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異世界配信サービス  作者: vincent_madder
第1章 ささやきの彼方に / Whisper Not
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第1話 はじまりの

「ダメだ左はッ…罠だ!そこに踏み込むなッ……!」


反射的に彼は叫んでいた。


そしてその直後——


画面の中の彼女の動きが止まった。


——異世界の出来事をリアルタイムで“視る”ことができる——そんな常識外れの配信アプリ。


異世界の住人には、自分たちが配信されているという認識はない。視聴者はこちらの世界からただ見るだけ。


声も文字も反応も何ひとつ届くことはない。


——はずだったのに。



その年の春、ある新しいサービスが突如として始まり、そして瞬く間に広がっていった。


最初は嘘だと笑う人間も多かったが、配信が映し出す光景はあまりにも現実離れしていた。


それなのに不思議と"作り物"には見えなかった。 その世界には魔術があり、魔物がいて、そして人間がいた。


高校二年の城野ユウもその配信アプリにハマっている一人だった。


Echoes Watching System通称EWS。 仕組みは不明。開発者も非公開。


ただ“魔素”と呼ばれる異世界の粒子に現代のネットワーク技術を掛け合わせた結果、 この一方通行の『観測』が可能になったのだと説明されていた。


その日の配信もユウは布団に横になったままアプリ(EWS)を起動した。


最初に目に入ったのは、人気ランキング上位にある激戦系のチャンネルだった。複数の冒険者がパーティを組み、巨大な魔獣に挑んでいる。


カメラアングルは複数切り替わり、視点も演出も凝っている。コメント欄も活発で、リアルタイムに流れる歓声とツッコミが画面を埋め尽くしていた。


「……ふーん」


指先が躊躇いなくスワイプする。


続いて開いたのは商人系配信。交易路を行く馬車と、市場の喧騒。こちらも穏やかで人気の枠だった。


だが、どれもユウの中には響かなかった。

ふと思い出すように“フォロー中”の欄を開き、そこにあった一つのアイコンに目を留めた。



ユウには、毎日欠かさず視聴するお気に入りのチャンネルがあった。冒険者リゼ。


まだ駆け出しの彼女の配信は、派手さも人気もないが、妙に心に残るものがあった。


誰とも話さず、黙々と進む姿。言葉少なに、それでも懸命に生きている背中。

ユウはそんな彼女に、目を奪われ続けていた。


リゼは剣も鎧も不格好で装備も最低限だった。 けれど不思議と視線を離せなかった。


——Rize_channel_042。

更新通知は出ていない。だが、配信マークは灯っていた。


「……今日も、ひとりか」


ユウはためらいなく、その枠をタップした。



画面の中リゼは古代遺跡の中にいた。


彼女の背中には小さな皮のリュックがあり、歩くたびに小さく揺れていた。腰には地味な短剣、そして肩には擦り切れたケープ。


彼女の歩き方は、どこかぎこちなく、それでも慎重だった。剣の扱いにも慣れていないのか、時折手を伸ばしてバランスをとるような仕草を見せた。


リゼはときおり立ち止まり、壁の彫刻を指でなぞって確かめる。古文書のような図案に首をかしげ、目を細めてじっと見つめていた。


何かを読み取ろうとしているのか、それともただ見惚れているだけなのか。


周囲の空気が重く沈む中でも、彼女の動きには不思議な意志が感じられた。迷いながらも進もうとするその姿は、決して華やかではないけれど、どこか胸に残る。


画面の端には“冒険歴:3ヶ月”と小さく表示されていた。 崩れかけた柱とひんやりした石の床。 苔と湿気が空気にじっとりと染みていて、モノクロームのように沈んだ景色。


ユウは何気なく視線を画面(スマホ)に預けていた。 だがその瞬間だった。


「ん?」


画面の中で石が一つ、音を立てて転がった。 その拍子に映り込んだ床の紋様。


ユウの心臓が大きく跳ねた。それは前日の配信で見た“罠”と同じ形だった。 別の冒険者が踏み抜いた瞬間に下から串刺しにされた、あの罠。


「ダメだ左はッ…罠だ!そこに踏み込むなッ……!」


反射的にユウは叫んでいた。


そしてその直後——


画面の中のリゼの動きが止まった。


一歩踏み出そうとしていた足が宙で静止し、彼女の視線が左右をゆっくり彷徨う。 誰かを探しているような動き。いや何かを感じたような——


ユウは息を呑んでスマホを見つめた。 そして彼女がそっと足を引いたその瞬間、身体中に冷たい電流が走った。


「……今、誰かの声が…?」


かすかに彼女がそう呟いたのが確かに聞こえた。


心臓が鳴る。耳の奥で自分の呼吸音がうるさいほどに響いている。


「…聞こえたよう、な?」


つぶやいたその言葉も誰にも届かない。 画面の中の彼女もそれ以上は何も言わず、また探索を続けていった。


ほんの一瞬だった。

けれどユウの中には、確かに“何か”が残っていた。


もし。

もし本当に自分の声が届いていたとしたら——?


考えても答えは出ない。 でも心臓の鼓動は止まらない。


画面の中のリゼはいつも通りの姿で遺跡の奥へと進んでいく。


けれど(ユウ)は、もういつも通りではいられなかった。

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