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夏坂襲来、その後

 コンビニまでの道を、自転車で駆け抜けた。暖かな陽光、まだ少し冷たいが吐息のような優しい風、桜の舞う春の道。夏坂の襲来によって、滅入った心も晴れるというものだ。向かいから学生たちがぞろぞろ歩いてくる。ブレーキをリズミカルに押しながら、避けていく。僕の住んでいるアパートは大学から近い。徒歩5分といったところだ。今は大学と逆方向に進んでいる。まだ、東京に来て間もなかったころは、何度か人を轢きそうになった。対面の人が歩く道を予測すること。以心伝心。あうんの呼吸。そういう生活していく上での大切なスキルを習得するまで大変だった。僕が行きたいルートと、対面から向かって歩いてくる人の行きたいルートが重なって、慌ててブレーキのハンドルを握ることがあった。道を歩いて、人とすれ違うことなんて2回か3回の田舎の出身だ。東京に来て3年、僕も結構成長したのだ。

 コンビニに着いた。自動ドアが開いて、中に入るなりなんとなく書籍コーナーに進んだ。いつもなんとなく書籍コーナーを通るのだけど、コンビのレイアウトというのは、心理学に基づいて設計されているらしい。人間は左回りに歩くと心地よいそうで、その導線上に売れる商品が配置されているという。どこのコンビニもレイアウトが大体同じなのは、人間の心理学に基づいているのだ。

「あ」と僕は思わず小さな声をあげた。夏坂薫の書籍が棚に並んでいたからである。「人生、変えるのはあなた」というタイトル。夏坂…。夏坂に対して良い印象を持っていないけれど、これも何かの縁。ということで、その単行本を一冊、サンドイッチとコーヒー牛乳を買って、外に出た。

 流れる学生の人波を、自転車ですいすい追い越してアパートに着いた。部屋に入ると、サンドイッチを頬張りながら、夏坂の本をめくる。

「僕が、野球を始めたのは面白いからではなく。それまでが面白くなかったから。面白くない毎日を壊して見たかった。それまで僕はいじめられていた。苦しかった。つらかった。バットを振っていると、そんな暗うつな気持ちが次第に崩れ、晴れていくことがわかったんだ。待っていても世界は変わらない。世界を変えるのは、世界を変えられるあなたしかいない」以上、夏坂薫「人生、変えるのはあなた」6ページより抜粋。

 ピコーン。はああああああ。うむむむむ。天井を見つめた。ジーザス。目を閉じた。はああああああ。深いため息を吐いた。また天井を見つめた。僕は感銘を受けたのである。5体の夏坂薫の小さなフィギュアに、先ほど自転車の籠から取り出して、ポケットに入ったままだったもう1体を追加した。テーブルの上に6体の夏坂薫。戦争は終わった。ありがとう夏坂さん。と、小さく呟くと、ノート、参考書などが入ったトートバックを肩にかけて、勢いよくアパートのドアを開けた。一斉になだれ込む春の風が気持ちよかった。

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