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8 豪邸


 あたしと小夜ちゃんは自転車を押しながら、おじいさんはテクシーで駅まで行った。昔のことを調べているとあたしたちが言ったからか、おじいさんは歩きながら、ここは昔なにがあった、あそこは昔なにがあった、そこの家に住んでた娘は昔可愛かった、などと色々話してくれた。あたしは熱心にうんうんとうなずきながら聞いた。

 あとで取りに来ればいいと駅に自転車を置いて電車に乗った。目的の駅で降りてラーメン屋さんでお昼を摂って、おじいさんのいうスマートホーンの地図アプリを使って前の地主の家を探した。



  ◇◇◇◇


「でっけー!」


 と小夜ちゃんが叫ぶほど、その家は大きかった。二階建ての日本家屋だが、その敷地面積は宿屋かと思うほどだ。鉄の棒で作られた門扉越しに見える庭もまた広い。緑の芝生や様々な種類の樹木が植えられ、野球ができそうだ。ごめん、ちょっと盛った。

 そのたたずまいを見て、おじいさんに着いてきてもらってよかったとつくづく思った。きっとあたしたちふたりだけでは気後れしていただろう。


「こりゃまた豪勢な家を建てたもんだ」


 おじいさんはあきれたようにそう言うと、門柱にあるインターホンのボタンを押した。


「はい」


 すぐに男の人の声がした。


「立花だ」


 おじいさんはぶっきらぼうにそれだけ言うと、今開けます、とインターホンから声がした。家を出る前に電話で連絡していたのだ。てっきりお家の人が出てくるのかと思ったら、鉄の棒で作られた大きな門扉が音もなくするすると向こうに開いていく。SFか!

 石の敷き詰められたアプローチを行くと、玄関の重そうなドアが開いて小太りのおじさんが姿を見せた。


「よー」


 おじいさんは無造作に片手を上げる。


「どうも、立花さん。ご無沙汰してます」

「豪邸を見学させてもらいに来たよ。と言うのは半分冗談で、この子らがショッピングモールの場所にあった竹林についてなにか聞きたいんだと。なんでも社会の宿題だそうだ」


 そんなことは言ってないのだが、ここでもめてもアレなので、小夜ちゃんとあたしは、


「よろしくお願いします」


 と頭を下げた。小太りのおじさんが不思議そうな顔をしながらも、まあどうぞ、とあたしたちを豪邸の中に招き入れた。

 玄関もまた広く、磨かれた木の床がぴかぴかと輝いている。奥にある階段のそばには巨大な丸太を輪切りにしたような、あたしの背丈ほどもある物が立派な台座に立てられていた。なんに使う物だろう? 非常時のテーブルかな?

 玄関のすぐ横にある落ち着いた感じの大きな部屋に通され、ふかふかで体が埋まりそうなソファにお尻を沈める。一通りの自己紹介のあと、


「それでどういった話を聞きたいんですか?」


 背の低いテーブルの向こうに座った小太りのおじさん――寺沢さんがなんだか緊張した面持ちで尋ねてきた。寺沢さんは六十歳くらいで人の良さそうな顔をしている。可愛い女子高生ふたりに緊張しているのかな? などとガチガチに緊張しているあたしは考えた。


「竹林にあったという大きな岩の祠のような物について、うかがいたいんです」


 小夜ちゃんが背筋をぴんと伸ばして言った。


「なんだ、そんなことか」


 寺沢さんはなんだか、ほっとしたように体の力を抜いた。


「変なことを調べているんだねえ。しかし、あれについちゃあ話すようなことはなにもないなあ。私が子供の頃からあったものだが、あれについてなにか親父から聞いたこともない」

「なにかわれとか、行事とか」

「ないなあ。ほったらかしだったよ。特に邪魔にはならなかったし、撤去するにもお金がかかるしね」


 岩に屋根が置かれていたということは、なにかの意味というか理由があったのだろうと思うが、時代が下るにつれそういうものは失われ、忘れられていくのだなあ。こっそりため息をついた時、部屋に新たな人物が入ってきた。


「ごめんなさいね、遅くなって」


 ティーカップを載せたトレイを持った、寺沢さんよりやや若そうな女の人だ。ちょっと化粧は濃いが綺麗な人だった。寺沢さんの奥さんかな?


「やあ、百合子ゆりこさん。元気かね」


 おじいさんが片手を上げた。


「おかげさまで。立花さんもお変わりがないようでなによりです。奥さんの膝の具合はどうです?」


 などと世間話をしなからティーカップをあたしたちの前に置いていく。カップからは紅茶のいい香りがした。きっと紅茶もカップもお高いのだろう。


「それでどういうお話ですの?」


 百合子さんが寺沢さんの隣に腰をおろした。かくかくしかじかというほどもなく、かくしか説明する。ひょっとしたら奥さんがなにか知っているかも知れないぞ、とあたしと小夜ちゃんはわずかに身を乗り出した。


「そんな物、あったかしら?」


 しかし百合子さんは岩の存在そのものを知らないようだ。あたしと小夜ちゃんはちょっと背中を丸めて体を戻した。ふと疑問が湧いた。


「その岩とか祠のような物は今どこにあるんです?」


 話が出ないところをみると、ここの庭にはありそうにない。だが前の地主さんならなにか知っているかも――。


「それはわからないなあ。岩のことなんか気にかけてなかったし。業者がどこかに捨てたんじゃないかな?」


 万事休す。ごめん、桃ちゃん。助けられなかったよ。でも、あたしたちはがんばったよ! 天国に行ってもそれだけは忘れないで!


 おじいさんたち三人は雑談を始めてなんだか盛り上がっている。あたしは居心地の悪い思いでいつおいとまを告げようかと考えていた。きっと小夜ちゃんも同じ気持ちだろう。そうこうしているうちに、あたしたちも雑談に加わって、一時間も経った頃には五人で大笑いしていた。



  ◇◇◇◇


 それからすぐに暇乞いとまごいをすると、おじいさんも一緒に帰ると言うので三人で寺沢さんの豪邸をあとにした。駅までの道をとぼとぼと戻る。


「嬢ちゃんたちは昔のことを調べてるんだろ?」


 うつむき加減に歩道を歩いていると、不意におじいさんが言った。


「ええ、まあ」


 昔のことならなんでもというわけではないが、首なし武者は昔の人だろうから間違っているわけでもない。


「わしの友人にな、その手のことに詳しいもんがおる」

「はあ」


 そのテといっても幽霊退治というわけではないだろう。昔話に詳しいおじいさんといったところかなあ。


「わしの家からそう遠くないところに住んどるんだ。行ってみるか?」


 今の時刻は午後三時頃だろうか。藁と言っては悪いがあたしたちは手がかりも失った状態だ。掴むしかあるまい。小夜ちゃんと一瞬目を合わせ、


「お願いします!」


 と頭を下げた。

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