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2 首なし武者


 約束の時間通りに来た小夜ちゃんは、白いワンピース姿だった。あたしはひざ丈のジャージにTシャツだったので、小夜ちゃんの格好に驚いた。


「可愛いね」


 あたしが怒ったままの声で言うと、


「ありがと」


 と小夜ちゃんは怒ったままの顔で言った。

 愛犬ガオウを伴って、自転車ふたり乗りでショッピングモールへ向かった。おっと、忘れちゃいけない蚊取り線香。モールまでは結構時間がかかった。

 深夜のショッピングモールはほとんど灯りを落としていたが、二階の一部にはまだ煌々(こうこう)と明かりが点いている。こんな時間までお仕事だろうか。大変だ。

 広い駐車場にはたくさんの照明ポールが立っているが、明かりが点いているのはわずかだった。


「どこに出るの?」

「んー、詳しくは言ってなかったなぁ」


 小夜ちゃんはちょっと下唇を突き出した。


「でもでも、きっと駐車場だよ。お店の中で見たんじゃなければ」


 そういうわけで、駐車場の隅っこで真ん中にガオウを置いてしゃがんで待った。二時をちょっと過ぎていた。

 隅っこなので、後ろにすぐ植え込みがあった。蚊がぷーんと飛んできて、あたしはそれを、ぴしゃんと打った。草木が近いとあまり蚊取り線香も効かないのかな? などと考えていると、小夜ちゃんがあたしの腕をつんつんした。


「あ、あれ……」


 小夜ちゃんを見ると、目玉が落ちそうなくらい目を見開いている。駐車場の真ん中の方を指差しているその指は、ぷるぷる震えていた。


「あっ!」


 震える指先を目で追って、思わず大きな声が出た。小夜ちゃんが十センチくらい飛び上がった。あたしの口を塞ごうとしたのか手を伸ばしてきて、なぜだかそのまま抱き合うような形になった。間に挟まれたガオウが、器用に伏せたままバックする。


 駐車場にいつの間にか、人が立っていた。時代劇で見るような、戦国時代のような鎧を着ていた。テレビで見るようなパリッとした感じじゃなくて、どこかくたびれたような、まるで合戦に負けたような――首がないってことは負けたんだろうな。


 この鎧武者には首から上がなかった。


 チームが勝ったのか負けたのかはわからない。だが、この武者自身は負けたのだ。

 これが誰かの扮装ではないことは、しばらく見ていてわかった。ときおり透けるのだ。はっきり見えるかと思えば背景が見えるほど薄くなり、ともすれば全く消えてしまう。これはホンモノだ。


 ホンモノとわかってから急に怖くなった。それまでは誰かのイタズラだと思っていたのだ。いや、正確に言うとイタズラであって欲しいと思っていたのだ。

 背中からぞくぞくと怖気が上がってきて、うなじでちりちりと渦巻いた。寒くもないのに体が震えて止まらない。小夜ちゃんも同じで、ふたりでぶるぶると震えるばかりだ。そして今に至るのである。おしっこ漏れそう!


 しかし、なぜだか首なし武者から目を離すことが出来ない。首なし武者はこっちに気付く風もなく、のそり、のそりと歩いている。どこか目的地があるのかないのか、うろうろとするばかりだ。頭がないので前が見えないのか、それとも頭を探しているのか――きっと頭を探しているのだ。戦場で切られた自分の首をずっと探し続けているのかと思うと、なんだか可哀想だな。何百年も探して――ん? 最近現れるようになったんだよね? それとも前から探してたんだけど、人目につかなかっただけ? ここになにがあったのか――小夜ちゃんが言ったことは、的を射ていたのかもしれない。


 あたしが震えつつも考えていると、首なし武者が体をまっすぐこっちに向けた。見えてないとわかっていても、背筋がぞっとする。

 首なし武者が足を出す。一歩、二歩。こちらに向かって歩いて来る。あれ? なんだか動きの様子が変わったぞ。あたしたちがここにいるのをわかってる?


 幽霊の刀で生きている人間を切れるのだろうか? そんなことを考えたのは、首なし武者がその腰に差した刀を、すらりと鞘から抜いたからだった。さすがはホンモノのサムライ、流れるような見事な動きだった。などと感心している場合じゃない! 切れるかどうかの実験台になるのは、出来れば遠慮したいのだ。


 あたしたちは、がくがくと震える足を鼓舞してなんとか立ち上がろうとしたが、腰に力が入らない。ふたりで支え合うようにして、よたよたと立ったというか、倒れずにいるだけというか。


 照明ポールの光を受け、ぎらぎらと光る刀身をひっさげて、首なし武者は近寄ってくる。あたしたちの首を取る気だろうか。自分の首を失った腹いせに他人の首を切り落とすとか、ちょっと勘弁して欲しい。


 その時まで、うーとも、わんとも言わず、首なし武者など気づいていなかったかのようだったガオウが、すくと立ち上がった。そして、


 わん!


 と大きく吠えた。

 その瞬間、あたしを捕らえていた呪縛のようなものが、さっと霧散した。首なし武者が見えない圧力に押されたように後退り、強風に吹かれた砂のお城のように体から粒子が飛んだ。その姿が徐々に薄れていく。首はないのに睨みつけられているような気がした。やがて、首なし武者はすっかり消えてしまった。


「に、逃げよう」


 あたしが言うと、小夜ちゃんはこくこくと頷いた。ぎくしゃくと足を動かし、あたしと小夜ちゃんは抱き合ったまま、近くに駐めた自転車へ向かった。

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