17 キレた小夜ちゃん
「その日の夕食は肉じゃがでした」
あたしは緊張して変なところから話を始めてしまった。
「へー、肉じゃがか。いいねー、うちの奥さんの肉じゃがも旨いんだけど、母のとはちょっと違うんだよなー。食いたいなあ、母ちゃんの肉じゃが」
荒川さんは遠い目をした。この人の身体が大きい理由がわかった気がした。
「そ、それで、その肉じゃがを食べてからここの駐車場にふたりで来たんです」
「おいしかったかい?」
黙って話を聞け!
あたしと小夜ちゃんは顛末を話した。
「そしたらその首なし武者が言うんです。「首はどこだぁー』」
小夜ちゃん、話を作らないで。
「首なし武者が刀を抜いて向かってきたんです。そしたらガオウが吠えて」
「ガオウ?」
「あ、うちの犬です」
「へー、ウチはマンションだから飼えないんだよね」
「ウチは一戸建てなので」
あたしがそう言うと、荒川さんはムッとした顔で眉をひそめた。どうやら触れてはいけない琴線に触れてしまったのかもしれない。
「ここは以前は竹林でした。そこに大きな岩があったんです」
「それがどうしたの?」
「怪しいじゃないですか」
説得力はあまりなかった。
「お昼は中華そばでした」
「いいな、中華そば。明日の昼は中華そばにするか」
時々関係ない話もした。
「ふーん、岩のありかを突きとめたのは面白いけど、ただ岩を置くだけじゃ済まないよ。整備するのにいくらかかると思ってんの?」
「でも、このままだと」
「そんなね、幽霊だとか祟りだとか、あるわけないじゃないか。君たちももう高校生なんだから」
荒川さんは信じてくれなかった。
「だったら!」
小夜ちゃんが突然立ち上がった。
「荒川さんがその眼で見てください!」
「ちょ、ちょっと小夜ちゃん」
「わたしたちが信じられないならご自身で確認してください! 何時頃だっけ!?」
「え、えーと、二時頃?」
「その時間に駐車場に来てください!」
「そ、そんな時間には」
「行こう!」
小夜ちゃんは出入り口へ向かった。
「ちょ、ちょっと、小夜ちゃん! あの、すみません。あ、もし行くなら犬を連れてってください。待ってよ、小夜ちゃん!」
荒川さんに頭を下げて小夜ちゃんのあとを追った。
「斬られちゃえばいいんだ」
小夜ちゃんがドアを抜ける前に静かに言った。
「し、失礼しまーす」
出入り口でもう一度、ぽかーんとしている荒川さんに頭を下げてドアを閉じた。小夜ちゃんは通路の先をずんずん進んでいく。
「待ってよ、小夜ちゃん、どういうこと?」
追いつくと、小夜ちゃんは悪い顔をして笑った。
「これで見にいくかな?」
「ちょ、演技だったの?」
そんな気もしていた。
「危ないよ、荒川さんが襲われたらどうするの?」
「でも、信じてもらうにはこれしか方法がないでしょ?」
「なるほど」
荒川さんには悪いがなんとか無事に目撃して欲しい。
インフォメーションセンターのにこにこ顔のお姉さんに見送られて、あたしたちはショッピングモールをあとにした。
◇◇◇◇
翌日の学校であたしと小夜ちゃんは、香山建設の社長さんの家を突きとめる方法を模索していた。ショッピングモールの方は進んでいないが、その前に岩を見ておきたかったのだ。直接尋ねるのは気が引ける。
「自転車で、帰るところを尾行しようよ」
「車だったらどうするの?」
「一生懸命漕ぐ」
小夜ちゃん。
「タクシーで尾行したら?」
「いくらかかるかなぁ」
などとやっていると、スマートフォンが一度震えた。見ると陶元さんからのラインの通知だ。
――わかったかも――
短いテキストだったが、あたしと小夜ちゃんは興奮した。放課後にうかがうと小夜ちゃんがラインする。学校が終わるまでの授業はほとんど頭に入らなかった。




