19 正体
「これは、この地方の城主の家臣が記した当時の記録だ。幽霊などは登場しないぞ。そこに――」
陶元さんは付箋を貼ったページを開いてテーブルに置いた。
「――こういうことが書かれている」
一字も読めない。
「敵方に武力の誉れ高い武士がいた。多くの軍勢を率いてこの近くまで攻めいって来たのだ。これに対してこちらの武将は、ちょっと小狡い手を使った」
「小狡い手って?」
「詳しくはわからん。記録に残すのも憚られるようなことだろう。そして、その敵方の武士は敗走し、例の竹林に足を踏み入れたのだ」
「そこで」
「うむ。誰あろう、滝川忠三郎利長と出会ったのだ!」
どうだ、驚いただろう、というような顔で陶元さんはあたしたちの顔を交互に眺めたが、あたしはぴんとこなかった。
「知らんのか? 滝川利長を?」
あたしと小夜ちゃんは首を振った。
「郷土資料館にゆかりの品が展示されてるだろう?」
「そうなんですか?」
「知らないなあ」
「まったく、郷土の偉人を知らんとは」
「俺も知らんぞ」
立花のおじいさんが言った。
「と、とにかく! 滝川利長は優れた武勇を誇る武士だった」
「小狡い手を使ったのに?」
「それは滝川の仕業じゃない。滝川は敵の残党を狩っていたのだ。そして、敵の武士と出会った」
「『おのれ滝川! よくも汚い手で我が軍勢を!』って首なし武者はきっと叫んだよね」
あたしはそのシーンを想像しながら言った。
「すると、滝川は『ふん、戦にキレイも汚いもあるか!』って返したと思うよ」
「お前たち、話を作るな」
「きっと首なし武者は逃げてきたからボロボロだったよ」
「そこで強いと評判の滝川なんとかに鉢合わせちゃったんだね」
「利長だ」
「首なしの侍は絶望しただろうな。しかし、自分も腕には自信があった。首なしの侍はすらりと刀を抜いただろう」
立花のおじいさんの言葉に、駐車場で見た首なし武者が刀を抜いたところを思い出した。
「でも滝川はひとりじゃなかったでしょ? 多勢に無勢だったよ、きっと」
「でも滝川は『お前たちは下がっていろ。俺が一対一で勝負してやる』って一騎打ちを望んだんだよ」
「『しかし滝川どの!』」
「おい」
「両者は激突するんだね。ずばっ! すれ違った時に飛んだのは、首なし武者の首だった」
「首なし武者の首が飛ぶのか」
立花のおじいさんが笑った。
「その時首なしになったんだよ」
「どさりと落ちた首が言うの。『おのれ、この土地を未来永劫祟ってやる』」
「ひー」
「まあそんなことがあったわけだ。で、首は検分のために持ち去られ、身体はそのまま放置された」
「検分ってことは、誰だかわかってるんですか?」
「ああ、榊原蔵左衛門直継という男だ」
首なし武者の正体がわかっちゃった!
「す、すごいです! 陶元さん!」
小夜ちゃんがいきなり叫んであたしはびっくりした。立花のおじいさんと陶元さんも身体を震わせた。
「岩もですけど、首なし武者の正体までわかるなんて! 感動しました!」
小夜ちゃんは眼をきらきらさせている。
「ね! すごいよね!」
あたしに同意を求めるが、あたしは小夜ちゃんの勢いに感動し損ねたようだ。
「そ、そうだね」
ちょっと気のない返事をしてしまった。
「いやいや、もっと早く気がつくべきだった。滝川利長の記録を先に見つけてな、百物語を見つけるのに時間がかかってしまった」
「いえいえ、わかっただけでもすごいことです」
とにかく香山建設の社長さんを説得しよう。そんで、ショッピングモールの駐車場に置いてきちゃえ。
「あ、忘れるところだった。なぜ五十しかないのに百物語なんだ」
「そうだった! なぜなんですか!」
「お、お前たち、そんなことを俺に言われても」
あたしと小夜ちゃんが陶元さんのおうちをお暇するには、もう少し時間がかかった。