車中で。
ホテルのエントランスに黒塗りの車が止まる。
運転席から下りてきたのは、灰色のスーツをピシリと着こなした眼鏡の男だった。
数人のホテルスタッフ意外は誰もいないロビーを黒いスーツを着た男が自分の上着を掛けた何かを抱えて歩いてくる。
黒いスーツの男の歩みに合わせてロビーの中にいるホテルスタッフが頭を下げる。
エントランスの自動ドアが開き、目の前で止まった黒いスーツの男に眼鏡の男は恭しく頭を下げた。
後部座席のドアを開け、黒いスーツの男が乗り込むのを確認すると、眼鏡の男は運転席に乗り込む。
「本家でいいんですか?若。」
「ああ。」
短い会話の後、車は静かに発進した。
・・・・・・
「それは?」
眼鏡の男は運転しながらミラー越しにチラリと自分の主君が抱えるものを目で示す。
「俺のもんだ。」
「誘拐してきたんじゃないでしょうね?」
抱えられてものの形でそれが人間だということはわかっている。
しかも大きさ的にまだ小さい。
そして、どうやらそれが主君にとって大切なものだということも、主君の態度を見ればわかる。
「こいつから来たんだ。」
「こいつからって…まさか例の暗殺者ですか?!」
眼鏡の男は驚きの声を上げる。
主君から「暗殺者が来た」と電話があり、慌てて迎えに来たのがこの男である。
「うるせぇ。こいつが起きんだろ。」
黒いスーツの男は後ろから運転席を蹴った。
「桐月会の若頭ともあろうお方が…。普段の冷静な判断はどうされたんです?」
この街の夜、ひいては裏を締める桐月会。
その若頭がこの黒いスーツの男
桐月 十夜。
「迅。」
十夜は眼鏡の男の名を呼ぶ。
桐月会若頭補佐
森継 迅
それが眼鏡の男の肩書きだった。
ミラー越しにジッと迅を見る十夜。
「………はぁ。」
先に折れたのは迅だった。
「頭への説明はご自分でやってくださいよ。」
「ああ。」
二人の会話がしばし途切れる。
「…仕方ねぇだろ。惚れちまったんだから。」
十夜は膝に乗せた少女を上着の上から優しく撫でた。
「若のそんなお優しい顔、初めて見ました…。」
ミラー越しにそれを見た迅は目を見張る。
沈黙の中、十夜は少女を撫で続ける。
「若。」
迅が真剣さを滲ませる声で十夜を呼んだ。
「その子が若に飛びかかったら容赦なく殺しますからね。」
「大丈夫だ。飼いならす。」
「どこからくるんですか、その自信は。」
不敵な笑みを浮かべる主君に迅は呆れ顔を見せる。
「俺が欲しいものを手に入れられなかったことがあったか?」
「そのせいで振り回されてばかりですが。」
迅の嫌味に十夜は鼻笑って返した。
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