純白の魔導師
※導入のみ存在する未完作品です
真っ白だ。
そう思った。
否、実の所真っ白なんて事は決して無かったのだけれど、彼女を一目見た僕には、そう思ったと言う印象が、未だに強く植え付けられている。
白髪と言うには白く艶めき過ぎたプラチナブロンドに彩られる、透けそうな乳白色の肌。見るものによって自在に色を変える、灰白色の瞳。長い髪を割って背中に大きく広がった羽も、一分の曇りすら許さず白い。
天使にすら見える白いひとは、大きな瞳をぱちりと瞬いて僕を見つめた。瞬きするたび、真っ白な睫毛の先からきらきらと燐光が舞う。
くいと小首を傾げ、小さな漆黒の唇を割る。
「それで……」
見た目に反して低く掠れた、大人びた声だった。
思案する様に手を口許に運び、黒曜石の様な爪を唇に当てる。
「黒魔導師を喚び出して、君は一体何を呪いたいのかな?」
……え?
たっぷり数秒間程、場を沈黙が支配した。
真っ白な彼女がきょとんと目を瞬いた。
「どうしたの?」
「のろ、い?」
僕は呆然と呟いた。天使の様なひとから吐き出された不似合いな言葉が信じられなくて。
白い彼女が怪訝気に首を捻った。
「黒魔導師を喚び出して、呪い以外に何をさせようって言うの?魔法を使えって言うなら白魔導師が本職だし、薬やおまじないの類なら魔女の専売特許だよ?」
なんと
「黒魔導師?」
「うん」
指差して言った僕に、指差された相手は頷いて、
「白魔導師じゃなくて?」
「黒魔導師だよ」
更に重ねられた問いにも、頷いて見せた。
「あぁ、もしかして、喚び間違えたの?」
疑問が解けたとでも言いたい気な爽やかな笑みでさらっと吐く。
「陣か真言が間違っているんじゃない?どんな魔導書をお手本にしたの?見せてみてよ」
出来の悪い生徒を励ます教師みたいに柔らかな口調でに言われて、僕は思わず机の上の書物を差し出していた。
書物と言うのもおこがましい、覚書を書き貯めた様な紙の束。
開きっぱなしのページに、彼女はちらっと目を通し、床の陣を見下ろして一点を指し示した。
「ここだね」
床に膝を突いて、一箇所をとんとんと叩く。白い髪が、惜し気も無く床に散らされた。
「他にも間違いはいくらでも指摘出来るけど、決定的に失敗しているのはここだ」
ほら、と彼女は浮かせた書物の同じ所が書かれているらしき場所を指差すが、僕にはどこがどう違うのかわからない。
わからないと言う事がわかったのか、彼女がそっと指を振った。
「君が書いたのがこれで、」
彼女が指を走らせると空中に文字が浮く。
「書くべきだったのはこう」
一文字ずつ浮かべられて見比べれば、確かに違いがわかった。間違い探しレベルの、些細な違いだったが。
「正しい陣なら白魔導師が喚び出せたのに、たったこれだけの違いで、目的を違えてしまったんだよ」
これが白で、こっちが黒と、彼女が文字を交互に指差して言う。
「にしても、随分古い陣を持ち出したものだね。うん、妾でも久方振りに見たと思う。願の内容によりけりとは言え、簡単なお願いならもっと簡易で簡便な方法が取れたはずだよ。その方が、間違いも少ない」
彼女は何処からか魔導書を取り出すと開いて見せた。
「ほら、大魔導師は無理でも、並の白魔導師ならこれで簡単に喚び出せたんだ。隣が黒魔導師の陣だよ、間違い様が無いでしょう?必要な魔力だって、半分以下で済んだのに」
示されたページに載っていたのは簡単な図形で形作られた魔法陣だった。真円と直線だけで作られた其には、一文字の真言も使われていない。
「……」
今更言われても。
召喚に使った魔石に目を落とす。
「あー……」
視線を追ったらしい彼女が、呟いて頬を掻く。
「流石に、その量だと、足りないね、魔力」
魔石の魔力はすっからかんだ。
高かったのに……。
一目で魔方陣の間違いを指摘出来る優秀な魔導師でも、黒魔導師では駄目なのだ。僕は誰かを呪いたい訳じゃないのだから。
ん?優秀な、魔導師?
