教育学演習②
「それでは、端から順番に前へ出て自己紹介をお願いします」
水沢教授のこの一言で、学生たちの自己紹介ははじまった。一人一人が壇上に立ち、次々と自己紹介をしていった。平然と話す者、短く話を終わらせる者、おどけて笑いを取ろうとする者。さあ、僕はどういう自己紹介をしよう。僕には勇気があった。「世界を変えるのは、世界を変えられるあなた」そう夏坂の言葉に背中を押されたためである。この教室の人気者になる。その第一歩。それは印象的な自己紹介から始まるのだ。あれこれ、考えをめぐらせた。が、名案は浮かばない。心が焦る。心臓の鼓動はそのスピードを上げ、手から汗が吹き出し、拳を握るとぬるぬるとした。
「では、真ん中の席の君」
水沢教授に指名され、僕は「はい」と答え、席を立った。足がかすかにふるえる。壇上に立ち、前を見つめる。学生たちの顔、顔、顔。あっ、真っ白。頭が真っ白。
「はじめまして。二川カケルと申します。あー。あの」
や。なんて話す?何も浮かばないんだけど…。
沈黙が生まれた。
終わった。
「その…」
いや、終わりたくない。何か話せ。僕は、友達をたくさん作り、ここからリベンジ。キャンパスライフをエンジョイさせなきゃ。ならぬ。のだが。
「えっと」
教室の空気が冷たくなった気がした。すまん夏坂。僕は世界を変えられなかった。
「よ、よろしくお願いします」
と言って、頭を下げた。あちゃー。またも絶望。と、あきらめたその時であった。後方の席から、声があがった。
「好きなものはなんですか?」
視線を運ぶと、後方の席の女の子が手を上げながら、こちらを見つめていた。茶色い髪のロングヘアーは春の風に揺れ、メロディーを奏でそうな気がした。その女の子は、軽く微笑みながら僕を見つめていた。天使だと思った。
「好きなものは、ロックンロールです。ミッシェルガンエレファントをよく聴いています。今朝もバードメンという曲を聴いてきました。僕には、こだわりがあって、音楽はレコードで聴くことにしています。不思議とあたたかみがあって、アーティストをより近く感じられると思うからです。ロックンロールは解放だと思っています。苦しみ、悲しみ、失望、無気力、不の感情の全てを破壊してくれるものだと思っています。それと、好きな野球選手は、阪神タイガースの夏坂薫です」
「ありがとうございます。好きな食べ物のことを聞いたんですけど…」
女の子はそう言って笑った。教室に小さな笑いが起こった。
「あ、そうですか。好きな食べ物はパンケーキです。みなさん、これからよろしくお願いします」
僕の自己紹介が終わった。心が解放されて、すっきりとした気持ちになった。天使の助けによって、面白い自己紹介が出来たことに満足した。希望に満たされた。そして、女の子に芽生えたこの気持ちは恋?このアイスクリームみたいに溶けそうな心。愛しい気持ちは。




