プロローグ
「こうして、淑女の剣は、この地に栄えていた悪を討ち取ったのです」
「うわぁ!かっこよかった」
寝る前の枕話。お母様の語ってくれるそのお話はとても大好きで、とてもワクワクできた。そう、大事な寝ることすらも惜しんでしまうほどに。
「本当に、ミーラは、レディスパーダのお話が好きね」
「うんっ!」
わたしは、その物語が大好きで、大好きで。そう、その主人公に憧れすら持っていた。
勇気と行動力のあるレディスパーダ。それと、共に旅をする千貌の剣の物語。
旅の中で、2人は、たくさんの苦難と障害を乗り越えていく。その話が大好きで、何度もお母様にねだった。
「じゃあ、明日の夜は、レディスパーダと帝国の皇帝のお話をしましょうか。でも、まず、今日は、|もう寝ましょう《Get between the sheets》……ね」
「は~い。でも、お母様、昨日のレディスパーダと帝国の密士のお話。もう一回聞きたい。
お願い。もう一回。もう一回だけだから――お話して」
おねだりの、お約束の言葉。お母様の困った顔とうれしそうな顔が、独占できるその瞬間。
だからなのだ。そう、今日の晩も、夜が更けるまでお母様にお話をねだり続けた。
「ふぁ~」
お母様は、わたしの欠伸を見ると、ほっとしたような笑みを浮かべる。隣のベッドで、既に寝息を立てているお兄様を見て起こさないよう気遣いながらも、音もなく椅子から立ち上がる。
すっかり真っ暗になった外と隔すように静かにカーテンを閉め、最後にわたしの頬にキスをする。
「こうして、レディスパーダは、次の朝に向かうのでした。
ふふ。ミーラお休み」
レディスパーダの最後の一文。それをもじって、私に言い聞かせるように呟く。そのまま、後ろへ振り返り、兄様にも同じようにした。お母様の気配が部屋から消える。
残ったのは、まだ興奮の残っているわたしと、寝入っている兄様だけだった。
「明日は……レディスパーダ、皇帝に会う。だったかな。ものすごく楽しみ」
月を見上げながら、まだ、ドキドキとうるさい心臓。そしてそれよりも大きな音を立てている、ワクワクとした心。今日が暮れて、明日が開ける。それが、楽しみで楽しみで寝ることもできない。そんな気持ちがわたしの目を閉じることを拒否させる。わたしだって、寝ないといけないことなんてよくわかっている。明日はお父様がピクニックに連れて行ってくれる日で、久しぶりにダルクのお菓子が楽しみで、何しても許されるその時が楽しみで。ああ、楽しみで楽しみで、眠りが訪れてくれない。いっぱい楽しみ。
きっと、きっと、
元気にお父様とダルクと遊ぶ。そう、たっぷりと遊ぶんだ。
何しよう。
鬼ごっこ。今のところ、お父様に勝ったことがない。
かくれんぼ――お屋敷の中ですら、ダルクに勝ったことない。
ああ、ダメだ。かけっこ。うん、この間、お父様に勝てた。
木登り。ダルクも手を焼いてた。
うん、かけっこと木登りにしよう。ああ。明日が楽しみ――楽しみ。
きっと、明日は今日よりいい日で輝いているんだ。
そうなんだ!そうなんだよ。明日はたのしいんだ。
だから寝ないと。寝ないといけない。早く。早く。
そういう希望をもって、シーツを引き上げた。白い闇が目の前に広がる。その先には、ランタンの灯。でも、きっと私はにやけ顔。きっと。絶対に隠しきれてない。
「……ミーラは、レディスパーダの話が好きなんだな」
「え?うん。お兄様起きていたの?」
だから気が付かれたのだろうか。
私が、今にも寝ようとしている瞬間、既に寝入っていると思っていた兄様の声が聞こえた。微かな声だった。でも、びっくりして思わず応えてしまう。多分そんなことは兄様はお見通しだったのだろう。支配する静かな空気を割くように、それとも遠慮するようにその声が耳に入ってきてしまった、
「レディスパーダ。正義と秩序を愛するヒーロー。
ミーラ。……それを、どんなにミーラが好きでも、どんなにレディスパーダの物語を愛していても。そして、心の底から、そうなりたい。そうありたいって願っても。
ミーラは、レディスパーダのようになることはできないよ
絶対に」
「――フォルテ兄様。なんでそんなにひどいことを言うの?」
兄様のこころないひどい言葉。そして、次に発せられた言葉。それは、夢見がちなわたしの小さな胸をえぐるような言葉だった。
「教えてあげるよ。
ミーラ。
お前の本性はどこまで行ってもヴィランでブレイカーだ。どんなにヒーローを気取っていたとしても。
お前は悪なんだ。
もう一度言う。お前は、悪だ。そう、悪役だ。
それが覆ることなんて。いや、覆そうと考えること。
それこそが、悪の証明」
その意味は解らなかった。今でも、お兄様が、なぜあの時にあんなことを言いだしたのか理解することなんてできなかった。
でも、そう言われたことを否定できずに、ただただ、悲しくて枕に涙を吸わせながら眠ったのを思い出した。
だからこそだろう。今、私がその言葉を思い出すのは。
ただ、今ならばわかる。私は、確かにヴィランだ。
小帝都一のヴィラン。
それが私。レディスパーダだ。