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異世界配信サービス -その一声で始まった。恋と戦い、そして世界を壊す物語-  作者: vincent_madder
第10章 異世界配信サービス / Lock down symphony

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第100話 keep it real

陽の光が、焼け焦げた地表をゆっくりと照らしていた。


風が吹くたび、灰が舞う。

爆炎の名残を残したその場所は、もう“島”というよりも、世界の破片のようだった。


――ざわ、と耳に届く音。


ユウはまぶたを開ける。

視界に映ったのは、広がる空と、青い粒子。


かすかに柔らかい感触。

自分の頭が、誰かの膝の上にあることに気づいた。


「ユウくん、起きた!」


反射的に上体を起こす。頭の後ろで、慌てて手を引っ込める影。振り返ると、マソちゃんが頬を膨らませていた。


「もう、せっかく膝枕してあげてたのに」


ユウは額を押さえる。鼓動がまだ荒い。

焼け跡の匂いが、現実だと教えてくる。


「みんなは……? 衝突は……?」


マソちゃんはただ微笑む。

その後ろで、クラヴァルが腕を組んでため息をついた。


「どうして私たちじゃないの?」


リゼがその隣で笑っている。


「どうしてもしてみたかったんだって」


「…は?」


マソちゃんがふくれっ面のまま手を腰に当てた。


「だってユウくん、ずっと頑張ってたんだもん。

最後くらい、ゆっくり寝かせてあげたかったんだよぅ」


誰も言葉を返せなかった。

焦げついた大地に、風の音だけが流れていく。


ユウは、遠くで何かを感じた。

空気が、ふっと重くなる。


「初めまして、魔素に愛された少年」


低く響く声。振り返ると、男はゆるやかにユウに向かって歩き出す。


肩から背にかけて黒い鱗が浮かび、瞳の奥では金色の光が脈打っていた。その姿は人のようで、しかし完全な人ではない。


「その話は、私から説明しよう」


静かに歩み寄るその姿を見て、マソちゃんが目を丸くした。


「うそでしょ!? 久しぶり〜!」


「さっきからずっといたではないか……まあいい」


龍の巣の主――ロアの師。先程の戦いでは黒竜の姿をしていた。


焦げた風が止まり、空がひときわ澄んで見えた。

クラヴァルが振り返る。

空間の一角から視線を感じていた。


「ちょっと待って! いいのユウ? ハイシンされてるわよ?」


ユウは、ためらいもせずにうなずいた。


「いいんだ……現実世界(あっち)のみんなにも聞いてもらおう」



ユウの高校の教室。


休み時間、スマホの通知に群がるクラス中の生徒たち。ユウの友人である春川が画面を覗き込み、息をのんだ。


「……やっぱり、城野だ」


部活のマネージャーが手を止め、泣き笑いの声を漏らした。


「……城野くん、なんだよね? 本当に……」



SNSのトレンドは光の速さで埋まり、

コメントが滝のように流れる。


《まさか本当にいたのか》

《EWS=異世界ってマジだった》

《この映像、編集じゃないの?》

《あの子、同じ学校の!》


その中で、ただひとつ異質なコメントが残った。


《おかしい…そんなはずじゃ…あれは僕の役目なのに…!》


そのコメントも濁流に呑まれ消えていった。



「……じゃあ黒龍のおじさん?」


クラヴァルが腕を組みながら、やれやれと肩をすくめた。


「説明してくれる? できれば、あそこらへんに向かってお願い」


彼女は虚空を指差した。

その先に、EWSの配信レンズがあるのだろう。


黒龍――師匠は、ゆっくりとうなずいた。


「私はドラゴンの一族を統べる、名を龍の巣。その頭領だ」


「そこにいるロアの師でもある」


ロアが小さく頭を下げる。

師匠は静かに息を吐き、視線を遠くに向けた。


「私にも旧友がいた。その者は、あなた方……ひいてはそこの少年と同じ世界の人間だった」


