7 おじいさんの話2
「お社ってほどのもんじゃないなぁ。竹林の中に大きな岩があってな、それに屋根をつけてただけだ。四本の柱で支えてな。まぁ出来上がった当時は割と立派なもんだったろうなぁ」
「どんな謂われがあるんですか?」
「それは地主もよくは知らんようだったな。管理もあまりしてなかったんじゃないかな」
「お墓とか?」
「そんな感じじゃなかったなぁ」
「かなり大きな岩でしたねぇ。わたしの背丈くらいはあったでしょう」
おばあさんが言った。おばあさんの背丈は百五十センチもないだろう。それでもかなりの大きさだ。
「そうだったな。あまり気にしてなかったが、ありゃいったいなんだったんだろうな」
「どの辺にあったんですか?」
あたしが聞いた。
「すぐそこだよ。ショッピングモールの駐車場辺りかな」
うひょー、これは一軒目からビンゴですか!?
「それは今どこに?」
小夜ちゃんが静かに意気込んで言った。鼻息が聞こえた。
「さぁー、それはわからんなぁ。今この話をするまですっかり忘れてたよ」
「そうですか……」
あたしたちは肩を落とした。しょうがないか。よその土地の、なんだかわからない岩なんだもの。
「地主だった人は近くにいるんですか?」
あたしが言った。
「土地を売ってから引っ越して行ったよ。どこだったかな?」
最後はおばあさんに向けた言葉だ。
「確か挨拶状をいただいたはずでしたね」
おばあさんは立ち上がって部屋を出て行った。すみません、お手数かけて。
「そんなことを調べてどうするんだ?」
おじいさんが素朴な疑問をぶつけてきた。
「えーと、う、失われていく昔ながらの、こう、なんというか、アレを」
しどろもどろになるあたしだったが、小夜ちゃんは澄まして麦茶を飲んでいる。助けろ!
「なるほど、そういうことか」
しかし、なにに合点がいったのかわからないが、おじいさんは深くうなずいた。
「この辺りは昔はほとんど畑か田んぼだったんだ。今じゃ住宅ばかりで昔からあるものといやあ、神社か寺くらいだろうな。といっても神社は二十年ほど前に建て替えたんだ。なぜだかわかるか?」
「えーと、古くなったから?」
「まあ古かったには違いないが、なんと、台風で御神木が倒れてお社を潰しちまったんだ。神主の心境たるや、いかなるものだったかねえ」
なるほど、神が宿ると大切にしていた木にある日突然ヒドい目にあわされたわけか。いわば、飼い犬に手を噛まれるといったところだろう。深い話だ。
「お嬢さん方に変な話を吹きこまないでくださいよ」
と言いながら戻ってきたおばあさんの手には一枚の葉書が握られていた。
「なにも吹きこんどりゃせんぞ。なあ?」
「はいはい。引っ越しした時の挨拶状がありましたよ。どうぞ」
「ありがとうございます」
おばあさんが手渡してくれた葉書には差出人の住所がある。隣町だ。あたしはそれをノートに書き写した。寺沢さんというらしい。
しかしこのおばあさんはずいぶんまめな人だ。引っ越しの挨拶状など、あたしなら見つけるのに小一時間かかっているだろう。いや、見つかるかも怪しい。
「ありがとうございました」
葉書を返すと、
「今から寺沢さんのところに行くのか?」
おじいさんが聞いてきた。掛け時計を見ると十一時ちょっと前だ。今日のうちに行けるところは行っておきたい。桃ちゃんは今この瞬間にも苦しんでいるのだ。点滴のチューブをたくさん刺された桃ちゃんをあたしが想像していると、小夜ちゃんが、はい、と答えた。
「ふーん、じゃあわしも行ってあげよう」
おじいさんがとんでもないことを言い出した。
「いえ、そんな、悪いです」
小夜ちゃんが慌てて両手を振るも、
「なーに、やることもないし、退屈しとったところだ。土地成金がどんな豪邸を建てたか見たいしな」
なりきんがどういう意味かわからなかったが、ついてきてくれるならありがたい。さっき知り合ったばかりだとはいえ、相手を知っている人だ。そういえば名前も知らなかったな、と遅まきながら自己紹介をする。それで、おじいさんの名前が立花彰だというのを知った。もっと厳つい、権三郎とかいう名前かと思ったが意外と普通だ。おばあさんの名前は梅子。コメントは差し控えたい。