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(8)寝かしつけ係は真実を知る。

「嘘でしょ」


 目の前には、きらきらと光る湖が出現していた。


 深い深い翡翠色。先ほどできたばかりの湖だというのに気持ち良さそうに泳ぐ魚が見える。


「これなら確かに競漕(きょうそう)ができるわね」


 夏至祭の競漕(きょうそう)では、村の屈強な若者たちが何組かに別れて手漕ぎ舟の速さを競うのだという。火龍さまは、その隣を悠々と飛んで追いかけるのだとか。火龍さまに捧げる南の地方由来の儀式。


 不意に賑やかな銅鑼や鐘の音が聞こえた気がした。祈りを捧げずとも火龍さまの力の欠片を拾ってしまうとは、この湖はよほど加護に満ちているらしい。


 普段よりも神々しさましましで星のように輝く神官さま……もとい火龍さまは、厳しい顔で湖を見ていたけれど、こちらに向き直ると柔らかく微笑んだ。


 くっ、視覚の暴力! 神官さまが火龍さまだとわかった途端に尊く思えてしまう自分も軽過ぎるんだろうな。あまりにも掌返しな己に呆れながらその美貌に向かい合った。


「お前のことは、ずいぶん前から知っていた。神殿に硝子細工を奉納してくれていただろう?」

「え? 我が家の工房から出来のよいものだけを選んで届けていたので、私のものは納めていないはずですが……」

「お前の父親は良い目をしている。お前がたくさんの声を聞き、さまざまな色を見ていることに気がついていた。だから、売り物にならない作品でも、何か大きな意味があるのだろうと考え一緒に納めていたようだ」


 火龍さまの言葉に驚きつつ、記憶をたどる。


「でも、神殿の中には私の作品はひとつもありませんでしたが……」

「すまないな。あまりにも相性が良すぎて、触れた瞬間に吸収してしまった」


 火龍さまが腕まくりをすると、きめ細かいなめらかな素肌があらわになった。ひとさし指で示された部分をよくよく目を凝らして眺めてみる。一瞬浮かんで見えたのは、私が作ったさまざまな硝子細工を彷彿とさせるようなきらめく鱗だった。


「お前の硝子細工のお陰で、出涸らしだった力もゆっくりと回復していった。これがどんなにすごいことか、お前にはわからんだろうな。神官を村に寄越して説明させたときも何やらおかしな勘違いをしていたようだし。まあだからこそ、俺の力を受け止める龍の乙女になれたのだろうが」


 透き通るような虹色の鱗は、その存在を私に知らしめたことで満足したのかあっという間に消えてしまう。まるで蜃気楼のような美しさだった。


 私の作品は、誰にも認められない意味のないものだと思っていた。だからこそ、いつの間にか硝子作りから遠ざかってしまった。大好きだったからこそ、作り続けることが辛かったのだ。


 でも父はその意味を考えてくれていたし、火龍さまにとってはそれこそ力の根幹に関わるものだったらしい。これはもしかして、誇ってもいいのだろうか。


「最初はその力に惹かれた。次は朝晩の真摯な祈りに。だがずっとそばにいるうちに、見知らぬ子どもにさえ愛情深く接する姿に恋をしたんだ」

「あの……」


 火龍さまと呼ぶべきか、言い慣れた神官さまと呼んでもよいのか。戸惑う私に気がついたのだろう。


「イーノクと呼んでくれ。伴侶にだけ、呼ぶことを許した名だ」


 まっすぐにこちらを見つめるその瞳の強さに身動きがとれなくなる。その顔でこの真剣さはずるい。なしくずしにうなずきたくなってしまう。慌てて話題を逸らすことにした。ずるいって言われても文句は言えません。ごめんなさい。


「ええと、あの兄弟子はそのまま放置で大丈夫なのでしょうか。溺死しませんかね? そろそろ引き上げたほうが……」

「あの男、嫉妬に駆られたあげく違法な呪いにも手を出しているぞ。呪い返しされていてあまりにも臭うから、火龍の焔で焼いて、聖なる水ですすいでやった。これで命ばかりは助かるだろう」

「ありがとうございます」

「もちろん、罪はしっかり償ってもらう。心を入れ替えることができたなら、炭鉱でも長生きできるかもしれんな」


 ここまで逃げてきたのは、悪事がバレたからなのか。それとも私を利用して、一発逆転を狙ったのか。あるいはその両方かもしれない。火龍さまの手心が加えられたのか、ようやく岸に引き上げられた兄弟子は、そのまま村の自警団に縛り上げられていた。


 とんでもないことをしでかした彼だけれど、彼のご家族はとても真面目なひとたちだ。連座にならないように、なんとか働きかけていきたい。


 そのときずずいっと、火龍さまの顔が近づいた。


「あの男の親兄弟が心配なんだろう。まあ悪いようにはしないさ」

「本当ですか!」

「もちろんだとも。だが、その前に。こんなに頑張ったんだ。褒美がほしい。先ほどの答えも」


 そんな期待に満ちた目でこちらを見られましても。しかも、いつの間にやら周囲のみなさまが集まって大注目なんですが。この状態で口づけ? いやいや無理でしょう。それに、なんだかんだ言っても、私はまだ火龍さまのことを神官さまとして働いている姿しか知らないわけですし、このまま結婚を受け入れるとなると時期尚早と言いますか。と、言い訳を重ねていたその時。


 ぽしゅん。


 なんだか気の抜ける音がした。あれ、火龍さまは? きょろきょろと辺りを見回しゆっくりと視線を下げると、そこにはあまりにも見慣れた神子さまの姿があった。


 神官さまが火龍さまだったことに驚いていたら、神子さまも火龍さまだったなんて。もしかして、今まで気がついていなかった私が間抜けなのかしら。


「調子に乗って、力を使いすぎた……」


 しょんぼりとへこんだ見慣れた神子さま……火龍さまの頭を撫でる。今日はいろんなことがありすぎた。ダメだ、もう限界です。


「とりあえず、神殿に帰りましょうか?」

「いやいや、何を言う。先ほどまでの続きが先だろう。おい、どうしてそっぽを向く」

「さすがに子どもに手を出すのはちょっと」

「いや、お前も見ただろう。俺の元々の姿はさっきの方だ」

「ああ、あの変態美形神官さまですね」

「言い方を考えろ。それに俺は火龍だ。こう言ってはなんだが、お前の曽祖父の時代から生きているんだぞ。何をためらうことがある」

「そういう必死な言い分で『合法』を強調するところが嫌なんです。朝晩のお祈りでも、魔力の回復はできますよね。本当の口づけは、元の姿に戻ってからということで」

「また、生殺しか!」


 頭を抱えてうちひしがれる火龍さまを見ながら、私はきらめく湖にこの土地のますますの発展を見た気がした。

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