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異世界配信サービス -その一声で始まった。恋と戦い、そして世界を壊す物語-  作者: vincent_madder
第3章 光と影の女たち / Goddess in the Doorway

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第21話 治癒とは怒りだッ!

──空が、裂けた。


黒雲を割って鉄塔のような大剣が突き立った。

脅威の背に。大地を穿つ質量。空気すら震える衝撃。


それは“降ってきた”のではない。叩き落とされたのだ。警告もなく。まるで天からの制裁のように──垂直に。


瞬間、地鳴りと衝撃が街を揺るがす。


刃は脅威の背に突き立ち、その巨体を前のめりに沈めさせる。舗道が裂け、石畳が噴き上がるように砕けた。声とともに、爆風が走る。


男の名は、ナズ・ガレヴァルド。


「遅くなったぜ、クソヤロウ!」


フードをはためかせながら歩いてくる少女、ハナラ・ミィク=トア。瓦礫の上で淡々とつぶやく。


「ナズの最大化に、No.66(ダブルシックス)を付与」


「自重と因子崩壊の重ね合わせだ。貫けないわけがない」


その言葉どおり脅威の外殻は砕けた。


金属のように硬い外殻がまるで紙のようにひしゃげる。ナズは崩れた瓦礫の上、剣を見上げもせずに前を向いた。


周囲で見ていた冒険者たちがどよめき、歓声を上げた。


「ジャスクが来た!」


「間に合った、助かったぞ!」


戦場が希望の色を取り戻していく。

脅威の背には刃が深く突き刺さり、巨体を沈黙させていた。


ただ、それでも完全には倒れていない。



脅威の動きは鈍ったまま──だが確実に息はある。巨大な腕が、まだ“何か”を握りしめていた。


「いた…!」


ナズが走る。


瓦礫を飛び越え、抉れた地面を蹴って、脅威の前腕に向かう。その拳の中にぐったりとした小柄な影──リゼが捕らわれていた。


ナズは腰からもう一振りの剣を引き抜く。一気に接近。巨腕の関節を見極め、一閃。


──肉を裂く音。

血ではない黒い霧のような体液が噴き出す。


リゼの身体が空中に解き放たれる。

だがそのまま落下する──


「間に合えよ…ッ!」


ナズが右腕で抱きとめる。

力を入れすぎないようそっと、だが確実に。

少女の体は熱を持ち、呼吸も浅い。


「ロアァ!!」


ナズの叫びが戦場に響いた。リゼを後方に運びながら、戦局を見据える。


呼ばれたロア・セフィ=ノルトは、僅かに表情を引き締めた。


「四の五の言ってられない。ホーリーグローリー、効果範囲は街全域で使用」


「あとは任せる」


そう言い放つと、ロアの手から複数の魔術陣が展開され、宙に幾重もの光輪が浮かび始める。ナズがそれを見て、剣を捨て拳を握り直す。


「治癒の効果を最大化する!」


「ハナラ、足止めを!」


「りょーかい、ナズくん」


ハナラが軽く指を鳴らした。飄々とした声に反して、瞳は鋭く輝いている。彼女が指を掲げながら氷のような声を発する。


「──そこのオマエ」


「なにしてくれてんのかわかってる?喰らえNo.30(サンマル)!」


詠唱とともに走る青い閃光。脅威の脚部に絡みつくような束縛が生じ、動きを止める。


ジャスクの連携が、ここに成立した。



スマホの画面に、眩い光が広がった。


治癒ホーリーグローリー


その名をユウは知らない。ただ映像越しに見えるリゼの肌が、髪が、血の気を取り戻していくのがはっきりと分かった。


リゼの目が、微かに開く。まだ意識は戻らない。それでも生きていると──そう画面越しに告げてくるようだった。


ユウの指が知らずスマホの縁を強く握っていた。


「…助けてくれてる…」


ナズ。ハナラ。ロア。


彼らの名も、顔も、性格もユウは知らない。リゼのそばにいる者たちが、今まさに命を懸けてあの子を、街を守ってくれている。


ただの視聴者だった自分の胸に、熱い感情が溢れる。


「…ありがとう。ジャスク」



眩い光が街全域に降り注ぎ、負傷した人たちが次々と起き上がる中──


ロアは治癒の光に包まれながら、ただひとり祈りを捧げていた。


「リゼも、皆もあとは大丈夫。さて──」


ロアが振り返る。


その瞳に、真っ赤な殺意が宿っていた。

怒りの感情が、全身から吹き出す。治癒の女神が、その姿を忘れた瞬間。


「てめええええええッ!!」


叫びと同時にロアが脅威に向かって突進する。


一撃。


拳が唸りを上げ、異形の巨体が宙に浮いた。

ナズが動揺し、叫ぶ。


「やっぱりだ!特技使い切ったな!?」


「ハナラ、防護結界!街が壊れちまう!」


「了解〜。No.73(ナナサン)展開」


結界が張られるのとほぼ同時。


ロアは叫びながら、異形を殴る、蹴る、踏みつける。これは魔術ではない。ただ剥き出しの暴力で叩き潰す。


「治癒とは浄化!治癒とは滅!治癒とは救世!治癒とは粛清!──治癒とはッ……怒りだあああああああああッ!!」


叫びとともに、最後の一撃。

脅威は断末魔もなく、粉砕され、煙の中に消えた。


耳をつんざく咆哮も、鉄と血が交じる音も、すべてが途絶えた。



静寂が街を覆う。


まだ燃え残る空気の中、倒れていた人たちがひとり、またひとりと立ち上がる。


傷は癒えていた。ロアの魔術が、確かに街全体を包んでいたのだ。


「…助かった…のか?」


「ジャスクが…来てくれたんだ…!」


歓喜の声がゆっくりと広がっていく。

泣き崩れる者、拳を握る者──それぞれが、生きていることを確かめ合うように。


その一部始終を、ひとりの少年が“こちら側”から見つめていた。


ユウの瞳に映るのは、フレーム越しの異世界。だが今、その映像は──まるで心臓の鼓動のように、生きていた。


スマホ越しではない。

そこに“誰か”が、確かに存在していた。


「…生きてて、よかった」


呟きはかすれ、喉の奥で震えながら、ようやく言葉になった。


ユウはただ画面に手を伸ばす。


リゼの姿が小さく、でもはっきりと映っていた。

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