リゼが目を見開く。

クラヴァルが息をのむ。


「友の身体を噛み砕くなど、したくはなかったがな」


重い声が地面を震わせる。EWSのコメント欄が再び沸騰する。画面が白く光る。文字が追いつかない。


「問題のお互いの世界の衝突についても、無論関知している」


師匠の声は静かで、よく通る。


「結論から言おう。――危機は去った」



師匠の言葉が落ちた瞬間、EWSのコメント欄が一斉に光に変わった。流れる文字の速さが処理限界を超え、画面そのものが白く発光しているように見える。


《世界は助かったの?》

《嘘だろ? あれだけの爆発だったのに》

《TPは死んだのか?》

《この人、誰……?ドラゴン……?》


コメントが押し寄せ、波のように泡立っては消えていく。


その喧騒の中、リゼが一歩前に出た。

掌を胸に当て、かすれた声で言う。


「でも……まだユウは、バインドで何もしてないです……」


彼女の声は不安に満ちていた。

クラヴァルがそっとリゼの肩に触れる。

その仕草には、戦友としての温かさがあった。


黒龍――師匠は、ゆっくりと首を横に振る。


「いや。少年は“やった”のだ」


「……え?」


「先ほどの戦いでの、最後の攻撃。見事だった」


師匠の声は、低く、確信に満ちていた。


「こちら側の世界の“位相”をずらすほどの、な」


ロアが目を見開く。


「そのような知識をお持ちだったのですね……」


師匠は目を細め、懐かしむように笑った。


「はるか昔にな…友と語り合ったのだ」


「お互いの理知がいつの日か届くことを夢見て…我々は叶わなかったがな」


クラヴァルが息をのむ。


「まさか、その“友”って――」


「うむ。君たちも知っている、帰還者(ホシミネ)。彼は私の盟友だ」


リゼが目を見開く。

クラヴァルは唇を噛み締め、喉が震えていた。



風が止んだ。

マソちゃんが小さく瞬きをする。

師匠はユウを見た。


「君は、苦難を乗り越え、私たちの望みを叶えてくれた。礼を言おう」


ユウは少し驚いたように顔を上げた。

喉が乾き、言葉が出ない。

師匠の金色の瞳が、静かに光る。


「名を聞かせてくれるかな?」


ユウはゆっくりと立ち上がり、まだ膝の上に名残惜しそうに手を置くマソちゃんを見下ろした。


「……俺は、ユウ。城野ユウです」


その瞬間、EWSのトレンドが爆発的に跳ね上がる。


“城野ユウ”の名前が検索ランキングの世界一位に躍り出る。


現実世界中の視聴者が、彼の名前を叫んでいた。


クラヴァルが苦笑する。


「ユウ、バレちゃったけど、よかったの?」


ユウは空を見上げ、少し笑った。


「クラヴァル、俺……決めてたんだ、実は」


リゼが横から覗き込む。


「何を?」


ユウは答えず、ただ遠くを見た。


その瞳には、“この先を受け止める覚悟”があった。



数日後。

陽の光は柔らかく、空気の澄んだ朝だった。


ユウは、異世界のリゼの暮らす街の片隅に立っていた。街の匂いも、風の音も、どこか穏やかで懐かしい。


「……戻るの?」


リゼの声は、静かな湖面のようだった。


ユウは頷く。


「うん。みんなに、ちゃんと挨拶してくる」


クラヴァルが腕を組み、口を尖らせる。


「ふん……目立つことしちゃダメよ? あっちではもう伝説になってるんだから」


マソちゃんがユウの肩の上でぴょんと跳ねた。


「ユウくん、ハナラちゃんに教えてもらった魔術、使えるんでしょ?」


「認識阻害だろ? 一応、ね」


ユウは苦笑しながら、右手をかざした。

魔素が静かに流れ、肌の輪郭が空気に溶けていく。


「……これで、誰にも気づかれずに行ける」



現実世界。


朝の通学路。

制服姿のユウが、誰にも気づかれぬまま歩いていた。通りすぎる学生たちの笑い声が、まるで遠い音楽のように聞こえる。


校門をくぐる直前、ユウは立ち止まった。

そして、小さく息を吸う。


「……術式解除(パージ)


