小帝都のレディスパーダ 1
雨の中、空になった弾倉をイラつきながら投げ捨てる。それに反応してくれることだけを望む。
どこかでわかっている望みなど叶うすべなどないとわかっているのに。
「聞いてねぇ!聞いてねえよ!」
思わず、苛立ちの声が出る。確かに難しい仕事だった。でも、そして、まさかの命の危険が伴うような仕事だなんてことは聞いていない。
「最初の話と違うぞ!」
細い道すべてを警戒しながらも、いくつかの路、いくつかの路地を早足で駆け抜ける。いつもなら嫌う、雨に打たれることも、明かりに顔が照らされることも、今日は厭わぬままに。いくつかの路地の奥。ゴミ捨て場の隣。それが無事だったことに、
……これほどの安堵を憶えたことなどなかった。
「へ、付いて らあ」
カバーをめくりあげる。この魔属領の獣憑き崩れ。上級兵程度の軍属では、触ることさえも決して許されなかったそれ。それが、無防備に、ただ、今目の前にあった。装備を見る。横流し品を買い取った。そいつが言うには、放棄後まだ、20年も経過していない。
最上級品らしい。
すぐに各所のチェックに入る。装備ヨシ。弾薬ヨシ。接続ヨシ。
確かに最上級品だと、安堵の息を吐いたその瞬間だった。表通りのゴミ箱がはじけ飛んだ。その後を影がぬるっと動いた気がした。
安堵の息は、すぐに緊張の飲み息に変わった。あの先にあれがいる。あれがいる。
「――――――。――――。」
すぐに、起動コードを打ち込むが、それからの反応はない。
「違う。ッツ」
バンッ!
確かに、聞こえた。遠いとは決して言えない距離。だが、近くもない。壁の一部が吹き飛ぶ音が聞こえた。思わず、声を荒げたことを、悔いる。おそらく、それは、そこにいる。そして、今。気が付いてしまった。
「落ち着け。現在の上官は、|ライト・ホワイトヘッド《あのイヤな奴》だが、かつては、俺は、あのエリートで知られる、アザゼル中隊にいた。落ち着け」
いよいよ、壁を殴る音は、近づいてくる。
「将来的には、皇帝直下も任せられると言われた俺だ。――そうだ、これだ」
冷静になれば、これくらいのプロテクトなど、造作もない。
俺が冷静になったからと言って、機動プロセスが短縮化されるわけではない。近づく苛烈音、イザ着く心臓の音
「早く、早く、早く……」
ドンッ……!
パラパラとしたがれきが、俺の頬を打ち、皮膚を切り裂く。確かな痛み。ただ、それよりも、それは、壁の内にあった。
合ってしまった。
一瞬目が合った。
それは、笑ったように見えた。そして、すぐに動いた。
俺は、残念だが、ビビっちまった。それに。
「動け……動けよ!!」
マニュアルすらも忘れて、操縦桿を無造作に動かした。いつもならば、思うだろうと思うよ。おいおい、まだ、準備フェイズだ。動く状況じゃねえよって。でも、あの瞬間、思ったんだ。
ああ、こいつは、こっちの理を踏みにじる……奴だ。こいつに何を言っても、多分通じない。
ただ、そう分かってしまったんだ。
「動け!!」
動いた。そう、動いた。動いた。
「ああっ……動くじゃねえか。ちゃんとよ!!」
冷静ならば確認していただろうと思うよ。動いた。動いたけど、それは、作業用……引き金を引くことができるだけ、最低の戦闘用としての機能しかなかった。なんで気が付かなかかったのか?……気付けるわけなんてないだろう。動かないと思っていたものが、動いた。そして、かつて、それに憧れていた。
ならば、動かしたいと思うのは、必然というものだ。
「どこだ、どこにいる
はは、臆したのか?
