(4)寝かしつけ係は昔話をする
ここ最近はお天気があまり良くないせいか、神殿の中は昼でもひんやりとしている。夜ともなれば布団をすっぽりかぶってもおかしくないくらいだ。
「眠れない」
そんな中、神子さまは今日も床の上でぐるぐる回っていた。何度も言っていますが、せっかくお風呂に入ったのに自ら雑巾になるのはやめてください。
「お布団に入ったら、一二三すやあですよ」
「だから、それはお前だけだと言っているだろう」
呆れたようにこちらを見上げてる神子さまに、私も思わず苦笑した。削れば削るほど、結果的に増えるものってなあに? 答えは、子どもの体力だよ。
神殿の広すぎる庭を一緒に駆け回った私は、きっと三日後に筋肉痛が来るんじゃないかな。
「ああ、楊梅酒が飲みたいなあ。山頂から切り出した氷と一緒に飲んだらよく眠れるだろうなあ。そこの飾り棚にある酒器を使って呑んだら最高だろうなあ」
あの酒器は、確か我が家の曾祖父が神殿に奉納したものだったはず。なんてものをお渡ししているの!
「何を飲んだくれ親父みたいなことを言っているんです。砂糖漬けにした楊梅の炭酸割りを出しましょうか?」
「そんな子どもの飲み物はいらん」
「だから神子さまは子どもなんですってば」
桑の実に引き続き、今は楊梅の季節だ。
大人用はお酒に、子ども用は砂糖漬けにしたのだけれど、神子さまは大人用を味見したくて仕方がないみたい。まったくお酒の美味しさをうそぶいたのは、どの神官さまなのやら。
「楊梅酒を飲むまで、俺は絶対に寝ないからな」
やれやれ。一応最終手段として、「眠くなるまでいっそ寝ない」もあるけれど、もう少しあがきたいもの。
となれば、やはりここは寝かしつけの定番、読み聞かせよね! 神官さまたちも、「寝物語」をなぜか超絶推奨していたし。
「一応聞きますけれど、按摩をやりましょうか? よく眠れますよ」
「女がみだりに男の肌に触れるんじゃない」
「いや、変な意味は全くありませんって。足裏を揉むと寝付きがよくなるという話なんですけどね。お嫌ならしょうがないですから、昔話でも聞いていてください」
この辺りの出身の子どもたちなら、誰でも知っている物語だ。神子さまはご存じかな?
「昔話? それなら、按摩のほうがいいのか? いやでも」
残念でしたー。もう昔話で決定ですよ。
***
『むかし、むかし、あるところに心優しい一匹の火龍がおりました。
本来、火龍というのはあたたかい南の国に住む生き物です。けれど変わり者の火龍は生まれ故郷を離れ、旅をしてみたくなりました。
南の地から、上へ上へ、どんどん上へ。
夢中で北に向かって飛んでいるうちに、火龍は困ったことになりました。まぶたや手足にできたつららが、体の内側に食い込み、とれなくなってしまったのです。
逆さまつげのように瞳に突き刺さるつららのせいで、うまく前が見えません。てのひらや足の裏に棘のように食い込むつららのせいで、飛ぶことはおろか、歩くこともままなりません。
仕方なく火龍はとある雪山で体を休めることにしました。けれど、火龍は暑い地方に住む生き物です。どれだけ体が丈夫だとは言っても、雪山で体を回復させることは難しいでしょう。
すっかり困り果てた火龍を助けたのは、雪山に住む貧しくも心温かい村人たちでした。彼らは乏しい食料を火龍に分け与え、一生懸命看病してくれました。
まぶたのつららが溶けた火龍は、ようやく周りを見ることができるようになると、何もない村にびっくりしました。火龍の住んでいた場所は、何もしなくても頭の上から果物が落ちてくるくらい豊かで過ごしやすい土地だったからです。
手足のつららが溶けた火龍は、またびっくりしました。土地は固く凍りついていて、大地の恵みを住人に分け与えることができなかったからです。そこは、水も土も山の中心にあるはずの炎もすべて凍りついた場所だったのです。
火龍に差し出された食べ物は、貧しい村人が少しずつ分け合った大切なものだと知ったとき、火龍はどうして自分が旅に出たのか理解したような気がしました。
村人たちの優しさに心打たれた火龍は、南の地に帰ることも、これ以上旅を続けることもやめ、この土地に残ることにしました。心配する村人を安心させるように龍が空に向かって咆哮をあげます。
火龍が息を吐くと、凍りついていた山肌に緑の木々が生まれました。
火龍が涙をこぼすと、そこには冬でも凍ることのない泉が湧きました。
火龍が手を動かすと宝石のように色とりどりの果物があらわれ、足を踏み鳴らすと麦畑が金色に輝きました。
驚き、喜び、歌い踊る村人たちを眺めながら、山頂近くに火龍は住処を作りました。そして火龍の住処は村人たちの手によって、今の神殿の形になったのです。
この土地が豊かな自然に囲まれているのは、ひとえに火龍さまの加護のおかげです。
火龍さまは今でもこの山で暮らしていらっしゃいます。さあ火龍さまに感謝の祈りを。良い子は朝まで、ぐっすりおやすみなさい』
***
物語を語り終えると、神子さまはますます不機嫌そうな顔になっていた。残念ながら眠りにつくことができなかっただけではなく、物語自体がお気に召さなかったらしい。……やっぱり小さい子の寝かしつけの定番のお話は、お嫌だったかしら。
「馬鹿みたいな話だ」
「あら神子さまは、火龍さまの存在を信じてはいらっしゃらないのですか」
「違う。火龍の存在を疑っているわけじゃない。こんなところにとどまらずに、さっさと自分の生まれ故郷に戻っておけばよかったんだ」
火龍を祀る神殿で働いている神子さまがどうしてそんなことをおっしゃるのか。言ってはいけない悪口を聞いてしまったようで、思わず後ろを振り返る。よかった、誰もいない。
「この神殿にはほとんどひとが来ない。当時はどうだったか知らないが、今は必要とされていないんだろう。だから、俺は」
ふてくされたような顔でうつむく神子さま。寂しげな横顔を見ていられなくて、慌てて私はその手をとった。
誰だって、自分の仕事を認められたいもの。誉められたい、感謝されたいという気持ちで働いているわけではないけれど、当たり前だと思われてしまったら途端に苦しくなってしまう。
神子さまがそんな気持ちで働いていることに気がつかなかった自分が恥ずかしい。
「神子さま! もうすぐ、恒例の夏至祭があるんです。一緒にそこに行きましょう」
「今の話の流れで、どうしてそうなる? 大体別に俺は、祭りになんて興味は……」
「まあまあ、いいじゃないですか。ちゃんと許可を取って、堂々と夜更かしをできるようにしてあげますから!」
「……酒が飲めるのか?」
「お酒はダメですが、そのぶん美味しいものをいっぱい食べましょう。串焼きとかわたあめとか!」
「本当にお前は何にもわかっていないな」
そう苦笑しつつ、神子さまのお顔はどこか柔らかい。
どこそこの屋台が毎年評判がいいだとか、祭りの名物といえばこれだとか盛り上がっているうちに、またいつの間にかぐっすり寝入ってしまった。