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異世界配信サービス  作者: vincent_madder
第1章 ささやきの彼方に / Whisper Not
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第10話 交差-1-

ユウは、自室の照明を落としていた。


暗がりの中で光を放つのは、手元のスマートフォンだけ。ただそこに意識を預けるように、イスにもたれて画面を見つめていた。


通知欄には、見慣れぬ文言が浮かんでいた。


──「フレーム:Rize - 接続中」


EWSの配信通知とは明らかに異なる。いつものような“Live”マークも、評価バッジもない。


ただ淡々と、灰色のUIにその言葉だけが浮かんでいた。


何気なく画面をタップする。

すると、映像がゆっくりと浮かび上がった。


……そこに映っていたのは、リゼだった。

けれど、これは“配信”ではなかった。


映像はやけに鮮明で、まるで──ビデオ通話のような構図。ユウは息を呑む。


画面の中、リゼがゆっくりと歩いている。視界の揺れ、空気の質感、そして音──すべてが、今までの“視聴体験”とは違っていた。



雲が低く垂れこめていた。


鈍く沈んだ空の下、リゼは草むらの獣道を歩いていた。依頼帰りの帰路。荷は軽く、剣も鞘に収まっている。けれど、足取りは重かった。


「……今日は、何も起きなかった。平和だった、けど……」


誰に言うでもなく、そんな独り言が漏れる。

その声は、曇った空と同じ色に溶けていく。

風が、前髪をやさしく揺らす。その瞬間だった。


「……?」


足元の草が、そっと揺れた気がした。けれど風はもう吹いていない。

──歩いていたはずなのに、気づけば立ち止まっていた。


視線をゆっくりと周囲にめぐらせる。

誰もいない。何もいない。


「……あれ?」


自分でも驚いたように、ふと足元を見る。いつの間にか、周囲の空気が変わっている。


風は止み、さっきまで聞こえていた虫の声も、どこかへ消えていた。まるで、世界の音だけが抜き取られたような沈黙。


葉擦れの音も、自分の足音さえも、耳に届かない。


リゼは首をかしげ、ゆっくりと振り返る。


「……誰か、いる……?」


誰かが呼吸しているような、柔らかな気配。

背中の方で、確かに“何か”が視線を送っていたような──けれど、誰の姿も見えない。



一方、現実世界(こちら)のユウは、スマホ画面の奥から立ちのぼるような緊張に、思わず息を飲んでいた。


視線が、音が、空気が、まるでこの部屋にまで染み出してきているようだった。


「……リゼ……」


無意識に漏れたその声に、画面の中のリゼが、ぴくりと肩を揺らす。


「……誰か、いますか?」


彼女はカメラを見ているわけではない。

けれどその視線は、空を仰ぎ、何かを探すように漂っていた。


角度も、焦点も、こちらに向けられていないはずなのに──その言葉の温度だけが、確かにユウの胸に届いた。


ユウのスマホ画面の上に、一瞬だけ何かのテキストが浮かぶ。


──音声入力解析中

──送信ログ:エラー


彼は思わず画面に問いかけた。


「……聞こえてるのか……?」


応答はない。けれど、リゼの姿が徐々に“正面”を向くように変わっていく。

映像が、まるで“構図”を持ち始める。


単なる配信ではなく、「視線の交錯」を意図しているかのように、フレームの中のリゼがカメラの正面に立つ。リゼが振り返る。


そして──空中に、光の枠のようなものがぼんやりと揺れていた。


「……え……?」


ビデオ通話にように。

ユウの姿がそこに映っていた。


「……あなた、なの……?」


リゼが、息を呑むように問いかける。

その目に浮かぶのは、驚きと、微かな戸惑い。


けれど、次の言葉は、まるで確信をもって選ばれたようだった。


「……あなたが、“声”の……?」


ユウの喉が鳴る。

夢に見た光景が、今、目の前にある。

言葉が、ようやく唇を通り抜ける。


「ずっと、見てた。……君のこと」


音が、たしかに届いたのだろう。

リゼがゆっくりと頷き、小さく口を開いた。


「……届いてた。……ずっと、どこかから……」


それは、数秒にも満たないやり取りだった。

けれど、確かにふたりは“つながって”いた。

異なる世界を越えて、同じ時間を重ねていた。



会話が途切れた瞬間、空気が急に重くなった。


ユウの画面(スマホ)の中で、リゼの背後に広がる森がざわめき、風が反転するように吹き抜ける。


葉が逆巻き、木の幹がきしむ。その音に混じって、低く響く“地鳴り”が足元から忍び寄ってくる。


リゼの表情が凍りつく。


「…地震、じゃない」


「…何かが…歩いてる…?」


そう呟いたその声にも、わずかな震えが混じっていた。


木々の奥。闇の向こうに“それ”の気配があった。

姿は見えない。けれど、確実に“いる”。


圧倒的な気配が空気を圧縮する。

風が止み、周囲の光がにじむ。


ユウのスマホにも異常が走る。異世界(あちら)の映像がブレ、ノイズが走り、警告メッセージが点滅する。


──frame_connection unstable──


リゼはそれに気づいていないのか、あるいは見えていないのか──真っ直ぐに前を見据えていた。


だが次の瞬間、彼女の目が、はっきりとこちらを見た。


「……あなた、見てますか?」


その問いに、ユウは衝動的に叫んでいた。


「見てる!……いる、ここにいるから!」


TL(タイムライン)に、再び赤いエラー文字が走る。

映像が急速に乱れ、音が潰れ始める。


「リゼ!逃げて!!」


「待って、まだ……!」


互いの声が、重なりかけたその瞬間──


バチンッ


鋭い破裂音と共に、フレームが崩れ落ちた。

画面が一瞬フリーズし、ノイズの波が押し寄せ──そして、映像は完全に途絶える。


──Connection Error

Frame Disconnected──


ユウのスマホには、ただその文字だけが残されていた。部屋の中には、スマホのバックライトの淡い光と、静寂だけがあった。


ユウはその画面を握りしめたまま、微動だにしない。胸の奥に残るのは、リゼの“声”と、“視線”の余韻。


それは確かに──つながっていた証。


けれど今、その手は空を掴んでいた。


静かに目を閉じて、ユウはぽつりと呟く。


「……リゼ。無事でいてくれ……」

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