で燻っていた焦りと苛立ちが、言葉に形を変えて弾けた。


「そんなこと言って……後でクラヴァルのところへ行くんでしょ!? あの女、あなたを呼んでたじゃない!」


ユウは言葉を失った。否定しようとしたが、喉が詰まる。実際にクラヴァルの配信を見てしまった自分の記憶が、反論の力を奪っていく。


「違う……俺は……」


「違うなら、はっきり言って!」


リゼは机越しに詰め寄る。


「私より、あの女を選ぶのかどうか!」


言葉が鋭くぶつかり合い、部屋の空気が震えた。

フレームの光がかすかに揺れ、まるでその緊張を映し出しているかのようだった。


互いの声が荒ぶほどに、部屋の空気は熱を帯びていった。


フレームの光が軋むように揺れ、映像の枠が少しずつ広がっていく。


「ユウ……!」


「リゼ……!」


呼びかけ合う声は怒号に近く、感情の針が振り切れるたびにフレームが膨張した。


最初はただ画面が広がる程度だったものが、次第に壁を押しのけるように部屋いっぱいに拡張していく。


「どうして答えないの!?」


リゼの叫びが響いた瞬間、光がきしみを上げた。


ユウの心も荒ぶっていた。


言葉が出せない自分への苛立ちと、リゼの問いに答えられない罪悪感。そのすべてが混じり合って、視界の端が熱を帯びる。


「…ユウのバカァッ!」


リゼが衝動のまま、拳を振り下ろした。

いつものフレームなら“壁”で止まるかすり抜けるはずだった。


だが──鈍い衝撃とともに、ユウの胸にリゼの手のひらが触れた。


「……え」


一瞬、世界が止まる。


越えられないはずの境界を越えて、確かな温もりが伝わってきた。


ユウは咄嗟にその手を握り、引き寄せるようにしてリゼを抱き止めた。胸の奥に焼けつくような鼓動が重なり、二人の視線がぶつかる。


「……リゼ」


「ユウ……」


互いの名前だけが、やっと声になった。

怒りも苛立ちも消え、ただ触れ合った現実に飲まれる。


その次の瞬間、ユウの頭を鋭い痛みが貫いた。


「──ッ!!」


視界が白く弾け、意識が裂けるような苦痛が走る。ユウはリゼの肩に崩れ落ちた。


「ユウ!? どうしたの、しっかり!」


フレームが悲鳴を上げるように軋み、光が暴走する。まるで崩壊寸前の音を立てながら、部屋を震わせた。ユウの体温が腕の中で重くなる。


呼びかけても返事はなく、ただ苦しげな息だけがもれる。


「……ダメ、こんな──」


リゼは必死にユウを支えた。


フレームの光は暴走し、壁や床に不規則な紋様を浮かび上がらせている。ひび割れる鏡のように世界が軋み、いまにも破裂してしまいそうだった。


「ユウ……目を開けて!」


揺さぶっても反応は弱い。額に触れると、異様な熱が伝わってきた。その熱は病のものではない。まさに魔術の酷使の“反動”だった。


(このままじゃ……ユウが壊れる)


胸の奥に鋭い焦燥が突き刺さる。迷っている時間はなかった。リゼはユウを抱きしめるようにして、顔を伏せた。


「……ごめん。でも、もう迷わない」


そして彼の体を抱きかかえると、迷うことなくフレームへと足を踏み入れた。


安定を失ったフレームは、光が肌を焼くように弾け、視界が揺れる。


境界を越える感覚は、冷たい水に飛び込むよりも過酷で、骨まで軋むような圧力が全身を叩いた。


「──っ、ぁあ……!」


リゼは声を漏らしながらも、ユウを離さなかった。胸に抱えた温もりだけが、彼女を突き動かしていた。


次の瞬間、足元の感触が変わった。

見慣れた宿の部屋の床が、そこにあった。


──異世界側に、渡ったのだ。

同時に、背後で轟音が響いた。フレームが軋みを上げながら、強引に閉じていく。


「……っ!」


リゼは振り返った。だが、青白い光の残滓は一瞬で吸い込まれ、静寂に溶けた。


もう戻る道はない。

重い息を吐きながら、リゼはユウをベッドに横たえた。その顔を覗き込み、指先で髪を撫でる。


「……大丈夫。絶対に、守る」


決意の言葉は、自分に言い聞かせるようでもあった。


窓の外の夜風が吹き込み、薄いカーテンを揺らす。その音にさえ、異様な緊張が混じっているように聞こえた。


──彼は、もう異世界にいる。

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