「貴方、魔力高いんですよね?」
「ん?」
僕の渡した紙束をぱらぱらとめくっていた彼女が顔を上げる。
「魔力?あぁ、まぁね。それなりには、高いんじゃない?」
「なら、」
勢い込んだ僕を、彼女は指を立てて留めた。
「それは無理だよ」
まだ何も言ってないんだけど。
「妾に魔導師は召喚出来ない」
……そうですか。
口に出す前に希望を砕かれて、僕はげんなりと閉口した。
「うーん……。えっ、とね」
困った様子で腕を組んで、彼女が瞳を泳がせた。
「正しい陣を書いてあげる事は出来るよ。魔力だって、込めてあげる。でも、魔導師の魔力じゃあ魔導師は召喚出来ないんだ」
「どうしてですか?」
「同等の存在値を持つ者同士だから」
彼女が言った言葉は僕の知識とはかけ離れ過ぎていて、理解出来なかった。
「召喚と言うのは根本として、目下の者を使役したり、目上の者に力を借りたりする為の手段なんだよ。だから、存在値が近い者同士を呼びつけるには使うべきじゃない。失礼になるからね。そう言う、ルールを作ったんだ」
今一つ理解が覚束無い僕に気付いて、彼女が更に噛み砕く。
「そうだなぁ……。君さ、いきなり友達に召喚魔法で転送されて、忙しいから手伝ってって言われたら、納得出来る?」
「……あぁ」
納得出来た。
「同族で召喚し合うのは、相手の尊厳を尊重していない行為だって事ですか?」
友達に召喚されるのは、良い気分じゃない。まるで、人間扱いされていないみたいで。僕は、言葉や常識の通じない家畜や魔物とは違うのに。
「そう。魔導師同士ならば、召喚なんてしなくても、正攻法で協力を仰げば良い話だからね。それをしないって言うのは、相手が自分と相容れない存在だって宣言している様なものなんだよ。だから、禁止したんだ。そうしないと、喧嘩になるからね」
あいわかった。つまり彼女は白魔導師じゃないし、白魔導師を呼び出せもしない。
……なんて事だ。
「えっと、つまり」
「無駄足だね」
出来れば聞きたくなかった事実を彼女はあっさりと言ってのけた。流石は黒魔導師だ。
「まあ、呪いなら出来るけど」
呪い……。
呪いは、ちょっと……。
それよりは、
「ごめんね。妾、友達いないんだよ。君の為に誰かに来てってお願いする事も出来ない」
……なんでこの人は言う前に僕の希望を潰してしまうんだ。
溜め息を吐いて、頭を抱える。
「あぁ、ちょっと、そんなに落ち込まないでよ……」
彼女が困った様に言う。
ひんやりした掌が僕の頭を撫でて、ああ、本当に黒魔導師なんだなと思った。
「とりあえず、しばらくそばにいてあげる事は出来るからさ、なにか妾でも出来る事を探すよ。こうして近くにいれば、相談位乗ってあげられるしさ」
慰める様に髪を滑る滑らかな手が心地良い。
「友達はいないけど、それなりに善良な黒魔導師なんだよ。むしろ、善良な黒魔導師だから友達がいないと言うか……」
低く掠れた静かに話す声も、耳に優しかった。
だから受け入れてしまったのだ。この真っ白な黒魔導師が、僕のそばにいる事を。
それが、どんな意味を持つかも知らずに。
未完のお話をお読み頂きありがとうございます
壮大になにかが始まりそうなのですが
なにが始まる予定だったのか……