認識阻害の魔術が解ける。

その瞬間――


「……あれ!? 城野じゃね!?」

「えっ、生きてたの!?」

「EWSの……本人!?」


どよめきが一気に広がる。ユウは苦笑して手を振った。


「おはよう、みんな」


声にならない歓声と拍手が、校庭の外からも響いていた。



授業が終わり、放課後。

職員室の扉をノックすると、真宮先生が顔を上げた。


「……やっぱり、来ると思ってた」


「先生」


ユウは深く頭を下げる。


「今までありがとうございました」


真宮は腕を組み、少しだけ笑った。


「お前のせいで、この数日ニュース対応でほとんど徹夜だったぞ」


「すみません……」


「まあ、世界救った生徒を叱る教師なんて、いないけどな」


二人は笑い合った。

その笑いには、もう涙のにおいはなかった。


職員室から出た後、ユウはそのまま学舎を発つことにした。


校庭には、人の輪ができてまるで祭りの会場のようだった。


EWSを通じて世界中に流れたあの日から、

この学校はもう“普通の学校”ではなくなっていた。


教師も生徒もスマホを掲げ、歓声があちこちで上がる。


ユウはその輪の中を通り、ゆっくりと立ち止まる。西日が頬を照らす。


彼は振り返り、笑った。頬を撫でる風が、どこか名残惜しい。


「今までありがとうございました!」


「みんなの応援が、俺を支えてくれました!」


声がマイクのように響いた。

拍手と歓声が、校庭中を包み込む。


そして、ユウは右腕をかざした。

光が走り、空間が水面のように揺らぐ。

──眼の前の空間が口を開けた。


そこには、リゼ、クラヴァル。

そしてロア、ハナラ、ナズの冒険者パーティ名ジャスクの三人が立っていた。


まるで光の中に浮かぶように微笑んでいる。


「…お前じゃない…」


誰かの声が、風に混じって消えていく。


遠くにいる真宮先生と目が合った。

ユウは頷き、歩みを進める。


その人波の奥で。

一人の生徒が、ぎこちない足取りでユウへと近づいていることに、周囲は気づくことはなかった。


誰も気づかない。


近づく彼の手の中に、鈍く光るナイフがあることに。


ユウは振り返る。

光の向こう、異世界に繋がる扉が風に揺れる。


ザシュッ。


一瞬、影が重なった。


「……え?」


ユウの声が掠れた。

ブレザーの胴回りが、赤黒く変色していく。


一人の生徒がナイフを抜きながら、金切り声で叫びちらす。


「お前じゃない!僕が!世界を!救ったり!」


「リゼたちと!結ばれるはずだったんだあぁ!」


ナイフがユウの背や胸に何度も突き立てられる。

刃が肉を裂き、赤が地面に滴り落ちた。悲鳴が校庭を揺らす。


真宮先生が叫び、駆け出した。だが、群衆の波が彼女を飲み込んだ。


学校の周囲から監視していた特殊部隊の無線が緊急発報する。


「対象が!」


「周囲が危険だ! 暴漢を狙撃! 排除しろ!」


銃声が轟く。


「ゥグャアァ…!」


生徒の脚に弾丸が撃ち込まれ、抱え込むように倒れた。


刹那、リゼとクラヴァルの悲鳴が、光の向こう側から響いた。


「ユウゥゥゥ!!!」


「ユウ!!!」


二人は門を駆け抜けようとした。しかし、その腕を後方からナズとロアが掴む。


「待て! 行くな!!」


地面に数発の弾丸が着弾し、砂塵が舞う。


特殊部隊の無線が交信している。


「そのまま異世界(あちら)側からの侵入を牽制」


――越えることは許されていない――


ハナラは、今すぐにでも飛び出したい気持ちで震えている指先を両手で握り、悲痛な顔でユウを見た。


彼は地面に膝をつき、血に染まりながらも、こちらを見ていた。その瞳は、何かを伝えようとして


――パタリと倒れた。


途端に光が収束していく。異世界への扉が、悲鳴を上げるように閉じていく。


ハナラの叫びがこだまする。


「はやく二人を! 間に合わなくなる!」


「ダメ!ユウが…ユウが!!」


「離しなさい!ユウ!こっちよユウ!」


ナズとロアがリゼとクラヴァルを抱え、ハナラのもとへ連行する。


バツンと音を立てて門が閉じる。


怒声も、泣き声も、全ての音がまるで打ち消し合うように響いている


校庭には、ユウを中心に赤色が広がり続ける。


ユウは倒れたまま、動かない。


次の瞬間。


その身体が、ゆっくりと光に包まれ――


忽然と、消えた。



それはまるで。



最初から、そこに存在しなかったかのように。



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