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異世界配信サービス  作者: vincent_madder
第2章 境界線上のカタチ / Madonna Borderline
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第16話 特異な技法、だから特技

朝の喧騒も過ぎた頃、リゼはいつものように街の掲示板を見上げていた。


包帯はもうほとんど必要なかった。ただ手首にひと巻きだけ残しているのは自分のため。まだ少しだけ、少しだけ熱が残っている気がするから。


掲示板に貼られた依頼は簡単なものばかりだった。


配達、案内、落とし物の捜索。リゼは“屋根裏に住み着いたネズミの追い出し”を選んで、受付に歩き出した。


仕事は小一時間で終わった。屋根裏は狭くて、ホコリっぽくて、けれど剣を抜くような場面はなかった。


それでも何かを成し遂げるということが、今のリゼには大切だった。


報告を終え、外に出たときギルド前の広場が夕陽に染まっていた。

そしてその中に──見知った三つの影があった。


「よぉ、リゼ」


ナズの声が空気を震わせた。あいかわらず大きくて底抜けに明るい。


「この前ぶりですね」


リゼがそう返すと、ハナラが軽く手を振った。


「元気だったか? まだ包帯巻いてるの、珍しいじゃん」


「気分で残してるだけ。もう大丈夫」


「そっかー。無理はすんなよ!」


ロアは軽く会釈をして、少し下がった位置に立っていた。その様子にリゼは小さく頭を下げる。



何となく会話はそのまま続き、自然な流れで夕飯の時間へと移っていった。


食堂の片隅、木のテーブルには湯気の立つ皿が並んでいた。ちょうどそのとき、カヤが扉を開けて入ってくる。


「うわ、そろってる! ずるい!」


「偶然だよ。たまたま、ね」


カヤが椅子に滑り込んで、ぱちりと目を輝かせた。


「みなさんって、特技使えるんですよね? 聞いてもいいんですか?」


そう訊いた瞬間、ナズが豪快に笑った。


「おう! 聞かれても平気さ!聞いたところで真似できるもんでもねえからな!」


「魔術に独自の理合と修練の結果が加わったもの」


「それが“特技”。つまりは特異の技法ってわけ」


ハナラがフォークを回しながら言う。


「私のは知ってるだろ?横着ロストメモリ


「作った魔術、覚えてられないからナンバリングして使ってるんだー」


「それくらい覚えろよ横着者ー!」


「うるさいナズくん!」


カヤが首を傾げて尋ねる。


「えっとつまり…一般魔術も覚えてないってことですか?生活とか大変そう」


ナズがさらりと返す。


「そのへんは俺とロアがサポートしてる感じだな」


「なんだキサマ!アタシをそんな目で見るなー!」


ハナラがフォークを叩きつけて叫ぶ。


「使えないわけじゃない!」


「特技のせいでナンバー以外の魔術を行使できないだけなんだぁー!」


ロアがワインを口に含みながら補足する。


「ハナラの言う通りにゃ」


「トリプルナンバーでさえ威力は桁違いにゃ。リゼを助けたときは“ダブルナンバー”だったにゃ」


「ロアは呑むのやめろってば」


カヤがナズを見上げる。


「ロアさんって…そういうキャラなんですか?」


「いや、酒とベッドの上限定にゃ♪」


「誰かこいつ止めろ!!」


リゼはその様子を黙って見ていた。


懐かしい、というほどの付き合いでもない。それでも今の自分がここに混ざっていることが、ほんの少しだけ心を軽くした。


少し間を置いてリゼが口を開く。


「…ナズさんの最大化マキシマって、どんな特技なんですか?」


ナズが笑って応じた。


「俺が設定した対象を限界まで“最大化”できる。それだけ。だが、それだけが難しい」


「定義があいまいだから自由度が高いんだよ」


ハナラが頷く。


「でも、その分、制限も厳しいのにゃ」


「まあ制限なき力は存在しない、ってわけだ」


カヤがため息を吐いた。


「はぁ〜。これが国内最強パーティの一角かぁ。遠いなぁ」


ナズが肩をすくめる。


「簡単に追いつかれてたまるかよ!まず人類やめるところから始めてもらわんとな!」


笑い声がテーブルに広がった。



夕暮れが深まり、店を出るころには夜風が頬を撫でていた。リゼとカヤは並んで歩く。


街の灯りがちらちらと揺れ、屋台の呼び声がどこか遠くで響いていた。


「ねえ、リゼ」


「なに?」


「さっきの三人、すごかったね。強いね」


「…そうだね。きっとそう」


「そんな三人とケンカしてたリゼは、もっと強いんだねー」


「ちょっと!?どういうこと?」


「え?違うの?じゃあ誰とケンカしてるの?」


「それは…」


「夜とかさ、ふと見ると、“やっちゃったなー言い過ぎたなー“って顔してる時あるからさ」


「…出てる?」


「割と」


「…あぁー…」


「ハハハ!そう思ってるってことは嫌な人じゃないんでしょ?」


リゼは口元を引き結んで、ふっと小さく笑った。


「カヤ、先帰ってて。ちょっと行ってくる」


「はーい。ちゃんと後で教えてねー!」


リゼは振り返らなかった。けれど歩幅は自然と早まっていた。


向かうのはあそこ──風が抜ける、静かな場所。


その足取りは迷いなく夜の街に溶けていった。

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