5 聞き込み
土曜日の朝九時、あたしと小夜ちゃんは制服でショッピングモールに向かった。制服なのは、学校の課題で昔のことを調べていることにするためだ。ウソをつくのは不本意だが、首なし武者と言っても話を聞かせてくれないだろうと思うからしょうがない。
それぞれの自転車で行く。首なし武者も昼間っからは出ないだろうから、ガオウは留守番だ。夏の太陽がじりじりと照りつけてきて乙女の柔肌を灼く。とはいえ、もうけっこう日焼けしているのだが。ショッピングモールの近くに着くころには汗が頬を伝っていた。
公園があったので木陰のベンチで小夜ちゃんとひと休みした。もうショッピングモールはすぐそこだ。
「暑いねー」
そう言いながら額の汗をハンカチで押さえるように拭う小夜ちゃんは割と涼しげだ。姿勢がいいからだろうか。
あたしは半袖ブラウスの胸元をばっさばっさと動かし、ハンカチでぐいっと汗を拭った。人目がなければスカートもばっさばっさしたいところだが、残念ながら子供たちが遊具で遊んでいて、しかもそのママさんたちが日陰でそれを見守っている。子供たちは汗びっしょりだが元気いっぱいだ。熱中症に気をつけてね!
ママさんたちに話を聞こうかと思ったが、どうも若過ぎて知っていそうな気がしない。それにお嫁に来たのなら昔のことはわからないだろう。ここはやっぱりお年寄りに聞かなくては。優しそうな気がするし。別に若いママさんが意地悪と言っているわけではない。
「よし、行こう」
小夜ちゃんが鼻息荒く立ち上がった。
◇◇◇◇
自転車を漕いで駐車場の裏に当たる通りを行き、一軒のそれらしい日本家屋に目を付けた。それらしい、というのは、ややくたびれた――いや、年季の入った建物の感じ、低い塀越しに見える庭にある盆栽、小さい子がいると思わせるようなものがないことなどから、この家にはお年寄りが住んでいる可能性が高いだろうということだ。
隣家との間から、この家の裏手に竹林があるらしいのが見えた。やっぱり竹林は残っていたのだ。所有者はどうなっているのだろうか? ここだけ残して売るというのはちょっとありそうにない。所有はショッピングモールの運営会社のものだろうが、一介の高校生にはわかるはずもないし、どうでもいいことだ。
日本家屋の塀に寄せて自転車を駐めると、小夜ちゃんとふたりでバックパックを手に門の前に立った。意気込んで来たものの、いざとなったらちょっと怖じ気づいて来た。親族や学校の先生や近所の人やお店の店員さん以外で大人の人と話すことはあまりない。ましてや見ず知らずの人の家を訪ねてヘンテコなことを聞こうというのだ。小夜ちゃんがなにを考えているかは知る由もないが、ふたりとも門から中に踏み込めずにいた。
その時だった。あたしの脳裏に青い顔でベッドに横たわる桃ちゃんの姿が浮かんだ。口には酸素マスクが被せられ、背後のモニターがピコンピコンと心臓の鼓動に合わせて踊る光点を映している。面会謝絶で病院には行ってないので完全な想像だが、桃ちゃんのためにここで挫けるわけにはいかないのだ!
「行こう!」
あたしが言うと、小夜ちゃんは驚いたような顔で一瞬あたしを見たあと、ぐっと口元を引き締めて大きく頷いた。
門から玄関までの敷石を踏みしめて引き戸の玄関まで行き、大きく息を吐くと脇に付けられた音符のマークがあるボタンを押した。
うんともすんとも言わない。
「あれ?」
「壊れてるのかな?」
ボタンを乱打するが反応がない。しょうがないので、
「すみませーん!」
と引き戸を叩いて声を上げた。オンボ――年季の入った木枠の格子戸の間で磨りガラスががちゃがちゃ揺れて、割ってしまいそうだ。
「誰かいませんかー!」
突然訪ねて誰かいないかとはなんだか失礼な言い草だが、他に言いようを思いつかなかった。
「うおーい」
と、いかにもおじいさんという声が奥の方から聞こえ、あたしたちは格子戸を破壊する手を止めた。
「ちょっと待ってなー」
磨りガラスを通して人影が動くのが見える。人影が格子戸のすぐ向こうに立つと、カチャンと音がした。からからと格子戸が開き、姿を見せたおじいさんの顔はめっちゃ怖かった。
角刈りにした頭は真っ白で、きりっと凛々しい眉毛も同じ色だ。鋭い眼差し、尖った鼻、への字に結んだ口、おまけに長めの無精ひげ。
くるっと回れ右して帰りたかったが、頭の中で桃ちゃんが首根っこを捕まえてきた。
「なんだね、嬢ちゃんたちは?」
おじいさんは訝しげな顔をして言った。思いの外優しい声でちょっと安心する。いきなり怒鳴られたりはなさそうだ。
「あ、あの!」
声がひっくり返った。
「あたしたちは印須磨栖高校の生徒なんですけど――」
な、なんだっけ?
「学校の課題でこの辺りの昔の話を聞かせてもらいたいと思って伺いました!」
小夜ちゃんがあとを継いでくれた。ナイス、小夜ちゃん!
「ほおー、そりゃあ暑いのに大変だな」
おじいさんはちょっと驚いた顔をした。
「まあ、こんなところじゃなんだ、上がりなさい」
「あ、いや、でも」
いきなり上がれと言われてあたしは驚いた。知らない人のウチにうら若き乙女が入るというのはどうなのか。しかし訪ねて来たのはこっちだ。小夜ちゃんもどうしたらいいのかわからないようだった。
おじいさんはもう奥の方へ行っている。オレンジ色のポロシャツに七分丈のカーゴパンツを身につけていた。
「ばあさん! お客さんだ!」
おじいさんは大きな声で奥に言った。おばあさんまで巻き込んでしまった。こうなったらしょうがない。あたしたちは顔を見合わせて頷いた。