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恋のパンケーキ

 僕はアパートの自分の部屋で、ベッドに仰向けになり天井を見つめながら、今日の教育学演習の自己紹介を振り返っていた。

「わたしの名前は、湯音かのんと言います。趣味は、喫茶店めぐりです。東京の街には、小さな喫茶店がいくつもあって、それぞれにそれぞれの空間があって、とても素敵です。わたしのお気に入りは、高幡不動にある喫茶店ルージュです。週に一回は、必ずそこでウインナーコーヒーを飲んでいます。とっても美味しいのでおすすめです。皆さん、これからどうぞよろしくお願いします」

 湯音かのん。僕に質問をしてくれたあの天使。やっぱり、そう。教室の窓から吹き抜ける春の風は、かのんの髪を揺らしてメロディを奏でていた。それは、甘いメロディで、僕の心に沈んでいくようだった。これを恋のメロディと呼ぼう。と、僕は白い掛け布団をぎゅっと抱きしめた。

「あ、あの好きな食べ物は何ですか?」と、あの時、僕はかのんに質問した。考えるよりも先に、思わず声が出たのだ。勇気なんて必要なかった。かのんはパンケーキが好きだと答えた。偶然の一致だ。好きなものと好きなものが繋がっていく感じ、たまらないよね。

 さあ、いっちょ、やるかー。って僕は、キッチンに立ち、ボウルに小麦粉、砂糖、塩、ベーキングパウダーを入れる。こうしている間も、頭の中はかのんでいっぱいで、かのんを想うと、胸が高鳴り、心は溶けていくような不思議な感覚を覚えた。集中しようパンケーキ作りに。と、思っても、頭に浮かんでくる。卵、牛乳を入れ、最後にバニラエッセンスを加えて生地の出来上がり、フライパンに火を通し、ボウルの生地を流し込み、焼いていく。片面が焼き上がったところで、ひっくり返してもう片面。そうして出来上がったパンケーキ。生クリームをのせて、口に運ぶと、なんということだろう。いつもよりおいしい。かのん。パンケーキ好きなんだ。絶対、これ食べて欲しい。恋のパンケーキ。ふたりで食べるんだ。僕の夢が出来た。

 食器を片付けると、僕はまたベッドに倒れ込み、湯音かのんのことを考え、布団を抱くのだった。いつもなら、ターンテーブルに針を落として、ロックンロールの世界に入り込むのだが、この時は、それが出来なかった。もしかしたら、ロックンロールがこの甘い恋の世界を壊してしまうのではないか。心の隅っこで、そう思ったからかもしれない。

 無音。静寂の中で、ずっとかのんのことを思っていた。何時間経ったであろう。新聞配達のバイクの音が聞こえ、窓の外は白みはじめた。その時、外で「ポコン!」という音がした。あっ、まさか!僕は速攻、光の速さで、アパートのドアを開け、階下の駐輪場を覗いた。

 見つけた!見つけたぞ!そう、僕の自転車の籠に、桃色ピーチを捨てている少年を見つけたのだ。ここで、僕の部屋の2階から急いで駆けていっても逃げられるだけだ。僕は、そうっと足音を立てないように階段を下りて行った。幸い、少年は背中を向けて、なにやらぶつぶつ呟いている。よし、気づかれていない。いまだ!僕は少年の袖をつかみ「おい、何してんだ!」と言い放った。

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