落ち葉の上で
くしゃっと、落ち葉を踏みつける音。
踏まれ傷ついても治癒する青葉とは違い、致命的に壊れ、崩れた音が鳴った。
落ち葉を踏み抜き君は行く――――一歩一歩子気味良く、無邪気に、この自然公園の一角を見つめる僕の視界が、まるで映画のスクリーンなのではと錯覚する程美しく。
「戸坂くん、来ないの?」
「今行きます」
応えると、僕は佐山さんを追いかけ落ち葉の中を行く。
僕の足音は佐山さんと違い、何だか耳障りで無粋に聞こえた。
それが事実なのか、僕の耳を通したからそう聞こえるのかは、分からない。
僕は、佐山さんが嫌いだ。
佐山さんといると、自分が惨めになる。
どうしたってああやって綺麗になれなくて、ああやって楽しげに笑えない。
にも拘らず一緒にいるのは、そんな僕の欠点を見失わないため。
僕は綺麗な佐山さんを通して、根暗で汚い僕を見ているんだ。
「この間までは綺麗に赤かった葉も、すっかり枯れましたね。冬って感じがします」
「この感じも情緒あって好きだよ――――ねえ、もみじって漢字でどう書くか知ってる?」
「確か、紅色の葉ですよね?」
「そう。でもさ、それって紅葉でもあるわけじゃん。なんか昔っから、私こそが紅葉の代表です! みたいな驕りを感じて嫌いなんだよね」
「珍しいですね。佐山さんが嫌いだなんて」
素直に驚いた。
僕らの通う学校で、佐山さんの評判は統一され、聖女のようと言われている。
眉目秀麗、文武両道、性格二重丸――――その上でたまに抜けていて、人間臭さも持っている。
八方美人から完璧さを抜き取り、より完璧にしたような存在。
そんな佐山さんが、悪意無くそこにあるだけのものに対して嫌いと口にするだなんて。
「私にも嫌いなことぐらいあるよ」
舌打ちを堪えた。
どこにも敵を作らない生き方を、一筆本としたためてはどうだろう。
「例えば?」
「例えば? そう言われると難しいけど…………」
「じゃあ、暗い人とかはどうですか?」
「落ち着く雰囲気良いと思うよ」
「逆に、煩い人は?」
「一緒に居るとこっちまで元気出るよね」
「自分の話ばっかりな人」
「話題出してくれてありがたい」
「人の嫌な部分ばっかり探してる奴」
「一緒に良い所も見てくれるでしょ?」
佐山さんは僕の目を見て笑った。
美しくって、どこか見透かされてるようで恐ろしい。
そんな笑顔だ。
「じゃあ、今度は逆に、戸坂くんの好きなタイプ聞こうかな」
「好き…………無いですよ、そんなの」
「え~じゃあ、そうだな…………」
言って、佐山さんは思い悩む。
きっと今から、僕は質問攻めにあうのだろう。
心の底から嫌ではあるが、数秒前に自分も同じことをした手前、諦めて受け入れるしかない。
「皆に優しいけど、放課後はいつも君とだけ居てくれる女の子とか」
「嫌いですよ」
「ちぇ、つれないね」
敢えてか、佐山さんはあざとく言う。
ほんの少し拗ねたような表情をして、上目遣いで僕を見た。
「あとは…………黒髪ロングの女の子」
「嫌いです」
「タイツ履いてる女の子」
「嫌いです」
「マフラーで髪がもこってなってる女の子」
「嫌いです」
「えと…………胸が大きい女の子、とか」
「嫌いです」
「じゃあ、私」
「…………嫌い、です」
「あっ、少し照れた!」
不覚だ。
僕は思いのほかストレートな質問に驚いたに過ぎない。
しかし、実際照れたにしろ、照れてないにしろ、佐山さんに照れたと思われたならば面倒臭い事になると分かり切っている。
「ねえ、本当に私の嫌いなの? 本当は好きなんじゃない?」
「だから、嫌いですって」
「えへへっ、だから好き」
佐山さんは嬉しそうに言った。
彼女は自分を嫌いだと言った人間に、心の底から好きだと言える。
それを人々の多くは慈しみ深いと評価するかも知れないが、僕は、僕だけは気持ち悪いと言い続けよう。
でなければ、誰が佐山さんに嫌いと言ってやれる。
誰が佐山さんを、完璧な理想像から解き放ってやれるって言うんだ。
超人でも何でもなくて、普通に生きて、普通に好かれて、普通に嫌われられる。
そんなただの人間にしてやれるって言うんだ。
「佐山さんはそうやって、僕の嫌いな人であり続けてくださいね」
「私を嫌いって言い続けてくれるなら、いつまででも」
やはり嬉しそうに、佐山さんは言った。
どこまでも見透かされている気がする。
僕如き矮小な人間の腹の内など、きっと手に取っているように分かるのだろうな。
僕はそんなことを想いながら、いつも通り元気な佐山さんへ目を向ける。
嫌いな所を見失わぬよう、恐ろしさを見つめながら。