第14話 サイカイ
スマホの画面が、徐々に強く発光していた。
通知音も操作もしていない。
それでもEWSアプリは起動していた。
──「フレーム:Rize - 接続中」
ユウは逸る気持ちを抑えながら画面をタップする。
そこに映っていたのは、石造りの屋上のような場所。風に髪を揺らす少女の背中が、ただ静かに佇んでいた。
コメント欄は灰色に沈黙し、送信も再生もできない。
「…リゼ?」
画面に映るリゼは、包帯を巻いた姿のまま、空を見上げていた。
カメラは固定で、背中越しにその存在を捉えている。街の音が風と共に遠くに聞こえるだけだった。
ユウは思わず声をかける。
「その怪我…何があったんだよ…?」
しかし、リゼに反応はない。
一度だけ彼女はゆっくりと振り返り、それからまた空へと視線を戻した。
「…昔いたの。孤児院」
「街の端の、崩れかけた教会の裏。誰も名前なんて呼んでくれない。番号が名前代わりだった」
「私は、...12番」
風が髪をなびかせる。彼女の目は空を見ていたが、その視線はきっと、もっと遠く。
「掃除して、水汲んで、壊れた木の床の隙間に指挟んで」
「…それでも誰かが死ぬたび、私は生き延びてた」
「理由なんかなく」
言葉は淡々と、でもどこか擦り切れた声で紡がれる。
「この前…死にかけの、あの森で」
「きみと会ったあのときよ」
「あれは魔獣だったのかな?見境なく暴れて、逃げ場もなかった…」
「私もう終わりだと思った」
一拍、風音が止まったような静寂。
「でも――助けられたの。3人組の冒険者に」
「でっかいのと、せかせかしたのと、やたら優しい子」
言葉を選ぶようにリゼは続ける。
「一番大きな男の人は、ナズって名前で……最大化の使い手」
「私を助けて運んでくれた人よ」
「いつも騒がしい女の人はハナラ」
「自分で作った魔術を、番号で呼んで発動するの。横着って特技」
「…私を助けるための火炎がすごくてね、巻き込まれそうだった」
「もうひとり、ロア」
「静かで、目が合うとちょっと怖い。でも、治癒の特技、治癒を…」
「あの人の手がなかったら、たぶん今ここにいない」
リゼの背中は、ほんのわずかに揺れる。
「でも、わかるんだよ。私」
「助かったんじゃなくて……“死ねなかった”だけ」
そして、ぽつり。
「……死ねなかった、あのとき」
「どっちでもよかったのに」
思わずユウが声をかける。
「……何言ってんだよ、そんなの──」
「……今だって聞こえてる“気がする”だけ」
「気のせいだと思うけど…でもたまに、あたたかい風が吹く気がする、だけ。」
「そんなことない!」
ユウは叫んでいた。
♢
──「相互フレーム:Rize - 展開します」
視界の揺れとともに、画面が変化した。
フレームが切り替わりリゼの顔が現れる。
同時にユウの顔もリゼの前に映っていた。
お互いの目が合った。
「どっちでもいいなんて…そんなこと、言うなよ」
ユウの声がかすれる。
「死んでほしいなんて思わない。…生きててほしいんだ。ちゃんと、生きて」
「それから…死ぬときは、納得して笑って逝くべきだよ」
リゼは目を細めたまま、ほんの少しだけ口元を動かす。
「…見てるだけだから、そんなこと言えるんでしょ」
その言葉にユウの呼吸が止まる。
「…っ、そうかもしれない。でも…」
言いかけた瞬間フレームがぐにゃりと歪み、ノイズが走った。映像が暗転し、白い文字が浮かぶ。
──配信は終了しました──
♢
部屋の中は、静まり返っていた。
ユウはスマホを見つめたまま、まばたきすら忘れていた。
──見てるだけ、か。
その言葉が静かに胸の中をめぐる。
(……たしかに何もできなかった。あのときも、そう今回も)
不意にあの叫びが頭をよぎる。
チームエメラの最期。何が起きたのかもわからず突然消された映像。突然訪れる不条理な死。
見せられなかった、というより、見せてもらえなかった。
それが“無力”でも“傍観者”でも。
(それすら間違いだったのか……)
ユウはスマホをそっと置いた。
画面に微かなちらつきが一度だけ走った。