(9)寝かしつけ係は口説かれる。
「もうそろそろお休みの時間ですよー」
「だから、俺を子ども扱いするな」
「えへへ、すみません、つい癖で」
私と火龍さま……もといイーノクさまは今日やっと結婚式を挙げた。夏至祭のあと、すぐにでも結婚をと周囲は話していたけれど、なんとか頭を下げて待ってもらっていたのだ。火龍さまの実年齢がどうであれあの時の見た目は紅顔の美少年。まだ犯罪者にはなりたくなかった。
「まったく、随分待たされたものだ」
「たかが数ヶ月じゃないですか」
「まったく、お前が俺に何も許してくれないから」
「結婚するまで口づけ以上は禁止に決まっています」
「手を繋ぐだけでどうやって力を回復しろと」
「無事に回復できたんだから問題ありません」
「もともと寝かしつけ係として契約していただろう」
「寝かしつけ係がそういう意味だったなんて知らなかったんです!」
「そうだろうとも。まさか俺も、あれほどまでに健全に寝かしつけられるとは思いもしなかったからな」
そう、私はなにも理解していなかったけれど、あの時女性を募集していた神官さまは、イーノクさまの結婚相手を探していたのだ。相性の良い女人と交わることで、失った力を取り込む予定だったらしい。火龍さまが神子や神官を名乗ってお忍びで行動していることも、ある一定以上の年齢の人たちにとっては周知の事実だったとか。なんだそれ。
さらに運の悪いことに、偶然力の使い過ぎで子どもの姿になってしまった火龍さまがいたものだから、私の勘違いはもうどうしようもないものになったというわけ。
ちなみに火龍さまは私がお世話係になってから、失った魔力の取り込みが楽になったらしい。今までは大地に流し込むばかりだった魔力は私を介することでうまく循環するようになったのだとか。
いやあ、実に環境に優しい魔力の使い方ですね。……私は泥水を濾すためのろ過装置かい。
ただ自分でうまく調整ができなかったため、ちょっと神殿で真面目に祈りを行うと子どもから本来の姿に戻ってしまうことも多々あったらしい。ああ、祈りの間で突然ざわつくことがあったのはイーノクさまの姿が不安定に変化していたからなのね。
しゃらしゃらと風が部屋を通り抜けていく。音を奏でているのは、私が作った風鈴だ。たまった力を火龍さまに戻すことができるようになってから、私の硝子作りの能力は飛躍的に向上した。声を聞いたり、色を見た後にむやみやたらに共鳴せずに済むようになったからだという。
おかげで私は硝子作りを楽しんでいる。今までの作品が嘘みたいに、思った通りの形が生まれるのでついつい時間を忘れてはまってしまうのだ。
まあ売り物にしようと思うと、「火龍さまの嫁が作った硝子細工」ということで、別の意味で価値がついちゃいそうだから、当面販売することはできなさそうだけれどね。
そんなことをつらつらと考えていると、イーノクさまに抱きしめられた。
「またお前は、俺を置いて違う世界に行っていたな」
「ちょっとぼーっとしただけですよ。なにせ、結婚式で気疲れしてしまいました」
「なるほど。早く寝たいのだな。お前がそこまで言うのなら、俺のことを寝かしつけてくれてもかまわんが?」
なんだろう。妙に「寝る」に含みがあるような。やっぱりこのまま普通に夢の世界へとはなりませんか。
「……えーとお疲れでしょうし、寝台はひとりひとつずつということで」
「まさか新婚初夜にぐうすか眠れると思うなよ」
「でもでも、交わらなくても力は回復できたわけで、別に慌てることはないんじゃないかなーって」
「……お前の得意技が生殺しなのはよくわかっているが、もうこれ以上堪えてやる義理はないな。我慢は体に悪い。俺が力の回復のためだけにお前を抱くつもりだといつ言った。好きな女が目の前にいるのに、待てばかりさせられる方の身にもなってみろ」
行儀悪く長椅子の上で寛いでいた火龍さまが、簪を引き抜いた。高く結い上げていた髪がはらりとこぼれ落ちる。それをわざわざかきあげて流し目でこちらを見つめてくるあたり、このひと……この龍は本当に意地が悪い。
「よく眠れるようにたっぷり運動をしないとな?」
「下品! 助平! 変態!」
「残念だったな。それがお前の旦那だ」
今夜もやっぱり、なかなか眠れそうにない。
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