真夜中。
はじめまして。
よろしくお願いします。
真夜中。
寝静まった街を遥か下に見下ろすホテルの最上階。
静寂を破り、エレベーターホールに到着を告げる音が響く。
ドアが開き、エレベーターから下りてきたのは黒いパーカーのフードを目深に被った小柄な人影だった。
インナーも長ズボンも黑に統一した人影は、赤いカーペットが敷かれた廊下をいたって普通に歩いていく。
揺れるパーカーの裾から黒いベルトに挟んだ黒い鞘のナイフがチラチラと見える。
しかし、最上階はまた静寂の状態に戻っていた。
今そこを人影は確かに歩いている。
それなのに、
カーペットがあるにしても、異常に音がしない。
まったくと言っていいほど気配がない。
人影が透明だったなら、この廊下は変わらぬ静止画のような様相を今も見せていただろう。
それほどに、空気も揺れず、動かない。
そこにいるのに、いないと言われても納得ができるほどに。
人影は廊下の突き当りの角を曲がる手前でピタリと止まった。
(目的、この角曲がった、一番奥の部屋。)
(部屋の前、二人いる、しずめる、必要。)
故に人影は護衛に姿が認識される直前に止まった。
頭の中の事前情報を反復し、人影はグッと膝を曲げ足に力を溜める。
そして勢い良くカーペットを蹴り、跳ぶようにして角を曲がった。
そのまま斜めに廊下の半分まで空中で進む。
一番奥の部屋の前にいる護衛達が人影に気づく。
着地と同時にもう一度カーペットを蹴り、また跳ぶ。
次の瞬間には空中で護衛の一人の首を後ろから蹴り飛ばし、着地した片足を軸に一回転、もう一人の護衛の脇腹に蹴りを叩き込む。
一瞬で護衛達を一蹴した人影は周りを確認すると、一つ息を吐く。
しかしすぐに部屋のドアへと向き直った。
スルリとパーカーのポケットから取り出したのは、このホテルのフロントから盗ってきたマスターキー。
ドアの機械にカードを翳すと、電子音がした後、と鍵が開く音が鳴る。
人影はカードをポケットにしまい、慎重に少しだけドアを開いて中を覗く。
部屋の中は静かだった。
そっと音も無く部屋に入る。
「安眠妨害だぞ。」
その瞬間、奥から眠そうな男の声が聞こえた。
バレたことを覚った人影はすぐに奥に向かって床を蹴る。
跳び込みながら腰のベルトに挟んだナイフを抜く。
(…目が、合った。)
そう認識した瞬間、人影は部屋の主の男によって背後の壁に蹴り飛ばされた。
「かふっ!」
背中を打ち付け、息が詰まる。
衝撃でフードが外れ、長い黒髪が顕になる。
ナイフが手から落ち、音を立てた。
男が近づいて来るのを目の端で捉えるが、身体が動かない。
男は壁に寄りかかる少女の顎を片手で持ち上げた。
また、目が、合う。
男の漆黒の瞳を最後に、少女の意識は闇へ落ちた。
・・・・・・・・
藍色の瞳が閉じられると同時に、小柄な侵入者の身体から力が抜けるのがわかった。
完全に気絶したらしい。
男はなおもそのまま気絶した少女を見ていたが、やがて自身の黒髪を片手でかき上げニヤリと笑った。
それは、子どもの様な、悪魔の様な、
そんな笑み。
〜夜明け猫〜
始まります。
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