レディスパーダ!!」
強化外装骨格……貴族たる獣憑きの類まれなる力に迫ろうとした、人間どもの憐れな努力の結晶。ただ、それは、ただの過去の産物に過ぎない。それに気が付くことなど、できなかった。壁に向かい、装填された重機関銃を打ち込むこと。それが、できた精一杯だった。
「なら、見せてあげるよ」
その声は、近くから聞こえた。確かに聞こえた。若い。若い、女の声だった。その意外性に気を取られた。その瞬間に、多分、左手だったのだろうと思うよ。そこに装備していたはずの銃が、天に跳ね上がった。銃身からバキバキていう嫌な音が聞こえてきたのさ。ああ、そう思うかもしれないが、重臣の部分には、連射装置、冷却機構群なんかがある。意外とデリケートな部分なんだ。まあ、重機関銃の銃身を持たれてしまうなんて思っていなかった。
「なめるな!」
確かに撃った。相手の胴体。この距離ならば、必中さ。よけることなんて、できようもない。しかも、こっちの武器は、13mmの銃弾だ。種類不明。だが、衝撃は……。
「ああ、効いた。良かったね」
聞こえたのは、さっきと同じ、その声だった。両腕を取られて、メキメキとフレームの悲鳴を聞きながら、俺は、ただ茫然とそれを見つめた。両手に抱えた花火が、不発に終わった後、そいつは確かに笑った。
「……」
開けた口に、紅い火の玉が生れていた。フレームが、限界を超えて、融解しつつあることを確認して、俺は、咄嗟に脱出レバーを引いた。
「というわけだ。お嬢さんよ」
「そうなんですね。その後は!?」
檻の外にいるのは、目をキラキラと輝かせている、女性。
「それで終わりさ。そのあとは、それが、スクラップに変えられるのを見ながら、気絶。目が覚めたら、ここにいたってわけだ。
一攫千金を夢見た小悪党は、
噂のレディスパーダにぶちのめされて終わり。はぁ、付いてないぜ」
「それは、それは。運がないとはいえ、産まれてきた意味を考え直さないとと思うほどには――ついていないですね」
「お前は、貴重な面会時間を使って取材したいのか。それとも暇を持て余して、俺を煽りに来たのか、どっちなんだ」
目の前に少し大柄な女性が座っていた。学生服を着ていなければ、実年齢はずいぶんと高く見えるだろう。ただ、小物含めて身なりがよい。手に持っているのは、最上級の筆記具。確かその筆記具を出したバッグには、最近売り出しているブランドのロゴが打ってあった。愛人にねだられて買ってやろうと思ったけど、0の数が2つほど違っていて、結局断念したんだよ。
……惜しい女だったな。まあ、悔やんでも仕方ないと言えばその通りなのだが。
おそらくは、辺境貴族のお嬢様と言ったところだろうか。
「それは、取材に決まっています。だいぶ聞きたいことも聞けてきたので。ところで、他に気が付いたことなどはなかったですか?」
「他?さあな。おれは、あの後、すぐに気絶しちまったから。あとは、取り調べで話したことがすべてだ。警官に残りは聞いてくれ」
俺のその言葉に、その少女は、少しきょとんとした表情を浮かべた。それをなぜ驚く必要があるのかと問い暇もなかった。
「囚人680。時間だ」
看守による面会終了が告げられて、二人の間が厚いカーテンで区切られる。ドアの開く音。その時俺が掻いていたのは冷や汗だった。
退所名簿に自分の名前を書き、係員に記者証を確認してもらった。
「はい、ミーラ・フォルテシモ。帝立学園報道クラブ確認したよ」
返してもらった記者証をバッグに仕舞うと、わたしは礼を言い、外に出た。暗い室内から急に明るい場所に出たからか、少し目が慣れるのに時間がかかった。
「あの後すぐに気絶か。おかしいな。確かに」
ミーラはそう呟き、空を見た。天には高く雲が流れている。昨日までの雨が嘘のように空は何も知らせずに、太陽が大地を照らしている。