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異世界配信サービス  作者: vincent_madder
第2章 境界線上のカタチ / Madonna Borderline
11/50

第11話 途切れたあとに残るもの

ユウはいつもの通りスマホの画面を見つめていた。視界に入るのは淡い光だけ。


あのとき交差した映像の残像がまだ胸の奥に焼きついている。


あの日以来、リゼの配信は途絶えた。配信停止かと思ったが、ユウの直感は違った。遮断されたと感じていた。


不安と焦りが首筋から徐々に広がり、血の気が引く瞬間がフラッシュバックのように何度も起こった。


ユウは無意識のうちにスマホの画面を何度も切り替え、異世界の様々な配信を探し回っていた。



それは古びた石畳の上をゆったりと馬車が揺られていく映像だった。


馬車の車輪が砂利をかき分ける音と、遠くで響く市場のざわめきが混じり合い、どこか懐かしさを誘う。


色とりどりの露店が軒を連ね、売り子たちが笑顔で客とやりとりを交わしている。


通りを歩く人々の足音や、子供たちのはしゃぐ声が静かに響き渡る。空には鈍く光る雲が流れ、柔らかな陽射しが街の風景を温かく包み込んでいた。


コメント欄には、

「落ち着く」

「旅に出たくなる」

といった言葉が次々と並び、のんびりとした空気感が伝わってくる。


だが、その穏やかな光景の中に、ユウが探し求めるリゼの影は一切なかった。


「……いない」


ユウは小さく息をついた。



次の配信は、複数の冒険者たちが息を合わせ、刻一刻と変わる戦況に応じて動きを調整していた。


鎧の擦れる音、剣が空を切る鋭い音、魔法の炸裂する光が画面を彩る。カメラは戦場の隅々を捉え、緊迫感を増幅させていた。


視聴者たちはコメント欄で互いに戦術を議論し、時には冗談を交えながら熱気を生み出す。


声にならない興奮が文字の洪水となって画面を揺らし、まるで自分もその場にいるかのような没入感をもたらしていた。


「……いない」


ユウはひたすらにリゼを探し続ける。冒険者たちの激しい戦い、職人たちの黙々とした作業、街の様子に溶け込む人々。


どれもが活気に満ちているが、どこにも彼女の温かな笑顔は映らなかった。


指先がかすかに震え、視線は画面の中を彷徨う。リゼの不在は単なる偶然ではなく、胸の奥で重く、深く痛みとなって波紋を広げていた。



教室のざわめきが、遠い音に変わり、ユウの視界はぼんやりと霞み、隣で笑う友人の声もまるでガラス越しのように届く。


彼の頭の中では、リゼの不在が静かに重くのしかかり、思考のすき間を埋め尽くしていた。


誰かがEWSの話題を持ち出すたびに、ユウは自然と視線を泳がせる。顔を背けるその動きは、自分でも止められない無意識の防御だった。


胸の奥に芽生えた苛立ちと哀しみが、交互に彼を引き裂いていく。


ノートの上に落ちたペン先がかすかな音を立てる。その音にすら敏感に反応しながら、ユウは深く息を吸い込み、なんとか日常の波に身を任せようとしていた。



家の扉を開けると、いつもと変わらぬ穏やかな空気が迎え入れた。


母親の明るい声がリビングから聞こえ、笑顔で「おかえり」と言う。


しかし、ユウはその声にまるで届いていないようだった。足取りも重く、俯きがちになってしまう。


「ユウどうしたの? 元気ないみたいね」


母親の声は優しいが、その目にはほんのわずかな心配の色が浮かんでいた。


ユウは頷きながらも、言葉が喉の奥で引っかかり、うまく紡げなかった。


会話の輪に加わろうとするが、頭の中がぐるぐると迷路のように入り組んでいて、言葉は空回りするばかりだった。


テーブルに座る家族との距離感が、まるで別世界の出来事のように感じさせた。


母親がそっと手を差し伸べるが、ユウはその温もりにも素直に応えられず、ただ黙ってうつむくしかなかった。



夜の闇に包まれた自室。


スマートフォンの画面は真っ暗で、そこに映るのは無限の黒だけだった。


指先が微かに震え、冷たく感じるその感触が、今のユウの心のざわめきを象徴しているかのようだった。


「あの表情……まだ、きっと大丈夫…リゼ…」


心の奥底で繰り返すあのときの会話が、頭の中で静かにこだましていた。


まるで囁くように、何度も何度も反復されるリゼの声――優しくも切実な、あの日のあの瞬間。


時折、夢か幻かもわからないが、ふとした瞬間にリゼの姿がぼんやりと浮かび上がる。


光の隙間から差し込む影のように、その視線が彼の胸を突き刺す。


彼女の顔、目元、そしてあの淡い笑みが、まるですぐそばにいるかのように感じられた。


「……届いてた。……ずっと、どこかから……」


あの言葉が、ユウの耳に何度も蘇る。現実と夢の境目が揺らぎ、静かな時間が重なり合いながら流れていった。


部屋の中の空気はひんやりと冷え、時計の秒針の音だけが響いていた。


ユウは目を閉じ、深く息を吸い込む。


今はただ、彼女の残した温もりと、届かなかった想いの重さに耐えていた。

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