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異世界配信サービス  作者: vincent_madder
第2章 境界線上のカタチ / Madonna Borderline
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第19話 ヘンカクノトキ-2-

あれから、ユウとリゼは何度か言葉を交わしている。それは偶然ではなく、呼べば応えるようになった──そんな風に日常に入り込んだ奇跡だ。


リゼが名前を呼び、ユウが応える。それだけで、通信は開いた。


最初は数秒、次は一分、三分──そして今では十分を超えてもフレームは安定している。その時間の伸びが、まるで“距離が縮まっている”ことの証のように思えた。


すべての時間を接続して過ごしているわけではない。


ユウは時にEWSの配信としてリゼを“観て”いた。画面の中で彼女が依頼を受け、街を歩き、街の外で剣を振るう姿をただ静かに見つめていた。


その時の彼女は、決してこちらに気づいている素振りはない。


だが、ふとした瞬間に立ち止まり、振り返るような視線を向けることがある。


それは「見られている」というより、「誰かの気配を感じた」ような動きだった。


リゼは、すでに回復していた。

数日をかけて体を慣らし、今では再び街の外の依頼にも出るようになっている。


かつてのように、ギルドの掲示板を睨みながら依頼を選び、装備を整えるその姿に迷いはなかった。


生活も安定してきたのか、特に短剣から長物の剣に武器が変わっていた。


一方、ユウも変わりつつあった。


以前は接続のたびに襲っていた頭痛や倦怠感は、今ではごくわずかに残る程度。日中も体は軽く、思考もはっきりしている。


学校でもふとしたことで笑えるようになった。

春川が何気なく放ったくだらない冗談に、小さく吹き出したとき──ユウ自身が、それに驚いていた。


まるで、日常が戻ってきたかのようだった。

けれど、それは“戻った”のではない。

“変わってしまった日常”に身体が、心が、慣れはじめているだけだった。



街の広場に、まだ陽は高かった。

リゼは腰にある鞘を少しずらしながら、ギルド前に並んだ三つの影に近づく。


ナズが大きく手を振った。


「よう、ちょうどよかった! 出発、ギリギリだったぜ」


「……今日、だったんですね」


リゼの声は少し低く、それでも落ち着いていた。


「ギルドの方針でな。少し北の集落まで、三人で対応だってさ」


ハナラが肩をすくめる。


「ま、荒事じゃなければいいけどね〜」


ロアは荷物を調整しながらちらとリゼを一瞥する。


「回復状況、良好のようだ。動作確認、済み」


「んーそれ言い方ァ!」


ハナラが肘で軽く突くと、ロアは肩をひとつすくめただけだった。


リゼは三人を見回す。その表情は穏やかだが言葉を少しだけ探していた。


「……ありがとうございました。あのとき、助けてくれて」


ナズが鼻を鳴らす。


「おう、礼はいい。無事でいてくれりゃ、それで充分だって」


ハナラは指を振ってからかうように言う。


「でもねー、また倒れたらさすがに二度目はナイわよ? ナズがまた騒ぐし」


「うるせぇ!」


ナズは笑いながら叫び、ロアは無言で荷物を背負い直した。


「では行ってくる」


ロアの声に続いて、三人はそれぞれ歩き出す。

最後に振り返ったのはナズだった。


「まぁよ、またすぐ会えるさ! クソマジメな顔すんな、な?」


リゼは何も言わなかった。

ただ、その背中が消えるまで、じっと見つめていた。そしてひとつ息を吐く。



石畳の屋上に、夕暮れの風が舞う。

屋上に座りながら、リゼはそっと空に向かって言葉を置いた。


「……ユウ」


次の瞬間。空間がわずかに揺れる。

夕焼けの光の中に、うすく光を帯びた“窓”のようなものが開き──そこに現れたのは、見慣れた顔だった。


「リゼ…!」


ユウの声が、直接届く。


“相互フレーム”が開いた。

彼の後ろには学校の屋上のような柵。背景にはビルの陰。


こちらの屋上とはまったく違う世界のはずなのに、ユウの姿は、リゼの目の前に映っていた。


「よかった、ちゃんと繋がって…」


ユウの声は、どこかほっとしたようだった。

リゼも頷く。


「今日は少し長く続く気がする」


二人の間には“窓”越しの距離があるはずだった。

けれど視線はまっすぐに交わり、声も鮮明だった。


「ねえ、ユウ。カヤの誕生日、どうしようか迷ってるの」


「え、あの子って甘いの好きだよね? お菓子とか?」


「この前、自分で大量に買ってた…」


「…じゃあ、ぬいぐるみ?」


「それも持ってる」


「…もうダメだな、あの子完璧すぎ」


おかしな相談にふたりの間に小さな笑いが生まれる。会話は途切れず、接続は不安定にならない。


フレームのノイズも一度も走らず、通信はすでに二十分を超えていた。


「…こうして話してると、ユウが近くにいるみたい」


リゼがぽつりとつぶやいた。

ユウもうなずくように画面の中で頬杖をつく。


「近くにいたら…もっとちゃんと話せるのかな」


「でも、“今”こうしてるのも…」


「私は好きだよ」


ふたりの視線が重なる。フレームの向こうとこちら。夕焼けが、それぞれの空を、淡く照らしてい

リゼは屋上に立ち、遠くの空を見上げていた。


「今日は…静かね」


ぽつりと、誰にでもなくつぶやいた言葉。

フレームの中、ユウが穏やかに頷いていた。


だが次の瞬間、地面の奥から「ドン……」という重低音が響く。それは風ではなく、大気を震わせるような地鳴りだった。


「……今の、何?」


ユウの声がフレーム越しに届く。


リゼはその声に応えず、顔を上げた。

遠く、空の色が妙に鈍く光って見えた。


──“霧の中から来た何か”。


森で感じた、あの圧力。あの割れるような叫び。


「……まさか」


息を呑む間もなく、空を裂くような咆哮が街を震わせた。西門の方角から、爆ぜるような衝撃音が届いた。直後、厚く濁った煙が、空に向かって立ち上る。


広場にいた人々がざわめきはじめ、次第にその声が街の至るところに広がっていく。


鐘の音が鳴り響いた。緊急時を知らせる警鐘。普段は聞かれない低く重い鐘の響き。


リゼは屋上の縁まで歩を進め、煙の方向を睨む。

煙幕の向こう。


影が、いた。


黒く、揺れて、輪郭が定かでない。それでもそこに“いる”と、確かに感じた。


「そんな……また、来たの?」


フレームの中のユウが手を伸ばそうとする。


「リゼ──!!」


だがそのときフレームがノイズを帯びはじめた。限界を超えた通信が、壊れかけたガラスのように軋む。


「──ッ…! 待って、まだ──」


ユウの声が途切れた。


フレームが砕ける寸前、リゼは剣に手をかけていた。

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