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ロックンロール

 愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。愛は決して絶えることがありません。(コリント人への手紙I 13:4〜8)

 りんりんりん、目覚ましが鳴った。バシッとチョップで渾身の一撃を食らわし、息の根を止めた。ベッドの上で横に一回転すると、眠い目をこすりながら薄く眼を閉じ、照準を合わせた。「ばきゅーん。ばきゅーん」まずは、あの夏坂のフィギュアだ。その数5体。夏坂薫。毎年打率3割を記録するくらい活躍したバッターだったが、ここ数年成績は下降し、今や落ち目の野球選手だ。桃色ピーチのペットボトルに、おまけでついてきた小さなフィギュアである。一体ずつ慎重に照準を合わせる。「ばきゅーん、ばきゅーん、ばきゅーん、ばきゅーん」最後の一体。ごくりと息を呑む。「死ねー夏坂!ばきゅーん!」「よし、やったか!」「ばきゅーん。ばきゅーん。まだまだいるぞ!」お次は、黄色いウクレレ。履歴書。リップクリームたちだ。これを問題なく片付けると、僕はベッドから立ち上がった。「ああもうめんどくせー、アサルトライフルだ」「ばばばばばばばば」って、ティッシュケース、ヘアカタログ、クラッカー、判子、腐ったから揚げくん、錆びたベル、ノートパソコン。などなどを撃ちまくる。撃ちまくる。撃ちまくった。もちろん身振り。真似事。両手でわちゃわちゃ、鉄砲を撃つ真似をしただけのこと。ご安心。何も壊れてないよ。は?え?僕?壊れてた?ふうん。

「うははー。これだけはー。君だけは壊さないよ」って、僕はミッシェルガンエレファントのシングル、ドーナッツ版のレコードをなでなでした。こうやって、なでなですると音が違ってくるんだ。ほんと。ターンテーブルに針を落とした瞬間、爆音で音楽が鳴り響く、スピーカーは微動していく、僕の鼓動がエイトビートで高鳴った。体は熱を帯びていく。おはようロックンロール。ロックンロールは壊してくれる。朝の憂うつを。僕の混沌を。

 アパートのドアを開けてサンダルを履き外に出た。今日は二限から大学の講義がある。それまでに朝飯をコンビニへ買いに行くのだ。僕の愛車、深紅のママチャリの籠には、桃色ピーチの空いたペットボトル。「またかよもー、ごみ箱じゃねえよ」僕は苛立つ。というより、途方に暮れた。毎朝決まって、何者かが籠に置いていくのだ。僕の朝は、この桃色ピーチの回収から始まる。「なんだよこれ夏坂じゃねえかよ!」籠には一体の小さな夏坂のフィギュアも捨てられていた。部屋が夏坂で一杯になったらどうしよう。はあ、憂うつだ。バットを持って僕を見つめる夏坂。それをやさしく、そっと包み込むように、桜の花びらが一枚舞い降りた。



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